167話「いつも以上」
当たり前のように、しーちゃんのベッドで二人一緒に横になる。
こうして一緒に寝るのは今回が初めてじゃないし、別に今更ドキドキなんてしない――わけがなかった。
今日だっていつだってドキドキしている。
しーちゃんの布団からは甘い良い香りがするし、隣のしーちゃんからもシャンプーの良い香りが香る。
そして何より、布団を伝って感じられるしーちゃんの温もりに、俺は思わず抱きついてしまいたくなる気持ちをぐっと堪えていた。
――でも、これって堪える必要ってあるのだろうか
そんな考えが頭をよぎる。
俺ももうしーちゃんと付き合って半年以上経つし、別に抱きつくぐらいむしろ普通なのではないだろうか。
そんな事を考えていると、一気に緊張感が増してくるのであった。
すると、電気を消して暗闇の中、突然しーちゃんのスマホが光って鳴り出した。
こんな時間に誰だと思いつつも、確認するとその電話はあかりんからの着信だったためしーちゃんは電話に出た。
「もしもし、どうしたの?仕事終わり?」
「さっき終わったわ、もうクタクタよ。ってかどうしたじゃないわよ、何よあの写真」
「えへへ、いいでしょ」
その電話は、どうやら仕事終わりのあかりんからの雑談電話だった。
きっと普段から二人はこうして連絡を取り合っているのだろう。
無音の中電話するその声は、隣で横になる俺にもはっきりと聞こえてきた。
だからこそ、今電話している相手があのあかりんで、そんなエンジェルガールズのプライベートトークを聞いている今の俺は特等席といったところだろうか。
しかし、聞いちゃ不味い話とかもあるだろうし、このままここで聞いていて良いのだろうかと思っていると、あかりんがしーちゃんへ質問する。
「で、あんたら今一緒にいるんでしょ?どうしてるの?」
「どうって、丁度これから一緒に寝るところだよ」
「ああ、成る程ね……って、はぁ!?ね、寝る!?」
「うん、そうだよ。ね、たっくん?」
そう言って、スマホを向けてくるしーちゃん。
確かに寝る前だというのは何も間違えてはいないが、これでは確実にあかりんは勘違いしてしまっているだろう。
そのぐらいしーちゃんも気付きそうなものだけどなと思っていると、画面の明かりで照らされたしーちゃんの顔はちょっとニヤけていた。
――あ、これは確信犯だ
その事に気付いた俺は、ご意向通りここは乗ってあげる事にした。
「そうだね、早く寝よう」
早く寝たいのは本当だし、何も嘘は言っていない。
まぁ、更なる誤解は与えただろうけど。
「は!?た、たっくんまで何言ってるの!?ねぇ!?」
「何って、これから一緒に寝るだけだよ?別にこうして一緒に寝るの、今日が初めてじゃないしね」
「し、紫音!?あんたもう、わたし達を置いてそんな先まで――」
「――あかりん、何か勘違いしてない?添い寝するだけだよ?」
「そ、添い寝?」
「うん、これからたっくんと一緒に並んで寝るんだ。いいでしょ」
「あ、寝るってそういう――」
「あかりん?」
「――あんた、分かってて言ってたわね!しかもたっくんにも今の会話聞かれてたのよね!?」
「うん、現役トップアイドルも一人の女の子だって、ちゃんと伝わったと思うよ」
「バカ紫音!!もうっ!!」
怒るあかりんと、悪戯が成功して楽しそうに笑うしーちゃん。
そんな今日も仲の良い二人の会話に、隣にいる俺も思わず頬が緩んできてしまう。
「全く……じゃあ、寝る前に電話しちゃって悪かったわね」
「ううん、大丈夫だよ。今日も遅くまでお仕事お疲れ様でした」
「ありがと。あーっと、それでね、そんな二人仲良くしてるところ悪いんだけどさ、明日入ってた仕事が急遽延期になったから、休み取れたんだよね」
「週末休めるの?珍しいね」
「でしょ?でも、他のメンバーは仕事入ってるし、日曜日は夕方に収録があるだけなんだよ」
「うん、それで?」
「――そっち行ってもいい?」
「ダメです――って言いたいところだけど、確かに会うなら絶好のタイミングだね」
「でしょ?割り込んじゃって悪いけど、どうかな?」
「んー、たっくんはどう?」
「俺は良いよ。中々無い事なんでしょ?」
「うん、じゃあたっくんの許可も得られたので、明日待ってるよ」
「本当に!?やった!じゃ、明日はよろしくね!おやすみ!!」
嬉しそうに電話を切ったあかりん。
こうして、明日はなんとあのあかりんがこの町へやってくるというビッグニュースを、俺はベッドで横になりながらも知ってしまったのであった。
「明日は二人きりになれなくなっちゃったね」
「うん、でもあかりんに会えるのは嬉しいでしょ?」
「勿論、久々に会えるし楽しみだよ。――でも、明日あかりんが泊っていくなら、やっぱり二人きりでいられるのは今日だけって事だよね」
「まぁ、そうなるのかな」
「じゃあ、今日のうちにたっくん補充していい?」
「補充?」
「うん、補充――」
補充ってなんだろう?と思っていると、一度身を起こしたしーちゃんはそのまま俺に抱きついてきた。
そして俺の胸元に自分の頭を置くと、頬をスリスリと擦り付けながらじゃれ付いてくる。
「たっくんの匂いがする」
「俺の匂い?」
「うん、わたしの大好きな香り」
暫くそのままでいると、満足したのかゆっくりと身を起こすしーちゃん。
「ねぇ、たっくん」
「うん、どうした?」
「今日はわたし、色々頑張ってみたんだ。ちゃんとたっくんに、女の子として見て貰いたくて」
今日ずっと様子がおかしかったのは、どうやらそれが理由だったようだ。
しーちゃんは俺に女の子として見てもらいたくて、いつも以上に積極的だったのだろう。
「たっくんはわたしの事、その……女の子としても、好き?」
「――勿論、大好きだよ」
「そっか、でも時々不安になるんだ。自分に魅力が無いんじゃないかって」
「そんなわけないよ」
「――言葉だけじゃ、分かんないよ」
そんな、不安がるしーちゃんの言葉に俺は反省した。
今だってそうだが、いつだって俺は受け身で、これまでしーちゃんにばかり頑張らせていたから。
だから俺は、そんなしーちゃんを下から抱きしめると、そっとしーちゃんの頭を自分の心臓の上に置いた。
「聞こえる?」
「聞こえるって――あっ」
「俺は今だって、こんなにもドキドキしちゃってるんだ。大好きな女の子とこうして触れ合っているだけで、俺の胸はずっとドキドキしっぱなしなんだ」
「――うん」
「本当は、俺だって色々したい。でもそれは、大事だからこそもう少し大人になってからにしたいと思ってる」
「うん――ありがとう」
「でも、その上で一つお願い事をしてもいいかな?」
「お願い事?」
きょとんとした表情で顔を上げるしーちゃんに、俺は微笑みかけながら言葉を続ける。
「しーちゃんは、先へ進みたいと言ってくれたし、実際に行動にも移してくれた。だから俺も、それにちゃんと応えようと思う」
そう言って俺は、再び強くしーちゃんの身体を抱き寄せる。
「今はこんな事しか出来ないけど、暫くこのままでいさせてくれないかな」
「――うん、いいよ」
こうして俺達は、布団の中で暫く抱き合って過ごした。
「たっくんの腕の中、温かい――なんだか、幸せ過ぎて蒸発しちゃいそう」
「はは、蒸発されたら困るから、そろそろやめる?」
「ダーメ。あと一時間」
「はいはい、一時間ね」
そんな会話をしながら二人抱き合うこの時間は、幸せ以外の何物でもなかった。
そして気が付くと、抱き合ったまま二人とも眠りに落ちていたのであった。
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