160話「愛しさと女々しさと」

 YUIちゃんとの電話を終え、席へと戻ってきたしーちゃん。

 しかしその顔は、どこまでも気まずそうというかゲッソリしたような様子で、見るからにさっきの電話がただ事では無かった事が見て取れる。



「おかえり、しーちゃん」

「……うん、ただいま」


 やっぱり困惑した様子のしーちゃん。

 そんなしーちゃんが気になった俺は、迷いつつも理由を確認する事にした。



「――えっと、何かあった?」

「――うん、まぁ」


 苦笑いを浮かべながらそう返事をするしーちゃんに、俺だけでなく孝之も清水さん、そして白崎までも何事かと心配する。


 するとしーちゃんは、白崎の方を向いてキッと睨むと、ビシッと指さす。



「白崎くん!」

「は、はい!」


 急に名前を呼ばれた白崎は、そのしーちゃんの勢いに気圧されながらも慌てて返事をする。



「これからYUIちゃんがここへ来ます!覚悟を決めて下さいっ!」

「はいっ!――って、ええ!?YUIが!?なんで!?」


 YUIちゃんがここへ来る!?いやいや、白崎じゃないけれど、どういう事だ?

 つまりは、先程の電話はそういう内容だったのだろうけれど、どういう理由でYUIちゃんまでもこの町へやってくるのか全く分からなかった。

 とは言え、つまりはその結果ここには元エンジェルガールズのしーちゃん、そして喧嘩を理由に何故か顔を出した人気若手俳優の白崎に、これから今を時めく人気ガールズバンドDDGのボーカルYUIちゃんという、超が付く程の有名人三人がこんな地方の町のハンバーガーショップに顔を出す事になったのであった。




 ◇



「あ、いた」


 その声は、程なくして聞こえてきた。

 声のする方へ視線を向けると、そこに居たのはやっぱりDDGのボーカルのYUIちゃんだった。

 白崎と同じく大き目のサングラスをして変装をしているが、モデル顔負けの抜群のプロポーションに黒のサラサラのロングヘア―があまりに特徴的で、最早この人がYUIちゃんだと判明しようがしていなかろうが圧倒的な美人である事が一目で伝わってくる程、同世代とは思えない超級の美女が隣に立っていた。



「……ゆ、YUI」

「……はぁ。ごめん、とりあえず隣いいかな?」

「え?は、はいっ!」


 怯える白崎に、呆れたようにため息をつくYUIちゃん。

 そしてYUIちゃんは白崎の向かいの席に座る孝之に視線を移すと、席はそこしか空いていないため孝之の隣に座っていいか確認をする。


 そんな本物のYUIちゃんを前に、元々DDGのファンである孝之は普通にパニクっていた。

 これでYUIちゃんと対面で会うのは三度目?ぐらいだと思うが、どうやらその程度の回数で慣れるような相手でも無いようだ。

 かく言う俺も同じ気持ちだし、彼女である清水さんまでもここへ現れたYUIちゃんに羨望の眼差しを向けているのであった。



「ごめんねみんな、急に来ちゃって」


 そう断りを入れつつ、当然のようにサングラスを外すYUIちゃん。

 そうなると当然、サングラスに隠されていたYUIちゃんのその整いすぎたご尊顔がこの場に開放される。

 その結果、白崎の時と同じようにこちらへ視線を向けていた何人かが驚いて飲んでいたジュースを吹き出していた。

 絶対普通の人ではない事は分かっていただろうが、それがまさか今を時めくDDGのボーカルのYUIちゃんだったとは誰も思うまい……。



「もう、YUIちゃんもサングラス外したらバレちゃうよ?」

「ごめんって。だってサングラスしたままハンバーガー食べる人なんていないでしょ?」


 何だか白崎と同じような事を言って、何も気にする素振りも見せず事前に注文してきていたハンバーガーにかじりつくYUIちゃん。

 この辺は流石は幼馴染というか、白崎といいYUIちゃんといいあまりプライベートで周囲の視線は気にしないようだ。

 モグモグとしながら「あら、久々に食べると美味しいわね」なんて呑気に微笑むその姿に、思わず俺達は視線を奪われてしまう。



「――で、なんでYUIまでここに?」

「そんなの決まってるじゃない」

「決まってる?」

「あんたがこっちに来てるって聞いたからよ。紫音にも会いたかったしね」


 さも当然のように答えるYUIちゃん。

 その返答に、流石の白崎も何が何だか分からない様子で戸惑ってしまっていた。


 事情がよく分からない俺達としても、どちらかというとここは白崎に同意で、それでは説明になっていないというかYUIちゃんの目的が全く分からなかった。

 しかしどうやら、少なくともここに白崎が来ている事が知っていて来た事には間違い無いようだ。



「な、なんで、どこからそれを……?」

「おばさんから聞いたわ。丁度休みだったし、あんたの事だからどうせ紫音達のとこでも行ってるんじゃないかって思ったわけ。っていうかさ、顔の割に本当女々しいわよねあんた」


 呆れたように目を細めながら話すYUIちゃんの様子に、やっぱりたじろぐ白崎。

 それからの話を要約すると、白崎は絶賛喧嘩中であるYUIちゃんからのLimeを既読スルーしていたようで、成る程確かに女々しい事をしていた。

 しかし、いつも女性にキャーキャー囲まれているようなイケメン俳優が、裏では好きな相手と喧嘩をして女々しくLimeを既読スルーしているなんて、本当世の中分からないなと思った。

 そういう話で言えば、同じく有名人ながら変装してコンビニへやってきては挙動不審な行動を繰り返していたしーちゃんの例もあるし、もしかしたら芸能人って変わった人が多かったり?――なんて事は、きっとこの場の人達限定の話でただの偏見だろう。



「……だって、YUI怒ってるし」

「は?」

「……いや、何て返事していいか分からなかったっていうか」

「あのねぇ、だからって事務的な連絡まで無視しないでよ」


 事務的というのは、どうやら仕事の内容ではなくお互いの家同士の事のようだ。

 元々決まっていた予定があるからYUIちゃんが確認をしたのだが、白崎はそれすらも完全無視をしていたようだ――うん、やっぱり女々しいな。

 よくそれで、遊園地では俺としーちゃんの関係に土足で入ってきたもんだって感じだった。


 こうして、元々カオスだった学校帰りのハンバーガーを食べようの会は、YUIちゃんの登場により尚更カオスが深まっていくのであった――。



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