168話「オフ」

 ピンポーン――


 ピンポンピンポンピンポーン――



「んん……しーちゃん、鳴ってる」

「うん……誰ぇこんな時間にぃ……」


 何度も鳴り続ける呼び鈴の音で目を覚ました。

 しーちゃんは眠そうに目を擦りながら、「はぁ~い」と言って応対に向かった。

 朝は弱いと言っていた通り、まだ半分寝た状態だったけど大丈夫だろうかと少し心配になった。


 そして暫くすると、目を擦りながらしーちゃんは戻ってくると、玄関の鍵をガチャッと開けて再びベッドへと戻ってきた。



「えっと、誰だった?」

「ん?あー、うー、あれだよ……」

「あれ?」

「さぷら~いず」


 さぷらいず?

 謎の言葉を残しつつ、しーちゃんはそのまま俺の上に倒れ込んできた。

 そして俺は押し倒される形で二人して再びベッドで横になると、やっぱりまだ寝たりなかったのかそのまましーちゃんは寝る体制に入った。


 すると、ガチャッと玄関の扉が開かれる音が聞こえてくる。


 ――え、誰か来た!?


 焦った俺は、とりあえず今置かれた状況を誰かに見られるのは不味いと思い、すぐにベッドから飛び起きようとする。

 しかし、俺の上に覆いかぶさったしーちゃんの重みですぐに起き上がれないでいた。


 そして家に上がってきた人物は、そのまま迷う事なくこの部屋のドアノブに手をかけ、ガチャリと捻る音が聞こえてくる。


 ――ああ、終わった



「……あんた達、何してんのよ」

「――そ、その声は、あかりん?」


 一体誰かと思えば、あかりんだった。

 そう言えば、昨日の夜遊びにくるって話していた事を思い出した。


 時計を見ると、朝の十時過ぎ。

 早いと言えば早いし、遅いと言えば遅い時間だった。


 そのまま部屋の中に入ってきたあかりんは、俺の上に覆いかぶさって幸せそうに眠るしーちゃんの姿を見て、額に手を当てながら呆れていた。



「こら、紫音!起きなさい朝よ!」

「ふぇ~、あかりん?」

「そう、昨日来るって言ったでしょ?というか、ついさっきその話したでしょ」

「う~ん、そうだねぇ」

「全く、朝の弱さは相変わらずね……ほら、たっくんもいつまでも寝てないで手伝って!」

「は、はい!」


 こうして俺からしーちゃんを剥がしたあかりんは、俺としーちゃんの姿を交互に見ると吹き出すように笑い出した。



「ってか、本当に着てるじゃないそれ」


 それというのは勿論、俺達が今着ている相思相愛Tシャツの事だろう。

 そう言えば着てたんだっけと、こんな姿を誰かに――しかも現役トップアイドルに見られてしまった事が急激に恥ずかしくなってくる。


 お腹を抱えて笑うあかりんは、グレーの薄手のニットにスキニーデニムパンツ、その上にはトレンチコートをさくっと着ており、圧倒的にオシャレをしている分自分達の緩さが際立っていた。



「……ん?あかりん?あれ、どうしているの?」


 そして、ようやく目を覚ましたしーちゃんは、部屋にあかりんが居る事に不思議そうに首を傾げているのであった。




 ◇



「もう、ごめんってば!着替えてくるから待ってて!」


 あかりんに軽くお説教されたしーちゃんは、逃げ出すように着替えに部屋から出て行った。

 そんなしーちゃんに、「相変わらずあの子は……」と呆れるあかりん。


 するとあかりんは、部屋に置かれている例の非公式エンジェルガールズクッションの存在に気が付いた。



「もう、何でこんなもの持ってるのよあの子は」


 そして、そのクッションを見て笑い出すあかりん。

 その解像度の低い写真のプリントと、チープな作りのクッションの醸し出す何とも言えない風合いにツボったようだ。

 もしかしたら、あかりんって実は結構ゲラなのかもしれない。



「それ、この間ゲーセンで取ったんだよ」

「へぇ、ゲーセンね。たしかにこんなもの置かれてたら取りたくもなるわね」


 そう言って、また吹き出すあかりん。

 うん、これは完全にゲラだ。


 こうして俺は、今日は完全にオフモードの現役トップアイドルあかりんと、しーちゃんが戻ってくるまで他愛の無い会話を楽しんだ。

 我ながらどんだけだよと思うが、もう流石にしーちゃん繋がりで芸能人と話す事にも慣れてきている自分が怖かった。


 それから、着替え終えたしーちゃんの用意してくれた朝食を食べたあと、三人でリビングでゆっくりテレビを見ていた。

 すると、空気を変えるようにあかりんは一度手を叩いて立ち上がった。



「よしっ!もうお昼だしせっかくだから外へ出かけましょう!」

「外?」

「ええ、街ブラしましょう!」

「街ブラ……うん!いいね楽しそうっ!」


 よし行こうと盛り上がる二人。

 しかし、こんな超が付くほどの有名人が街ブラなんてしたら絶対に目立つに決まっていた。


 しかし、その事を伝えると「まぁ、何とかなるでしょ」とあっけらかんと笑うあかりん。

 そして、そんなあかりんにしーちゃんも「なるなる!」と笑いながら同意する。


 どうやらこの二人は、自分達がどれだけ目立つ存在なのかイマイチ自覚が薄いようだ。

 一人ならまだしも、こんな美少女が二人もいたら確実に目立つだろう。


 まぁでも、よく考えればそんなのは別に今始まった問題でもないし、きっとあかりんはこういう場合の回避策とかをちゃんと用意してある上でそう言っているのだろう。


 そう思った俺は、せっかく二人が遊びに出たがっている事だしここは素直に従う事にした。

 まぁ何かあれば、俺が二人を守らないとなと思いながら。



 こうして、今日は昼から三人で街ブラをする事になったのであった。


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