155話「散歩③」

「お帰りなさいませ!ご主人様、お嬢様って、ええええ!?」



 メイド喫茶の入り口の扉を開くと、以前と同じようにメイドさんが迎え入れてくれた。

 しかし、やってきたのがしーちゃんだという事に気が付くと全員驚いてしまったようだ。


 それはメイドさんに限らず、急な国民的アイドルの登場に他のお客さん達も同様に驚いていた。


 メイド喫茶のメイドさんには、みんなアイドル的要素を求めて来ている所もあるだろうから、その最上級とも言える国民的アイドルのエンジェルガールズご本人様登場はそれ相応にみんな驚いている様子だった。


 そんな、ここに存在するだけで周囲をざわつかせてしまうしーちゃんだが、やっぱり周囲のこういう反応には慣れているのか全く気にしない様子で、今日はお客様――もといお嬢様として楽しむ気満々といった感じだった。


 こうして突然のアイドル登場に逆にはしゃいでいるメイドさんに案内された俺達は、一応配慮してくれたのか奥の他のお客さんから離れた席へと案内された。



「すごいね!本当に来ちゃった!」

「そうだね」


 渡されたメニュー表を見ているだけで、本当に楽しそうにはしゃいでいるしーちゃん。

 そんな無邪気にはしゃぐしーちゃんにメイドさん達の方が「可愛すぎる……」と見惚れているという、まさにどっちがお客様か分からない状況になっていたところへ、しーちゃんが来ている事を聞きつけた別のメイドさんが慌てて俺達の元へと駆け寄ってきた。



 そのメイドさんは、足が長くてまるでモデルのような体系をしており、他のメイドさん達に比べてより美人な――三木谷さんだった。



「ちょ、ちょっと!なんで居るの!?」

「あ、いや、それは……」


 恥ずかしいのか、あたふたしながら俺達の席へとやってきた三木谷さん。

 俺はその迫力に何て言ったら良いか分からず、目を逸らしながら言葉をはぐらかす。


 しかしそんな三木谷さんに、しーちゃんはニッコリと微笑みながら声をかけた。



「あ、三木谷さん可愛いね」

「え?あ、ありがと……じゃなくて!なんでここにいるのっ!?」

「――あれれ?メイドさん?」

「え?あっ――お、お嬢様?今日はどうしてこちらにいらっしゃったのでございましょうか?」

「うん、やっぱり可愛いっ!そんな可愛いメイドさんを拝みに来たんだよっ」


 メイド姿の三木谷さんを見ながら、満足そうに微笑むしーちゃん。

 対して、しーちゃんに手のひらで転がされる三木谷さんはというと、顔を真っ赤にしながら敬語も少しおかしくなってしまっていた。



「じゃあメイドさん?この、お絵かきオムライス一つお願いします!たっくんはどうする?」

「え?じゃあ俺もそれで」

「は、はい、では少々お待ちくださいご主人様、お嬢様」


 こうして三木谷さんは、俺達の注文を受けると足早に厨房へと向かって行ってしまった。

 しかし露骨に恥ずかしがりながらも、ちゃんと接客してくれたのは流石だった。


 そして、一つ気が付いた事がある。

 それは、ここへ来ているお客さん達の多くが、そんな三木谷さんの後ろ姿を目で追っているという事だ。

 そんな光景に、やっぱりここでは三木谷さんが一番人気なんだなという事が伝わってきた。


 確かにコスチューム効果も相まって、今の三木谷さんからはアイドル的魅力を感じるよなぁと思いながら、俺もついつい一緒になってそんな三木谷さんの後ろ姿をぼーっと見ていると、隣から強い視線を感じた。



「たっくん?」


 その視線とは、当然向かいの席に座るしーちゃんからのものだった。

 どうやら俺が三木谷さんの事をつい目で追ってしまっていた事が気に食わないようで、少し膨れながら俺の事を不信がるようにじっと見てきているのであった。



「ご、ごめん、ちょっと物珍しくて、つい……」

「ふーん?――って、冗談だよ。ここはそういうのを楽しむ場所だもんね」


 そう言って悪戯っぽく微笑んだしーちゃんは、嬉しそうに働くメイドさん達の姿を眺めていた。

 やっぱりアイドルをしていただけあってか、どうやらしーちゃんはこういうメイド服とかコスチューム衣装も好きなようだ。


 そして、そんな楽しそうにしているしーちゃんもまた目立っているというか、三木谷さんに負けじと店内の視線を集めてしまっているのであった。

 まぁそれは、エンジェルガールズのセンターが突然やってきたのだから当たり前の反応とも言える。


 そうこうしていると、三木谷さんがトレイにオムライスを二つ乗せて席へとやってきた。



「で、ではご主人様から、何か書いて欲しいものとかございますか?」

「え?えっと、じゃあ無難に名前で」

「名前――はーい、かしこまりましたぁ!」


 何かひらめいたのか悪戯っぽく微笑んだ三木谷さんは、オムライスの上にそのまま手にしたケチャップででっかく『たっくん』と書いた。

 そして名前の横には、ハートマークがでかでかと書かれているのであった。



「えっと、何故『たっくん』?」

「はい、毎日聞いているご主人様のあだ名でございますぅー!」


 まるで仕返しをするかのように、三木谷さんは丁寧を装いながらも俺の事をいじって笑っているのであった。

 苦笑いする俺に満足した様子の三木谷さんは、お次はお嬢様ことしーちゃんにも同じことを質問する。



「ではお嬢様、何か書いて欲しいものとかございますか?」

「んー、じゃあオムライスで」

「え?」

「オムライスって書いて欲しいな」

「オ、オムライス?」

「うん、だってこれ、オムライスでしょ?」


 わざとなのか天然なのか、しーちゃんはまさかのオムライスに『オムライス』と書いてとお願いしたのである。

 最初は意味が分からないといった様子で困惑していた三木谷さんだが、それが本当に『オムライス』だと分かると堪え切れない様子で吹き出してしまっていた。


 こうして、三木谷さんが笑いを堪えてプルプルとしながら、オムライスに『オムライス』と書いている姿はちょっと面白かった。



「そ、それではご主人様、お嬢様、最後に美味しくなるおまじないをご一緒にお願いしますね!せ~のっ」


「「おいしくな~れ、萌え萌えキュン!」」


 手でハートマークを作り、お決まりのおまじないをする俺達三人。

 しかし、三人とも普段はクラスメイトであるため、やっぱりどこか恥ずかしさがあって微妙な空気が流れたのだが、それでもしーちゃんだけは満足そうに微笑んでいるのであった――。




 こうして、それからも恥ずかしがる三木谷さんをしーちゃんが楽しんだり、他にも色んなメイドさん達との会話を一頻り楽しんだ俺達は、最後に一緒にチェキを撮る事にした。


 本来は指定のメイドさんとだけ撮影するものだが、メイドさんの方からしーちゃんと一緒にチェキを撮りたがっていたため、最終的にはメイドさんみんなとツーショットでチェキに応じていたしーちゃんは流石のアイドルだった。


 それに便乗して、一般のお客さんまでしーちゃんとのチェキを欲してきたのだが、それは当然丁重にお断りさせて貰った。


 しかし、引退しても尚その人気は衰える事なく、中にはしおりんとツーショット写真を撮れた事に感激して涙する子までいたのには驚いた。

 それだけしーちゃんが残した功績というのは、きっと俺の思っている以上に凄い事なのだろう。

 一緒にいるのが当たり前になっていたけれど、俺の彼女はそういう存在なんだよなという事を改めて実感させられたのであった。



「あー楽しかった!みんな可愛かったね!」

「そうだね」

「たっくんも、メイド服好きだよね」

「――うん、メイド服が嫌いな男なんて多分いないさ。だから、前にしーちゃんに送って貰った写真はまだ大事に保存しております」

「本当に?じゃあまた送っちゃおうかな♪」


 そう言ってしーちゃんは、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。



「まだ14時過ぎだけど、これからどうしよっか?」

「んー、今日は色々回ったし、そろそろ帰らない?」

「構わないけど、もういいの?」

「うん、外もいいけどね――――やっぱりもうちょっとたっくんの部屋で二人きりでゆっくりしたいなって思って」


 頬を赤らめながらそう話すしーちゃんの姿は、言うまでも無く可愛すぎた。



 こうして俺達は、まだ時間は早いけれど散歩を切り上げて家に一緒に帰る事にした。


 いつもならここで家に送って行くところだが、今日はこのまま一緒に自分の家に帰れるという事が、まるで一緒に暮らしているようで俺は内心とても嬉しかった。


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