161話「アドバイス」

「それで、結局二人は何があったの?」


 有名人同士の本当に小さな痴話喧嘩を眺めていると、しーちゃんがしびれを切らしたように割って入った。

 この場で唯一二人と同格と言えるしーちゃんだからこそ出来る業だ。



「――ああ、ごめん。実はね、この間バレンタインだったでしょ?」

「うん」

「それでね、いきなり剣に呼び出されたから時間作って会いに行ったのよ」


 わざわざの部分を強調して話すYUIちゃん。

 そんなYUIちゃんに、白崎はその整った顔を少し歪めた。



「一体何事かと思ったら、いきなり逆チョコだって言ってチョコを渡してきたのよ」


 呆れたようにそう話すYUIちゃんと、暴露された事に少し恥ずかしそうにする白崎。

 まぁたしかに、そんな事を人前で暴露されたら恥ずかしいのが普通だと思うけど、顔を赤くしながら堪えるように下を俯く白崎の姿は、普段の自信満々な感じとのギャップがあってちょっと面白かった。



「逆チョコの何が悪いの?」

「ん?いや、それはわたしも嬉しかったよ」

「う、嬉しかったのか!?」


 しーちゃんの素朴な疑問に答えたYUIちゃんの一言に、一瞬で嬉しそうに顔を上げた白崎。

 そのあまりにも分かりやすすぎる反応を見て、やっぱりYUIちゃんは呆れたように一度溜め息をついた。



「そりゃね、あの時もちゃんとありがとうって言ったでしょ。嬉しかったわよ――ただ、そのあとが駄目だったのよね」

「――あ、ああ」


 YUIちゃんの言葉に、途端に声のトーンが下がってしまう白崎。

 どうやら渡すまでは良かったが、そのあと白崎は何か失敗をしでかしたようだ。



「そのあとって?」

「――剣ったらその時間違えて、他のアイドルの子に貰った本命チョコをわたしに渡してきたのよ」


 YUIちゃんの言葉に、この場にいる全員思わず「うわぁ」と声を漏らしてしまう。

 聞いただけでも、そんな大事なところでそんなミスするかってぐらいの大失態だった。



「――いや、その日の撮影の時にいきなり渡されたチョコの包装用紙が、まさかの同じものでさ……」

「だからって、渡す用と貰ったもの普通間違う?しかも、他人のラブレター付きの本命と」


 ごにょごにょと言い訳をする白崎に、呆れた様子のYUIちゃん。

 聞いているこっちからすると、間違えた白崎が悪い。

 いくら同じお店のものでも、他人の本命を別の人に渡すなんてNGすぎるだろう。

 間違える方が難しい気がするが、その詰めの甘さがいかにも白崎といった感じだった。



「でもそれで今年は、チョコ無しとかさ……他の人にはどうせ渡してんだろ……」


 それは白崎も頭では分かっているようで、その上で小さく不満を呟く。

 どうやらその件を理由に、今年はYUIちゃんからのチョコが貰えなかった事に拗ねているようだ。


 まぁめちゃくちゃ女々しいけど、気持ちは分からないでもない。

 もし、しーちゃんが俺にチョコをくれなかったのに、他の男にチョコを渡してたりしたらと思うだけで、中々心にくるものがあるから――っていうか、考えただけでも結構ヤバイなこれ。



「それで拗ねてたのね……まぁ、あの時は頭にきちゃって剣に渡す用のやつはわたしが食べちゃったから」

「いや、それはもういいけど……渡したのか?」

「渡したって?」

「他の人には、渡したのかって話だよ……」

「――はぁ、渡してないよ」

「――え?」

「仕事関係はMEGがうちらの分も合わせてやってくれてるし、元々バレンタインとか苦手なわたしは何も用意してなかったから――剣以外は」


 そっぽ向いて少し恥ずかしそうにしながらも、白崎の質問に答えるYUIちゃん。

 普段はクールでカッコいいYUIちゃんが、少し頬を赤らめながら恥ずかしそうにしているその仕草は、中々ギャップが凄い。

 その証拠に、元々YUIちゃんのファンである孝之、そしてその彼女である清水さんまでもそんなYUIちゃんの仕草に見惚れてしまっていた。


 そんな、ある意味似た者同士な二人に少し呆れつつも、やっぱり芸能人って凄いんだなと客観的にちょっと感心していると、白崎はこれでもかっていうぐらい満面の笑みを浮かべていた。



「俺だけだったのか?」

「――ああうるさい。それもわたしが食べちゃったから、結局誰にも渡してないっての」

「そ、そうか!」

「――ああ、もう」


 結局貰っていないのに、めちゃくちゃ嬉しそうな白崎。

 チョコが欲しいというよりも、他の人に渡していない事が確認できた事が嬉しくて堪らないといった感じだった。


 そんな分かりやすすぎる白崎に困った様子のYUIちゃんは、ちょっと乱暴にバッグの中から小さな小包を取り出した。



「――もうすぐホワイトデーでしょ。はい」

「え?」

「失敗はしたけど、あの時わたしにチョコくれようとしてたんでしょ?――だから、お返しだよ」


 なんとその小包は、YUIちゃんから白崎に対する少し早いホワイトデーのお返しだった。

 お互い芸能活動で忙しいだろうし、きっと会える日も限られているから今なのだろう。


 その小包を前にした白崎はというと、余程嬉しかったのか目じりに少し涙を溜めつつ喜びを露わにしていた。



「い、いいのか!?」

「――まぁ、ただのお返しだから」

「そ、そうか!開けていいか!?」

「え、ここで?――まぁ、好きにしたら」


 じゃあ好きにするよと言って、嬉しそうにその小包を開ける白崎。

 そして小さい箱を開くと、中にはちょっと歪な形のクッキーが入っていた。



「……これ、もしかして」

「――ごめんね、下手くそで」


 そのクッキーはどう見ても市販のものではなく、手作りのものだった。

 手づくりという事はつまり、YUIちゃんが作ったものと見て間違いないだろう。



「……やばい、泣きそうなんですけど」

「いやいや、クッキー貰って泣くって、どんだけ女々しいのよ……」

「……いや、だってYUI忙しいのに、作ってくれたんだって思うとヤバイって」


 そう言って、本当にちょっと泣きながらも嬉しそうに微笑む白崎。

 YUIちゃんの手作りというだけで、よっぽど嬉しかったのが伝わってくる。



「食べていい?」

「いいけど」

「じゃあ――いただきます」


 箱からクッキーを一枚取り出し、口へ運ぶ白崎。



「――うん、美味しいよ」

「本当に?」

「――うん、今まで食べた中で一番美味い」

「どんだけよ――まぁ宜しい。それじゃあ、お返し期待してるから」

「お返し?――ああ、そうだな。このクッキーに釣り合うモノを必ず用意するよ」


 期待してるよと悪戯に微笑むYUIちゃん。

 そんなYUIちゃんに、ようやく微笑む白崎。


 美男美女が微笑み合う姿はまるでドラマのワンシーンのようで、俺達は思わず見惚れてしまう。



「はい、じゃあもういいかな?今日は学校帰りに久々にハンバーガー食べに来ただけなんだからねっ!」


 話は済んだなというところで、しーちゃんが割って入る。

 そう、元々はただ学校帰りに久々に孝之達とハンバーガーを食べに来ただけなのだった。



「ああ、ごめん。こっちはもう大丈夫。わたしも剣一割、紫音九割でここまで来たんだから」

「何か用事でもあった?」

「ううん、顔みたくなっただけ。今日もちゃんと可愛くて安心したわ」

「何それ」


 微笑み合うしーちゃんとYUIちゃん。

 芸能界でのトップに君臨する二人の無邪気な笑顔に、やっぱり見惚れてしまう。



「それに、確か君は孝之くんで、その隣が彼女の清水さんよね。あと一条くんも、巻き込んじゃってごめんね」

「え?お、覚えててくれたんすか?」

「ん?当たり前じゃない。紫音のお友達なら、わたしの友達みたいなもん的な?」

「お、俺とYUIちゃんが、友達?」

「ええ、また春休みになるのかな?今度ツアーやるから、今日の迷惑料も兼ねて良かったら遊びに来てよ」


 そう言って、YUIちゃんは鞄からツアーのチケットを俺達の人数分取り出して渡してくれた。

 そのチケットに、孝之も清水さんもは本当に嬉しそうにしていた。



「絶対行くよ!なぁ?」

「もう、孝くんったら。でも楽しそうね」


 嬉しそうに顔を見合わせて微笑み合う孝之と清水さん。

 この二人は別に芸能人でも何でもないのだが、それでもこちらも美男美女である事に変わりはなく、何とも幸せなカップルといった感じでとても絵になっていた。


 何て言うか、何かのパンフレットの表紙とかにしたいぐらいだ。



「じゃあ、わたし達も行かないとだね!」

「う、うん。でもしーちゃん行って大丈夫かな?」

「大丈夫大丈夫♪――それに何かあったら、たっくんに助けて貰うもーん♪」


 そう言って、嬉しそうに俺の腕に抱きついてくるしーちゃん。

 そんな嬉しそうなしーちゃんを見ていると、これ以上あれこれ言う事なんで出来なかった。

 だったら言われるまでもなく、俺がしっかり側に居てあげないとなと思いながらよしよしと頭を撫でる。



「――暫く見ない間に、あの紫音をすっかり手懐けてるのね。これでも、天下のエンジェルガールズのセンターだったのよ」

「――ああ、本当にね。遊園地で偉そうにちょっかい出してた自分を蹴飛ばしてやりたいよ」


 そんな仲睦まじい俺達を見ながら、YUIちゃんと白崎は笑った。

 白崎の言う遊園地での出来事は、ある意味俺としーちゃんが付き合う上で大きなスパイスにもなった一件だから、いい機会だしここでしっかり話をしておく事にした。



「いや、その件はもういいよ。白崎の後押しがあったおかげで今がある部分もあるから」

「そ、そうかい」

「うん、だから代わりに俺から白崎に、一つアドバイスをあげようと思う」

「ん?アドバイス?なんだい?」


「彼女がいるって、幸せだぞ」


 興味深そうにこちらへ顔を向ける白崎に向かって、俺は少し意地悪くニヤリと微笑みながら答えた。

 すると白崎は目を丸くして驚いたかと思うと、ぷっと吹き出しながら笑い出した。



「はは、本当だね。これは一本取られたよ!って事で、良かったらYUI――」

「無理」

「ですよねー」


 YUIちゃんの即答に、知ってましたとばかりに苦笑いをする白崎。

 幼馴染の二人は、昔からこういう関係なのだろうという事が伝わってくる。



「そうね。人に貰ったチョコを他人にあげるような無神経さ、それから自分は出来てないのに他の人にはすぐ面白半分でちょっかい出しちゃう悪い意味でのお調子者さを改めること。それから、もうちょっと男らしくなる所からかしらね」

「ぐっ――はい、肝に銘じます」

「よろしい」


 思いっきりへこむ白崎の姿を見ながら、満足そうに微笑むYUIちゃん。

 今を時めくイケメン俳優でも手のひらでコロコロと転がすYUIちゃんは、半端じゃなかった。



「剣ってば昔からこういう奴だから、すぐ要らない事をしでかすのよね。でも、根は悪い奴じゃないからさ」

「ああ、うん。それは何となく分かってるよ」

「そう、良かったわ」


 そして、俺達に向かってまるで保護者のように白崎の事をフォローするYUIちゃん。


 YUIちゃんの言っている事は何となく分かる。

 そう、白崎を一言で表すなら「お調子者の馬鹿」という言葉がしっくりくる。

 多分本人には悪気はないのだろうけれど、すぐ調子に乗って要らない事をしでかしてしまうタイプの人間なのだろう。


 まぁYUIちゃんの言葉にしっかり反省してるみたいだし、それで良しとする事にした。


 こうして、思わぬ有名人の飛び入りがあったものの、それから俺達は他愛の無い話を楽しみつつハンバーガーを食べる会を終えたのであった。



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