149話「二人きり」
そして、ついに土曜日がやってきた。
昼のシフトでバイトを入れて貰っていた俺は、バイトを終えるとそのまましーちゃんのマンションの下まで迎えに行くと、到着した事をLimeで連絡する。
『着きました。下で待ってます』
よし、送信っと。
前の約束通り、今日はこれからしーちゃんをうちへ招待するのだが、俺としてはエンジェルガールズファンの母さんが暴走しないかだけが心配だった。
そんなことを考えていると、突然後ろから誰かに抱きつかれる。
「たーっくん♪」
「うぉっ!?し、しーちゃん!?」
「えへへ、驚かせようと思って隠れてたの♪」
そう言いながらくるりと目の前に回り込んできたしーちゃんは、楽しそうに悪戯な笑みを浮かべていた。
そんなしーちゃんは、誰が見ても浮かれているのが丸分かりで、今日がよっぽど楽しみだったことが伝わってくる。
手には小さ目のボストンバッグを持っていて、俺の家に遊びに来るには少し荷物が多いような気がするのだが、まぁ女の子には色々あるのだろうと触れないでおいた。
こうしてまだ日が昇っている時間帯のうちに、俺はしーちゃんと仲良く手を繋ぎながら帰宅するのであった。
「あー、久々のたっくん家楽しみだなー♪」
「何も無いけどね」
「そんな事ないよ?そこでたっくんが生活してると思うだけで、興味しか無いもん♪」
そう言って微笑むしーちゃんは、やっぱり本当に楽しそうだった。
ちなみに今日のしーちゃんは、ベージュのチェスターコートに白のニット、下はピスタチオカラーのロングスカートを合わせており、とても大人っぽい印象だった。
それから首には以前俺がプレゼントしたマフラーを巻いてくれており、足元はマフラーの色に合わせたショートブーツを履いている。
そんな、元々の美少女っぷりに着ている服の大人っぽさも相まって、この子が俺の彼女なんだと思うだけでドキドキしてくる程やっぱり今日も魅力に溢れているのであった。
そして、そんな美少女がこれから俺の家に行くというだけで、これだけ無邪気に浮かれた様子でニコニコと微笑んでくれているのだ。
そんな姿を見ていれば、俺だって浮かれてきてしまうのは最早仕方のないことだろう。
「ん?どうかした?」
「――いや、今日も可愛いなって思って」
「ふぇっ?そ、そっか!うへへ」
俺が素直に褒めると、照れながらも嬉しかったのか変な笑い方をするしーちゃん。
そんな、見た目と行動のギャップ、何をとっても可愛いが振り切れているしーちゃんと一緒に歩いているだけで、俺も自然と笑みが零れてくるのであった。
◇
「ただいまー」
家に到着した俺は、玄関を開けながら帰宅を告げると、外はまだ冷えるしそのまましーちゃんを家へと招き入れた。
こうしていざ久々のうちの玄関をくぐったしーちゃんはと言うと、やっぱり緊張しているのかギリギリ聞こえるぐらいの声で「うー」と小さく声を漏らしていた。
不安なのか、空いた方の手で俺の服の裾をちょこんと摘まんでくる仕草も、やっぱり一々可愛かった。
「あらあら、いらっしゃい!」
すると、俺の声に気付いた母さんがすぐに玄関へとやってきたかと思うと、しーちゃんの顔を見て本当に嬉しそうな顔をしながら招き入れてくれた。
やっぱり母さんは母さんで、大ファンのエンジェルガールズの元センターが家へとやってきた事が余程嬉しいようで、その様子はまんま芸能人に会った時のリアクションだった。
「お、お邪魔しますっ!」
そんな母さんに向かって、しーちゃんは慌てて頭を下げる。
なんだか一回目の時より緊張している様子のしーちゃんは、やっぱり片手で俺の服の裾をぎゅっと握って離さなかった。
「あらあら、そんな緊張しないでいいのよ!どうぞ、ゆっくりしていって頂戴な」
「そうだよ。さ、とりあえず俺の部屋行こうか」
「う、うん」
こうして俺は、しーちゃんを連れて自分の部屋へと向かった。
まだ時間は16時を少し回った頃なため、俺達は暫く部屋でのんびり過ごす事にした。
部屋へやってきたしーちゃんは、ようやく気が抜けるというようにふぅーっと一息ついていた。
「そんなに緊張した?」
「そりゃそうだよ、だってたっくんのお母様に嫌われたくないもん」
そう言って、口を尖らせるしーちゃん。
まぁうちの母さんなら大丈夫どころか、しーちゃんの大ファンなんだけどねと思いながらも、そうやってしーちゃんが俺との事を考えてくれていることが俺はただただ嬉しかった。
だから、俺は堪らずそんなしーちゃんを思わず抱きしめてしまう。
「そっか、ありがとね」
「うん――大丈夫だったかな?」
「大丈夫だよ、母さんもしーちゃんの事が大好きだから」
「そ、そっか、ならいいんだけど」
俺が抱きしめた事で、ようやくしーちゃんも落ち着いたのか安心したように微笑んでくれた。
今日はこのあとしーちゃんもうちで一緒に夕飯を食べて行く事になっているため、夕飯の時間までまだ暫く時間があるしとりあえず隣り合わせで座りながらゆっくりする事にした。
二人肩と肩を寄せ合い、一緒にテレビを見ながら他愛の無い会話をしているだけなのだが、それでも俺は自分の部屋に大好きな彼女が来てくれているというだけでもう幸せでいっぱいだった。
「あ、たっくんまだ貼ってくれてたんだ?」
興味深そうに部屋を見渡したしーちゃんは、まだ壁に貼られたままになっているエンジェルガールズのポスターに気付いた。
まぁ剥がす理由なんて無いし、毎日アイドル時代のしーちゃんが見られるから気に入っているのだが、いざこうしてそれを本人に見られるのはやっぱりちょっと恥ずかしかった。
「うん、まぁ」
「――じゃあ、ほらたっくん?本物がここにいるよー!うりうりー!なんちゃって」
そのポスターを背景にしながらしーちゃんは両手を広げると、それから「えいっ!」という掛け声と共にそのまま抱きついてきた。
そんな、まるでポスターの中からアイドルが飛び出してきたかのような状況に、俺のファン心はまんまと擽られるのであった。
「そっか、今はもう俺だけのアイドルだもんね?」
「そうだけど、高いよー?」
「言うねー、ちなみにどれぐらいするのでしょうか?」
「んー、わたし達がイベントに一つ行くだけで凄いお金がかかってたらしいけどね、そこは特別にたっくん割を適用すると――」
「すると?」
「――わたしの方が沢山貰ってるから、貰うどころかお返しが必要でした」
そう言って、しーちゃんは俺の背中に回していた両手を肩へと回すと、そのまま顔を近付けてキスをしてきた。
「――えへへ、まだ足りないから、残りは分割払いでお願いします」
「――じゃあ俺は、これからもずっとお支払い頂けるようにもっと頑張らないとだね」
「それじゃあわたしは、ずっと借金漬けにされちゃうね」
「はは、容赦しないから覚悟しててね?」
「望むところだっ!」
そんな意味不明なやり取りが何だか可笑しくなって、それから俺達は吹き出すように笑い合った。
こうして二人だけで過ごすこの時間は、甘く優しい幸せで溢れているのであった――。
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