151話「部屋」

 今日はしーちゃんが泊っていく事に決まり、それからリビングでエンジェルガールズのDVD鑑賞会を終えた俺は、部屋で一人スマホをいじりながら時間を潰していた。


 何故今一人なのかと言うと、それはDVDを観終えた母さんが宣言通りしーちゃんを連れて一緒にお風呂へと向かってしまったためである。

 しーちゃんのファンでもある母さんを自由にさせて大丈夫かなと思わなくも無かったが、流石に息子の彼女に迷惑をかけるような真似はしないだろうと、しーちゃんも乗り気だったためそのままそっとしておく事にしたのであった。


 それにしても、今日はこのまましーちゃんが泊っていくのかと改めて思うだけで、正直胸がドキドキしてくるのであった。

 何度かしーちゃん家に泊まった事はあるけれど、自分の家にしーちゃんが泊まっていくというのはまた違うもので、普段自分が生活しているところにしーちゃんが居るという状況がやはり特別なのであった。


 そういえば、一体しーちゃんはどこで眠るんだろう――そんな事を考えていると、部屋の扉が開かれた。



「ただいまたっくん」


 部屋に入ってきたのはしーちゃんで、お風呂上りなため全身ポカポカとした様子で、すっかりリラックスした表情を浮かべていた。



「おかえり、お風呂はどうだった?」

「とっても良いお湯だったよー」

「そっか、母さんに変な事言われたりしなかった?」

「ふぇ?う、ううん、そんな事ないよあはは」


 あ、これは何か言われたなというのが丸分かりだった。

 相変らずしーちゃんは、嘘を隠すのが下手だった。

 全く、何の話をしたのかは知らないけれど、頼むから変な事だけは言わないでくれよって感じだ。



「あ、たっくんもお風呂入ってきたら?」

「まぁ、そうだね。しーちゃんは一人で大丈夫?」

「うん、ここでゆっくりさせて貰うね」

「そっか、分かったよ。じゃあ行ってくるね」

「うん!いってらっしゃーい!」


 こうして俺は、言われた通りお風呂を済ませてくる事にした。

 部屋に一人しーちゃんを残すというのは、何か漁られたりしないかとか正直ちょっと心配な気持ちが無くも無かったのだが、それでは一向にお風呂に入れないためここは覚悟を決めてお風呂へと向かうのであった。




 ◇



 お風呂から上がり部屋へ戻ると、そこには俺のベッドの隣に敷布団が敷かれていた。

 どうやら俺がお風呂に入っている間に、母さんが布団を用意してくれていたようだ。


 そして敷かれた布団の上では、パジャマ姿のしーちゃんがちょこんと座りながらスマホをいじっており、俺が部屋へ戻ってきた事に気が付くと嬉しそうに満面の笑みを浮かべるのであった。


 そんな、俺が戻ってきただけでそんなに嬉しそうにしてくれるしーちゃんは、もう世界一可愛いと言っても決して過言ではないだろう。



「おかえりっ!たっくん!」

「うん、ただいましーちゃん。何してたの?」


 そう言って俺は、しーちゃんの隣に座った。

 すると、しーちゃんはそのまま俺の方に身を預けてきたおかげで、パジャマという薄い生地からはしーちゃんの体温が感じられて、それだけでドキドキしてきてしまう。



「えっとね、あかりんとLimeしてたよ」

「あー、あかりんか。元気してるかな?」

「うん、相変わらず忙しそうだけど、元気にやってるみたい。たっくんのお母さんがファンだって伝えたら、それじゃあ今度そっち行く時は挨拶しなくちゃねだって」


 そう言って、しーちゃんは笑いながらそのLimeのやり取りを見せてくれた。

 確かにそこには、今しーちゃんの言った通りの内容が書かれており、もし本当にうちにあかりんが来たら絶対母さん驚くだろうなぁと思うと、それはちょっと面白そうだった。



「でも、そろそろわたしからも会いに行ってあげないとなーって」

「まぁ、距離があるもんね」

「うん――だからねたっくん、その時は一緒に行こうね?」

「え?でも、俺いたら邪魔だったりしないかな?」

「距離があるんだよ?そんなところに、わたし一人で行かせて平気なの?」


 俺の返事が気に食わなかったのか、不満そうな表情を浮かべながらぷっくりと膨れるしーちゃん。

 でも別に本気で怒っているわけではなく、それもあくまでポーズである事は分かっているため、俺はそんな膨れるしーちゃんの頬っぺたを指でつっつきながら「じゃあ、俺も一緒に行かないとだね」と返事をする。

 するとしーちゃんは、俺の返事に納得したのか膨れモードを解除すると、それから嬉しかったようでニコッと微笑んだ。



「そういえばさ、まだ席が隣り合わせになって間もない頃も、しーちゃんそうやって膨れてたよね」

「え?そんな事あったっけ?」

「何だっけなー?あ、そうそう、健吾がカラオケ行かないかーってクラスのみんなに聞いてきたけど、俺がバイトあるしパスって言った時、しーちゃんめっちゃ膨れながら俺の事見てたんだよ」

「うっ――なんか、思い出した気がする」

「で、あの時はなんで膨れてたの?」

「そんなの、たっくんと一緒にカラオケ行きたかったからに決まってるじゃん。凄く楽しみだったのに、たっくん行かないって言うからわたしも断っちゃったもん」

「そっか、そんなに一緒に行きたかったんだ」

「これでも一応アイドルしてたからねっ!あわよくば、歌とパフォーマンスでたっくんの気を引こうとあの頃のわたしはとにかく一生懸命だったんだよ!」


 そう言って、また不満そうに膨れるしーちゃん。

 成る程、だからあの頃は挙動不審を連発していたのかと、俺は当時の挙動不審だったしーちゃんの姿を思い出して思わず吹き出してしまう。



「もうっ!何で笑うのっ!」

「いや、ごめん、あの頃から可愛かったなって思って」

「じゃあ何で笑うのよー!」

「ごめんって」


 不満そうにポカポカと叩いてくるしーちゃんだが、やっぱり本気で怒っているわけではなくしーちゃんもどこか楽しそうにしていた。



「あ、そうだしーちゃん、結局母さんとは何話してたの?」

「えっ?ひ、秘密だよっ」

「何で?言えないこと?」

「そういうわけじゃないけど――秘密なの!」

「変なことじゃない?」

「変じゃない!」

「恥ずかしいことでも?」

「恥ずかしくも無い!」

「ふーん、じゃあまぁいっか」

「そう!気にしなくていいのっ!」


 そしてまるで話題を変えるように、しーちゃんは俺に飛びついてきた。

 嬉しそうに俺の胸元に自分の顔を埋めるしーちゃんは、やっぱりどこか犬のような愛らしさがあった。



「――ねぇたっくん」

「ん?どした?」

「――せっかくお布団用意して貰ったんだけどね」


 そう言ってしーちゃんは、顔を上げると俺の顔をじっと見つめてくる。

 それはまるで、ここから先は言わなくても分かるでしょと言うように――。



「――一緒に寝る?」

「うんっ!わたし奥ねっ!」


 言わせたかった言葉を俺に言わせる事に成功したしーちゃんは、待ってましたとばかりにすくっと立ち上がると、そのまま嬉しそうにベッドの奥側でゴロンと横になった。

 そして手をくいくいと動かしながら、俺の事を呼んでくる。



「はーい、たっくん一緒に寝るよー」

「ここは俺の部屋なんだけどなぁ」

「細かい事は気にしなーい」

「はいはい」


 やれやれと返事をしながら、部屋の電気を消す。

 それから、しーちゃん家のベッドより狭いシングルベッドの上で一緒に横になった。

 でも狭い分二人の距離は近くなり、しーちゃんは俺に身を寄せるようにくっついてきた。



「近いね」

「ごめん、狭くて」

「ううん、嬉しいよ」

「そっか――実は俺も」

「うん、知ってた――えへへ」



 こうしてまだ眠るには少し早かった俺達は、くっつきながら暫く会話を楽しんだあと眠りについた。


 隣からはしーちゃんの温もりが伝わってくるおかげで、いつもより身も心も温かくてぐっすりと眠る事が出来たのであった。


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