146話「特別な贈りもの」
何故かアイドル衣装を身に纏い、俺の隣にくっつくように座ったしーちゃん。
その衣装はバレンタインをイメージしている衣装で、以前しーちゃんと一緒に観たDVDの中でも着ていたものだった。
そんな画面越しに見ていたスーパーアイドルが、今俺の隣に座っているというこの非日常的な状況は、やっぱりしーちゃんはアイドルだったんだよなという事を実感させられるのであった。
「――えっとね、なんか無いかなと思ったけど、バレンタインっぽいのこれしかなかったからさ」
「――そ、そっか」
「それで、その、どうかな?」
どうかなとは、今着ている衣装についてだろう。
恥ずかしそうに聞いてくるしーちゃんに、俺も何だか恥ずかしくなりながらも「とっても可愛いよ」と返事をする。
そうして見つめ合った俺達は、そのまま引き寄せられるようにそっと唇を重ねた。
「――えへへ、こんな事ぐらいしか出来ないけど嬉しいな」
「そんな事無いよ、いつもと違った感じがするし、その、俺だけのアイドルって感じがして嬉しいよ」
「――うん、そうだね。今はもう、わたしはたっくんだけのアイドルだよ。だから、こんなファンサだってしちゃうんだからね!」
するとしーちゃんは、「えいっ!」と言ってそのまま抱きついてきた。
こうして本人公認で俺だけのアイドルになったしーちゃんに抱きつかれた俺は、正直幸せ過ぎてどうにかなりそうだった。
あぁ、この子が俺の彼女なんだなって思うだけで、本当に胸がいっぱいになる。
だから、いても立っても居られなくなった俺は、しーちゃんの事を抱きしめ返すと再び口付けを交わした。
「――大好きだよ、しーちゃん」
「――うん、わたしも」
こうして俺達は、それから暫くそのまま抱き合った。
何をするわけでもなく、こうして抱き合っているだけで十分だった。
大好きな女の子をこの腕で抱きしめているだけで、もうこのまま時が止まってしまえば良いのにと思える程幸せで溢れているのであった――。
「――あ、ねぇたっくん、わたしのあげたチョコ出して?」
「ん?いいけど」
それからどれぐらいの時間抱き合っていただろうか。
突然しーちゃんが何か思いついたようにそう言ってきたので、俺は言われた通り鞄からしーちゃんに貰ったお弁当チョコを取り出した。
やっぱりお弁当に入れられているのが可笑しくて、改めて見るとそのシュールさに思わず笑みが零れてしまう。
「ね、一つ食べていい?」
俺からお弁当チョコを受け取ったしーちゃんは、そう言って蓋を開けると中からチョコを一つ取り出した。
まぁ、しーちゃんから貰ったものだし、しーちゃんが食べたいと言うなら断る理由も無いけど、そんなにチョコを食べたかったのかなと様子を伺っていると、しーちゃんはそのチョコをちょこんと口で咥えると、頬を赤らめながらそのまま顔を近付けてきた。
「――たっくん、はんぶんこしよ」
「え?」
「んっ」
そう言って、チョコを咥えながらどんどん顔を近付けてくるしーちゃん。
はんぶんことは、要するにそういう事だろう。
だから俺も、顔を近付けドキドキしながらもそのチョコを咥えようとしたのだが、鼻と鼻が当たってしまい上手く咥える事が出来なかった。
そんな下手くそな俺に、しーちゃんは可笑しそうに微笑み、俺も肝心な所で失敗する情けない自分に笑えてきた。
こうして二人で笑い合っていると、緊張も解れて今度はちゃんとチョコを咥える事ができた。
そしてそのまま二人でチョコを食べると、その勢いのまま本日三度目のキスを交わした。
「んふふ、ねぇもう一回やろ?」
「う、うん」
こうして、今日はやけに積極的なしーちゃんに言われるまま、結局お弁当に入っていたチョコを全て二人で平らげたのであった。
チョコを食べる度、最後はしーちゃんのキスが待っているこの特別な食べ方は、俺にとって最高のバレンタインの贈りものだった。
「あー、無くなっちゃったね」
「はは、そうだね」
ちょっと残念そうに微笑むしーちゃんに、俺も微笑み返す。
たしかに少し名残惜しい気はしたけれど、気持ちは十分だった。
「どうかな、良いバレンタインになってる?」
「勿論、もう最高すぎるぐらいさ」
「なら良かった」
嬉しそうに微笑んだしーちゃんは、そのままよいしょと言って立ち上がると、「ちょっと待ってて」と言って部屋から出て行ってしまった。
今度は何だろうと思いながらも待っていると、すぐにしーちゃんは小さいピンクのラジカセとオモチャのマイクを手にして戻ってきた。
「それじゃあ最後に、しおりんオンステージをたっくんにお届けしようっ!」
そう言ってドヤ顔を浮かべたしーちゃんは、ラジカセのスイッチを押した。
するとラジカセからは、エンジェガールズの6thシングル「ほんのチョコっと勇気を出して」という曲のイントロが流れ出した。
この曲はバレンタインデーをイメージしており、まさに今日という日のために作られた一曲だった。
こうしてしーちゃんは、最後に俺だけのために一曲歌って踊ってくれた。
観客は俺一人なため、ふざけて変な振り付けを織り交ぜながら踊るしーちゃんは宴会芸もバッチリな程面白くて、そしてとにかく可愛かった。
「たっくーん!」
そして歌い終えたしーちゃんは、満面の笑みを浮かべながら甘えるように抱きついてきた。
俺はそんなしーちゃんを両手で受け止めると、まるで犬のように嬉しそうにじゃれついてくるしーちゃんの頭を撫でながらよしよしと構ってあげた。
もししーちゃんに尻尾があったら、きっと物凄い勢いでブンブンと振っている事だろう。
こうして、俺のために特別なバレンタインデーをプレゼントしてくれたしーちゃんに、俺は改めてお礼を伝える。
「今日は本当にありがとう。これはホワイトデー、俺も頑張らないとだな」
「えへへ、期待してるよー?」
「プレッシャー凄いけど、頑張るとするよ」
「うそうそ、たっくんなら何でも嬉しいよー♪」
そう言って、再び嬉しそうにじゃれついてくるしーちゃん。
そんな可愛いしーちゃんをまた十分に堪能しつつ、こうして最高のバレンタインデーを過ごす事が出来たのであった。
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