152話「腕枕」
ふと目が覚めると、目の前にはスヤスヤと眠るしーちゃんの顔があった。
――そうだ、昨日は一緒に眠ったんだっけ
俺は今置かれている状況を思い出しながら、今日は一日予定も無いことだし気持ち良さそうにスヤスヤと眠るしーちゃんの寝顔を眺める事にした。
しーちゃんは本当に幸せそうな顔をしながら眠っており、このまま時が止まってしまえばいいのにと願ってしまう程、今のこの時間は俺にとってただただ愛おしい時間だった。
「んー、たっくん――」
「どうした?」
「んふふ――やった――」
「――なんだ、寝言か」
暫くしーちゃんの寝顔を堪能していると、一体どんな夢を見てるんだろうか急にしーちゃんは寝言を言い出した。
何だか嬉しそうにしているからきっと悪い夢では無いだろうと、俺はそんなむにゃむにゃしているしーちゃんにどうしても触れたくなってしまい、そのマシュマロのようにやわらかい頬っぺたをそっとつっついてみた。
「んっ――」
「あ、起きた」
「あ――たっくん、おはよう」
「はい、おはよう」
「今何時――」
「朝の七時過ぎかな」
「そっか――じゃあもうちょっと寝よ」
目を覚ましたしーちゃんだが、まだ眠たいのか俺の腕を掴むと両手で抱え込み、そのまま俺を引き寄せてきた。
そう言えばしーちゃん、本来は朝は弱い方だって言ってたっけなと思いながら、まぁ今日は日曜日だし好きなだけ寝かしてあげる事にした。
でも、そんなしーちゃんも平日は毎日朝早く起きてお弁当の用意をしてくれてるんだから、改めて有難うの気持ちでいっぱいになった俺はその気持ちをちゃんと伝える事にした。
「朝苦手なのに、いつもお弁当ありがとね」
「――ううん、いつも食べてくれてありがとうね」
そう言ってしーちゃんは、ふわっと嬉しそうに微笑んでくれた。
もうその微笑みを見れるだけで、俺の心は全て満たされていくのを感じてしまう――。
「――あ、じゃあたっくん、一つお願い事聞いてくれる?」
「ん?なに?」
「――腕枕、して欲しいな」
「――いいよ」
何事かと思えば、しーちゃんは少し照れながら腕枕をして欲しいと言ってきた。
だから俺は、そんな可愛いお願いを断るはずも無く言われた通り腕を伸ばしてあげる。
するとしーちゃんは、その俺の腕の上に自分の頭を乗せると、それからこちらに顔を向けると嬉しそうに身を寄せてきた。
「えへへ、さっきより近いね」
「そうだね」
そして、もう腕どころか俺の胸元に顔を埋めてきたしーちゃんは、寝起きなせいだろうかいつも以上に甘えた声をしていた。
そんなしーちゃんの様子に俺がドキドキしないはずもなく、こうして一緒に横になっているだけでやっぱり幸せな気持ちでいっぱいになってくる。
だから俺は、結局空いてしまった腕をしーちゃんの頭の上に回すと、そのまま抱き込む形でぐっと引き寄せた。
「しーちゃんが温かいから、朝でも全然寒くないね」
「ふふ、たっくん専用の湯たんぽだよー」
「はは、じゃあ贅沢すぎる湯たんぽだね」
こうして抱き合う形となった俺達は、暫くこのままでいた。
何をするわけでも無く、こうしてただ身を寄せ合っているこの時間はやっぱり愛おしくて、このままずっと時が続けば良いのにと思ってしまうのであった――。
◇
朝九時過ぎ、ようやく起き上がった俺達は、とりあえず一緒に洗面所へ向かい歯を磨く事にした。
夜使ったしーちゃんのピンクの歯ブラシは俺の青い歯ブラシの隣に置かれており、それだけ見るとまるで同棲でもしているような気がしてきて何だかむず痒かった。
それから二人で並んで一緒に歯を磨いていると、そんな歯を磨く二人の姿が鏡にはっきりと映っており、それだけで何だか笑えてきてしまう。
それはしーちゃんも同じで、別に何が面白いのかもよく分からないけど二人で肘でつっつき合いながら一緒に歯を磨いた。
こうして歯を磨き終えた俺達は、そのままリビングへと向かう。
「おはよう」
「おはようございます!」
「あらおはよう。紫音ちゃん、よく眠れた?」
「はい!おかげ様で!」
「そう、良かったわ。じゃあ朝食食べてって頂戴」
「はい!頂きますっ!」
何だかすっかり仲良くなっているしーちゃんと母さんだった。
本当に、昨日二人が何を話したのか気になるのだが、まぁこうして二人が仲良くしてくれる分には俺としても助かるから良しとする事にした。
それから俺は、しーちゃんと一緒に母さんの用意してくれた朝のトーストを食べる。
そして今日はしーちゃんも用事は何も無いという事で、せっかくだからこのままもう暫くうちでゆっくりしていく事になった。
しーちゃんと一緒に起きて、一緒に歯を磨いて、一緒に母さんの用意してくれた朝食を食べる。
そんな時間を過ごしていると、本当にしーちゃんが家族になったような気がしてきて、俺は自然と頬が緩んできてしまう。
何をするわけでもなくゆっくりと過ごす日曜日、当たり前のように俺の隣にしーちゃんが居てくれるだけでこんなにも嬉しいのだ。
「たっくん、今日はどうしよっか?」
「んー、そうだね、あとでちょっと散歩でもしてくる?」
「うんっ!行きたいっ!」
「よし、じゃあとりあえず着替えてこよっか」
「うんっ!」
ただの散歩するだけでも、しーちゃんは本当に嬉しそうに微笑んでくれる。
だから俺も、やっぱり嬉しくて頬が緩んできてしまうのであった。
こうして部屋にしーちゃんの着替えを取りに戻ると、それからしーちゃんは身支度のため洗面所へと向かって行った。
男の俺は着替えてヘアワックスで寝ぐせを整えれば済んでしまうが、女の子はそうもいかないから俺はしーちゃんの身支度が終えるのを部屋でちょっとだけソワソワしながら待つ事にした。
「ごめんね、おまたせ」
急いだのだろうか、それから30分ちょっとしたぐらいで戻ってきたしーちゃんは、ふわふわした暖かそうな白のニットに赤のチェックスカート、そして下には黒いストッキングを履いており、何だかいつも以上にアイドルのオフ感を感じさせるその服装はやっぱり可愛くて、こんな子が自分の彼女なんだと思うだけでやっぱりドキドキさせられてしまうのであった。
そんな、今日も高嶺の花という言葉がしっくりくるしーちゃんの手を握り、俺は一緒に玄関へと向かう。
「母さん、ちょっと出てくるよ」
「はいはい、いってらっしゃい」
「いってきます!」
「はい、紫音ちゃんも気を付けてね」
「はいっ!」
こうして俺は、しーちゃんと一緒に散歩へと向かった。
別に何をする予定も無いが、だからこそしーちゃんと一緒に思いのまま過ごせるこれからの時間にどうしてもワクワクしてしまう。
まぁ、題するとしたら『三枝紫音の挙動不審散歩』といったところだろうか。
俺の手をぎゅっと握り、いつものようにその手をブンブンと振りながら楽しそうに隣を歩くしーちゃん。
『さてさて、今日のしおりんはどんな挙動不審を見せてくれるのか楽しみですねー』
なんてテレビ番組のような脳内ナレーションを入れてみたのだが、思ったよりそれがしっくりきてしまい思わず笑えてくるのであった。
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