148話「ご機嫌」
バレンタインデーも過ぎ去り、また以前と同じ日常へと戻っているのだが、それでも何だか近頃のしーちゃんの様子はおかしかった。
いや、厳密にはおかしくないのだが、おかしいのだ。
我ながら何を言っているのかよく分からないが、それでも感じているところはその言葉通りなのであった。
例えば、昨日寝る前にしたしーちゃんとのLimeのやりとりだ。
『どうしようたっくん、わたし病気にかかっちゃったみたい』
『え?大丈夫!?』
『ううん、多分無理……』
『え、風邪か何か!?』
『違うの、わたしね……たっくん大好き病にかかってるみたいなの……』
『えっと、それは?』
『だから、ここは処方箋としてたっくんの画像を下さい』
『え?』
『たっくんの画像を下さい』
『いや、ちょっと恥ずかしいんだけど……』
『たっくんの画像を下さい』
こうして俺は、有無を言わさないしーちゃんの押しに負けて、人生で初めての自撮りをして画像を送る羽目になったのであった。
ちなみに送ったその画像は、10回ぐらい撮り直しをしている。
正直何度取り直しても被写体は変わらないため、全部残念な感じだったから諦めて一番マシなのを送ったのだが、それでもしーちゃんは喜んでくれたようですぐに喜びLimeが返ってきたのであった。
そんな、しーちゃんの方が俺の画像なんかを欲しがって喜んでるって、どう考えても立場が逆でしょと思えるその状況にちょっと笑えてくるのだが、問題はそこじゃない。
このように、バレンタインデー以降しーちゃんはより積極的になったと言うか、またキャラが少し変わってきているように感じられるのであった。
――そう、一言で言うならしーちゃんは今、とてつもなく浮かれているのであった
◇
放課後。
今日も一日授業を終えた俺は、しーちゃんと一緒に仲良く帰宅する。
こうして一緒に帰るだけでも楽しいのか、ニコニコと弾むような足取りで隣を歩くしーちゃん。
「ねぇたっくんは、イチゴとチョコならどっちが好き?」
「え?うーん、まぁチョコかなぁ」
「そっか、チョコね!わたしも今日はチョコの気分だったの!あ、チョコって言えばね、駅前に新しいカフェがオープンしたんだけど、そこのチョコレートパフェが美味しいってクラスの子が言ってたよ?」
そう言って、その目をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべながら、まるで何かを期待するように俺の顔をじーっと見つめてくるしーちゃん。
「――成る程?じゃあ行ってみる?」
「いいのっ!?やった!」
その返事を待ってましたとばかりに、嬉しそうに俺の腕にぎゅっとしがみついてくるしーちゃん。
正直言わされた感は否めないのだが、こうして無邪気に喜ぶしーちゃんはやっぱり可愛いのでまぁ良しとした。
「ちなみに、もしイチゴって答えてたら?」
「そこのカフェ、イチゴパフェも美味しいんだって!」
「成る程ね」
結局、どっちを答えていても同じだったと。
でも、そうやって俺と一緒にどこかへ行きたがってくれるのは、俺としても嬉しい事に違いなかった。
たまには俺からも誘わないとだよなとか思いながら、俺はそんなご機嫌なしーちゃんと一緒にそのカフェへと向かった。
「いらっしゃ――うぇっ!?」
店内へ入ると、接客してくれた大学生ぐらいの女性の店員さんは、俺達の顔を見るなりとても驚いていた。
それも無理は無く、突然のエンジェルガールズご本人様の登場に驚かない方が可笑しな話だった。
こうしてガチガチに緊張した様子の店員さんに連れられて、俺達は角のテーブル席へと案内された。
ここなら周りからは見え辛い構造になっているため、もしかしたら店員さんも俺達に配慮してくれたのかもしれない。
「たっくん、どれにする?」
「俺は、さっきの話し通りチョコレートパフェにしようかな」
「そっか、じゃあわたしはイチゴパフェにしよーっと♪」
こうして注文を終えた俺達は、互いに向かい合って座りながら会話をしてパフェが来るのを待った。
「あ、たっくん昨日は写真ありがとね♪」
「え?い、いや、変じゃなかった?自撮りなんて初めてしたけど、中々恥ずかしいもんだね」
「そっか、じゃあたっくんの初めて貰っちゃったね!えへへ!それに、変な事なんて何もないよ、凄く格好いいよ」
頬を赤らめながら嬉しそうに微笑むしーちゃんは、正しく恋する乙女といった感じだった。
そんなしーちゃんと向かい合った俺は、その可愛さと恥ずかしさから、どんどん顔が熱くなっていくのを感じた。
そんな調子で、今日もしーちゃんからグイグイと広げられる会話を楽しんでいると、注文していたパフェが届けられた。
「うん、美味しい!」
「こっちも美味しいよ」
一口食べてみると、クラスメイトの噂通りたしかにこのパフェは今まで食べた事ないレベルで美味しかった。
生チョコだろうか、上に乗った濃厚なチョコレートはとても味わい深くて、評判になるのも頷ける味をしていた。
「ねぇたっくん、そっちも一口ちょーだい?」
注文した時からそのつもりだったのだろう。
しーちゃんは今日ここへ来るのを楽しみにしていたのかちょっと興奮気味にそう言うと、身を乗り出して「アーン」と言ってその小さくて可愛い口を広げてきた。
だから俺は、スプーンでパフェを掬うとその口の中に入れてあげた。
「どう?」
「うん、美味しい!」
よっぽど美味しかったのか、両手を頬に当てながら身体をクネクネさせて喜ぶしーちゃん。
「じゃあたっくんも、はい、アーン♪」
すると、今度は自分のイチゴパフェをスプーンで掬うと、俺に向かって差し出してきた。
まぁ正直この流れになるのは予想していたため、俺はそのままその差し出されるスプーンを咥えた。
しーちゃんから貰ったイチゴパフェは、甘酸っぱい味がしてこれはこれでとても美味しかった。
「どう?」
「美味しいよ」
お返しとばかりに、俺と同じように感想を求めてくるしーちゃんに、俺も微笑みながら美味しいよと返事をする。
すると、それがまた嬉しかったのか満面の笑みを浮かべながら俺の顔を見つめてくるしーちゃんは、もう完全に天使そのものだった。
だから俺は、やっぱりそんなしーちゃんからいつも貰ってばっかりな気がしたから、俺から一つ誘ってみる事にした。
「ねぇしーちゃん」
「なぁに?」
「今度の週末だけどさ、良かったらうちに遊びに来ない?」
「え、いいの?」
「うん、うちの母さんも会いたがってるからさ」
そう、うちの母さんは今ではすっかりエンジェルガールズのファンになっているため、元メンバーであるしーちゃんは今度いつ遊びに来るのかと若干煩いぐらいなのだ。
まぁそれもあるけど、やっぱりしーちゃん家に行って色々して貰ってばっかりだったから、たまには俺から誘わないとだよなと思ったから、誘ってみる事にした。
「お、お母さまが!?そ、そっか、うん、行きますっ!絶対行きますっ!!」
両手でガッツポーズをして気合を入れながら、やる気満々な様子で宣言するしーちゃん。
そうやって、俺の母親と仲良くなる事を頑張ろうとしてくれている事が、俺は素直に嬉しかった。
こうして、美味しいパフェを一緒に食べながら、今週末はしーちゃんがうちへ遊びに来る事が決まったのであった。
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