153話「散歩」

「あっ!ねぇたっくん、猫!」


 近所の住宅街を歩いていると、道端で一匹の三毛猫が毛づくろいをしていた。

 しーちゃんはその猫に近寄ると、「いないいないばぁ」と話しかけていた。


 猫にいないいないばぁは正直よく分からないけれど、楽しそうにしているしーちゃんを見れるなら俺としては何でも良かった。

 こうして暫くしゃがみ込みながら猫を観察していたしーちゃんは、満足したのか立ち上がると振り返って微笑んだ。



「行こっか!」

「ん?もういいの?」

「いいニャ~ン♪」


 ご機嫌なしーちゃんは、猫の真似をしながら楽しそうに俺の腕に抱きついてきた。

 そんな甘えてくるしーちゃんはやっぱり可愛くて、こうして隣に居てくれるだけで俺まで楽しくなってくる。

 生まれた頃から慣れ親しんだこの近所の街並みも、しーちゃんが一人いるだけで新鮮に感じられるのであった。



「今日は天気良いね」

「うん、そうだね」


 気持ち良さそうに空を見上げながら、しーちゃんはそう呟いた。

 俺も一緒に空を見上げると、そこには雲一つ無い青空が広がっていた。


 2月もそろそろ終わるため、真冬の寒さも少しずつ和らいできており、近くの民家に植えられた梅の木には白い梅の花が咲き誇っていた。



「もうすぐ今年度も終わるね」

「――うん、そしたらわたし達も二年生になるんだね」

「――そうだね」

「何だかあっという間だったなぁ。わたしずっと一生懸命だった気がする」


 この一年を思い出しているのだろうか、思い出し笑いをするようにふっと微笑むしーちゃん。

 たしかにしーちゃんは、コンビニへ現れるようになったあの頃から一生懸命だったのが今ならよく分かる。

 だから俺も、あの頃の挙動不審なしーちゃんを思い出して、思わず思い出し笑いをしてしまう。


 一生懸命な分挙動不審になってしまうしーちゃんは、やっぱり面白くてとにかく可愛かった。



「む、どうしてたっくんも笑うの?」

「いや、可愛かったなって思って」

「可愛いのに笑えるの?」

「可愛いから笑えるんだよ」


 そう俺が答えると、しーちゃんはよく分からなかったのか「ふーん、変なの」と呟いた。



「あっ!ねぇたっくん!あそこ何かな?」


 それから暫く散歩を続けていると、しーちゃんが何かに気が付いて指さした。

 何だろうと思いながら俺も指さす方へ目を向けると、確かにそこには何か新しいお店のようなものが出来ていた。


 近付いて見てみると、そこはどうやらパン屋さんのようだった。

 若干家からは離れているから今まで気付かなかったが、こんなところにパン屋さんが出来てたんだなと思いながら眺めていると、「ねぇ、入ってみよ!」と楽しそうにしーちゃんが腕を引っ張ってきたので、そのまま一緒にそのパン屋さんへ入ってみる事にした。


 こうして店内へ入ると、中はそれ程広くは無いけれど内装は綺麗で、美味しそうなパンが並べられていた。



「どれも美味しそう!」

「そうだね、せっかくだし買ってこっか」

「うん!」


 店内に広がる小麦とバターの良い香りにつられ、せっかくだしパンを買っていく事にした。


 どれも本当に美味しそうだったけれど、このお店の一番のオススメになっていたクロワッサンをトレーに一つ取ると、しーちゃんも同じのが食べたかったのか「じゃあ、わたしもそれで♪」と言ってきたので、もう一つトレーに乗せてお会計を済ませることにした。


 どうやらこのお店は夫婦で営んでいるようで、奥さんの方がレジ対応してくれた。

 奥さんはしーちゃんの事を知ってくれていたようで、こうして突然現れた国民的アイドルに驚きながらも喜んでくれていた。

 そのおかげもあって、クロワッサン一つ分オマケして貰えたのはラッキーだったが、こういう時やっぱりしーちゃんってそれだけ影響力のある有名人なんだよなという事を改めて感じさせられるのであった。



「良いお店だったね」

「そうだね、じゃあこの近くに公園あったと思うからそこで食べよっか」

「うん!」


 こうして店を出ると、再び腕に抱きついてきたしーちゃんと一緒にその公園へと向かった。




 ◇




 公園へ着くと、俺は何だか違和感を感じた。

 小学生の頃ぶりにやってきた公園なのだが、設置された遊具はあの頃と同じだし別に何が変わったわけでもないと思う。


 それでも、元々広くは無いこの公園だけど、こんなに狭かったっけ?と感じられるのであった。

 きっとこれは、俺自身があの頃より成長したからなんだろうなと思いながら、俺達は置かれているベンチに腰掛けた。



「たっくん、どうかした?」

「いや、この公園小さい頃に何度か遊びに来た事あるんだけどさ、こんなに狭かったかなぁと思って」

「そっか、うん、何となく分かるかも。わたしもこの町に来た時、色々違和感感じたもん」

「――成長したってことなんだろうね」

「うん、わたし達はもう子供じゃない。でも、きっとまだ大人でもない。だからこそ、今感じる事とか思う事って、今しか得られないものだと思うんだ。これが所謂青春ってやつ?」


 人差し指を立てながら、最後は得意げに語るしーちゃん。


 成る程、青春か――。

 たしかに、俺はもう子供じゃない。でも、まだまだ自立しているとは言えないし大人でもない。

 だからきっと、大人になって再びここへ来たらまた見え方も変わっているのかもしれない。


 そんな、大人でも子供でもないこの青春という時間に感じられる事は、しーちゃんの言う通りきっと今しか得られないものなのだろう。

 だからこそ俺は、これまで以上に今を大事にしようと思った。


 いつか今の自分が過去になっても、今得られたもの――こうしてしーちゃんと一緒に過ごす時間を、ふと思い出したその時にそのどれもが良い想い出となっているように――。


 だから俺は、早速その青春ってやつを堪能してやる事にした。



「じゃあ、早速このクロワッサンでも食べながら、青春の1ページってやつを増やして行こうか」

「うん!絶対にこのクロワッサンは美味しいから、きっとこれも楽しい想い出の1ページになるに違いないよ!」


 このクロワッサンに絶対の確信を抱いている様子のしーちゃんは、そう力強く断言した。


 こうして二人で一緒に食べたそのクロワッサンは、バターの香り豊かで外はサクッとしていて食感も良く、確かにしーちゃんの言う通り想い出に残すには十分すぎる程美味しかった。



 きっとこれも、二人の想い出の味の一つになっていくのだろう――。




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