150話「団欒」

 コンコン――。


 突然部屋がノックされたかと思うと、扉から母さんがひょこっと顔だけ出して覗き込んできた。



「卓也ー、ご飯出来たわよ」


 いきなり何事かと思ったが、どうやらご飯が出来たことをわざわざ伝えに来てくれたようだ。

 時計を見ると既に18時を少し回っており、確かにそろそろいい時間だった。



「分かった。じゃあ行こっか」

「は、はいっ!」


 そうしーちゃんに声をかけたのだが、やはり緊張しているのかしーちゃんはガチガチになっている様子だった。

 だから俺は、そんなしーちゃんを安心させるように手を取って一緒に立ち上がる。



「俺も一緒にいるから大丈夫」

「う、うん!」


 俺の言葉に嬉しそうに微笑んだしーちゃんは、返事をするようにぎゅっと俺の手を握り返してきた。

 こうして俺はしーちゃんと手を繋ぎながら、一緒に夕飯へと向かったのであった。




 一階へ降り、それからリビングへと向かう。

 するとそこには、今日はしーちゃんが来るという事もありいつもより豪華な料理が並べられていた。


 唐揚げや麻婆豆腐など、和洋中関係無くおかずが並べられており、家族三人にしーちゃんが加わっただけではちょっと多い量の食事が、所狭しとテーブルの上に並べられているのであった。



「さぁさぁ、紫音さんと卓也はここに座って」

「ああ、いらっしゃい、しおり――こほん、三枝さん」


 俺達がやってきた事に気付いた父さんと母さんは、やっぱり生しーちゃんにどこか緊張している様子で迎えてくれた。

 父さんなんか、思わずしおりんって言いかけてるし――。


 そんなうちの両親を前に、しーちゃんはしーちゃんでやっぱり緊張している様子で、「失礼します」と言われた通り俺の隣にちょこんと座った。

 こうして、緊張しながら俺の隣にピッタリとくっついてくるしーちゃんも、正直これはこれでとても可愛いかったのだがここは黙っておくことにした。


 こうして一つのテーブルを、父さんと母さん、そして俺としーちゃんの四人で囲む事となった。

 最近は母さんの影響により、父さんまでエンジェルガールズのファンになってしまったようで、だからこそ前以上にテレビ越しに見ていたアイドルがここにいるという異常性への理解が高まっているのだろう。

 だから父さんも母さんも、まるでテレビから飛び出してきたようなしーちゃんの事が気になるのか、ちらちらと様子を伺っているのが丸分かりだった。



「もう、父さんも母さんも、それじゃしーちゃんがやりづらいでしょ」

「あ、ああ、すまん卓也、そうだな!申し訳ない三枝さん」

「あらやだ、ごめんなさいね紫音さん、悪気は無いのよ」

「い、いえ、大丈夫です」


 ハハハハハと、ぎこちない笑い声が飛び交う。

 しーちゃんはともかく、両親の方までこんなに緊張するなんて想定外だった俺は、仕方なくこのどうしようもない状況の食卓に話題を提供する事にした。



「あー、ごめんねしーちゃん。母さんはすっかりエンジェルガールズのファンになっててさ、最近では父さんも一緒にテレビとか見てるせいでファンになってるみたいでさ」

「お、おい卓也!余計なことを言うな」

「何が?本当の事じゃん?」

「そういう話じゃなくてだな――」


「え、嬉しいです!わたしはもう引退しちゃいましたが、たっくんのお父様にそう思って頂けてるなら、アイドルしてて良かったなと思います!それにメンバーのみんなも知ったらきっと喜ぶと思います!」


 俺と父さんが言い合いを始めると、しーちゃんはそう言って嬉しそうに話に割り込んできたのであった。

 しーちゃんはしーちゃんで、うちの両親に気に入られるか心配していたため、そんなうちの両親が自分達のファンだと知って安心しているのだろう。


 それからは、アイドルトークですっかり話は盛り上がり、しーちゃんがうちの両親にファンサをするというよく分からない状況になってしまったのだが、結果手法はどうあれ無事に和んでいるようだったため、俺は口を挟まず楽しそうな三人のことを眺めながら食事をしていた。



「いやぁ、卓也には勿体無いぐらいの良い子だな!」

「本当よ、紫音ちゃんさえ良ければ、いつでもうちの卓也を貰ってくれていいからね?」

「えっ!?そ、そそそ、それはその、えっと」

「おい、しーちゃん困ってるから変な事言うなよ。しーちゃんも、冷めちゃうからご飯食べるよ」


 まったく、母さんが変な事を言うもんだから、しーちゃんは顔を真っ赤にして取り乱してしまったじゃないか。

 こうして俺が窘めた事で、ようやくそれからは落ち着いて食事を取る事になった。

 でもやっぱりしーちゃんの様子はどこかおかしくて、思いっきりさっきの母さんの言葉を真に受けてしまっているのが丸分かりだった。




 ◇



「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです!」

「いえいえ、お口に合ったのなら良かったわ。お粗末様でした」


 夕飯を終え、ご馳走様をした俺達は空いた食器を流しへと運んだ。

 それから、俺がしーちゃん家で食事をした後洗い物を手伝うのと同じで、何か手伝いをしないと居心地が悪いというしーちゃんの気持ちも分かるため、洗い物は俺としーちゃんの二人でやらせて貰う事にした。

 そこは母さんも、そんなしーちゃんの気持ちを汲み取ってくれたようで、何も言わずに俺達に任せてくれたのは有難かった。



「ねぇ紫音ちゃん。終わったら一緒にDVD観ましょうよ」

「え?ええ、いいですよ」

「おい母さん、もう夜だし帰りが遅くなっちゃうだろ?」

「あら、だったら泊って行けばいいじゃない?ねぇアナタ」

「おー、そうだな、明日も用事ないならゆっくりしていくといい」


 そう言って、うちはいつでもウェルカムだからと陽気に笑う父さんと母さん。

 でも、そんないきなり泊って行くと言っても、女の子なんだから着替えとか諸々あるでしょと口を挟もうと思っていると、



「い、良いんですか!?じゃ、じゃあわたし、泊まっていっちゃおうかな」

「え、いや、しーちゃん着替えとか色々大丈夫?」

「あ、その、実はね――もしかしたらこういうこともあるかなって思って、その、着替え持ってきてたりして」


 恥ずかしそうに俺の様子を伺いながら、実は着替えを持ってきている事をカミングアウトするしーちゃん。

 そうか、だから今日はちょっと大きめの鞄だったんだなとようやく俺はそこで合点がいった。


 しかし、泊まるなんて話は全くしていなかったのにちゃっかり着替えを用意してきているしーちゃんは、それだけ今日に期待をしていたという事だろう。

 そう思うと、俺としてもこれから一日しーちゃんと家で過ごせると思うだけでめちゃくちゃ嬉しかった。



「まぁしーちゃんが大丈夫なら、そうだね泊まって行ってよ」

「う、うんっ!そうするっ!えへへ」

「はい決まり。じゃあ紫音ちゃん、今日は一緒にDVD鑑賞からの、お背中流し合いと洒落込みましょう!」

「はいっ!」


 泊まりが決まったのが余程嬉しかったのか、しーちゃんは満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに返事をする。

 こうしてしーちゃんは、今日はこのままうちに泊まっていく事になったのであった。


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