162話「先へ」

 店を出ると、孝之は清水さんを家まで送って行くとの事で先に帰って行った。

 そして、白崎とYUIちゃんも東京へ帰らないとならないため一緒に駅へと向かって歩いていると、隣に近づいて来たYUIちゃんがそっと耳打ちをしてくる。



「今日は割り込んじゃってごめんね」

「ううん、良いよ。俺も楽しかったし」

「そっか、ありがと。やっぱり一条くんは、もうすぐホワイトデーだし奮発しちゃう感じ?」

「いや、まぁ」

「ですよねー!でも一条くんなら大丈夫そうだね。口だけの剣と違って」


 そう言ってニヤリと笑うYUIちゃんは、ステージの上のカッコよさとは違った魅力に溢れていた。

 今一緒に歩いている俺以外の三人は日本中で注目を浴びるスターなわけで、やっぱり客観的に見たら俺だけ場違いだよなぁと思いながらも、それでもYUIちゃんの言う通りもうすぐやってくるホワイトデーの事もしっかり準備しないとなと気を引き締めるのであった。


 そんな会話をしていると、前を歩くしーちゃんが「何話してるの?」と無邪気に微笑みかけてくる。

 その天使のような微笑みを前に、俺はやっぱり失敗したくないなと思いつつ「何でもないよ」と笑った。


 この子の事は、俺が世界中の誰よりも必ず幸せにするんだと強く誓いながら――。



「じゃあ、帰ろうか」

「うん、紫音も一条くんも、またね!」


 こちらに手を振りながら、改札をくぐる白崎とYUIちゃん。



「うん、バイバイ!」

「気を付けて」


 そんな二人を、俺達は見えなくなるまでずっと見送った。

 人混みに紛れて去っていく二人の後ろ姿を見ながら、あの二人が実は今を時めくスターなんだよなと思うとちょっと面白かった。



「行っちゃったね」

「そうだね、俺達も帰ろうか」

「うん!」


 こうして二人を見送った俺達は、それからしーちゃんを送るためマンションへ向かって歩き出した。



「今日は久々にYUIちゃんに会えて嬉しかったなぁ」

「そうだね、孝之とかずっとニヤニヤしてたしね」

「あはは、ファンなんだね」

「うん、元々YUIちゃんの事を教えてくれたのも孝之だしね」

「あー、うん。教室で話してたよね」


 ついぽろっと昔の思い出話をすると、苦笑いしながらしーちゃんも話に乗ってきた。

 そういえばあの時も、隣の席のしーちゃんは挙動不審な行動してたっけ。



「やっぱり聞いてたんだ」

「そりゃもちろん!こーんなスーパーアイドルでたっくんラブなわたしがすぐ隣にいるっていうのに、YUIちゃんの話ばっかりしてるんだから、あの頃は許せなかったんだからねっ!」

「ハハ、それはどうもすみませんでした」

「うむ、宜しい。――って、それはわたしがもっと頑張れば良かった話だから、たっくんは何も悪く無いんだけどね」


 だから、ただの嫉妬でしたと笑うしーちゃん。

 でもそっか、あの頃からしーちゃんは俺の隣で想っていてくれたんだなと思うと、それはやっぱり申し訳ない気持ちになった。

 あの頃の俺からしたら、たまたま隣の席になった超が付くほどの有名人の美少女が、まさか自分なんかに興味を抱いてくれているなんて思いもしなかったから。



「――もうすぐ一年生も終わりだね」

「――うん、そうだね」

「色々あったよね。たっくんと隣の席になれなかったら、どうなってたんだろ」

「んー、それは俺にも分からないけど、それでも一つだけはっきり言えることがあるよ」

「はっきり言えること?」

「うん――俺が今こうして幸せでいられるのは、隣にしーちゃんが居てくれるからなんだ。状況が変われば過去も、それから未来も何が起きるかなんて事は分からない。でも、だからこそ今こうしてしーちゃんの事を大好きになれて良かったなって思うんだ。――って、何言ってんだろ俺」


 急に言ってて恥ずかしくなってきた俺は、すぐに言葉をはぐらかした。

 でも、そんな俺に向かってしーちゃんは、笑う代わりに嬉しそうに微笑んでくれた。



「――ううん。わたしも同じだよ。たっくんを追いかけてアイドルを辞めたぐらい覚悟を決めてたんだけどね、いざ本当に近付くとどうしていいのか分からなくなっちゃって、色々失敗もしてたんだ。でも、今こうして隣にたっくんが居てくれる事が、わたしはすっごく幸せ。だから――いつもありがとね!」


 頬を赤らめながら、ニッコリと微笑むしーちゃん。

 しーちゃんも同じ気持ちで居てくれている事を知れた事が、ただただ嬉しかった。

 そんな会話をしながら一緒に歩く帰り道は、何だかいつも以上に距離が近く感じられるのであった。



「――ねぇたっくん、もうすぐホワイトデーでしょ?」

「う、うん。そうだね」

「――あのね、ホワイトデーは別に特別な事とか考えなくていいからね」

「え?それはどうしてか聞いてもいいかな?」

「うん。えっとね、当然モノを貰えるのも嬉しいんだけどね、それよりも一つお願いを聞いて欲しいの」

「お願い?」

「うん――ホワイトデーのお返しは、たっくんがいい」

「お、俺?」

「うん、たっくん。わたし達、もう付き合って半年以上経つでしょ?だから、その、もうちょっと先に進んでみたいなっていうか――」


 顔を赤らめながら、そんなお願い事をしてくるしーちゃん。

 その言葉が何を意味しているのか、そんな事は聞かなくても何となく分かった――。



「――そっか。うん、なんて言うか、俺も同じ気持ち、だよ――」

「――えへへ、嬉しい。だからね、今度のお休みは一日一緒に居たいなって」

「――うん、それでいいなら」


 言ってて、顔に熱を感じる。

 きっと今の俺は、目の前のしーちゃんと同じぐらい顔が真っ赤になっている事だろう。


 こうして、ホワイトデーのお返しとか色々考えていたのだけれど、お返しは二人で一緒に過ごす事となった。


 付き合って半年、そして再会してそろそろ一年――。

 ゆっくりではあるけれど、こうして一歩ずつ二人で育んでいくこの関係が、今はただただ愛おしかった――。



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