145話「まだバレンタインは終わりじゃない」

 放課後。


 授業を終えた俺は、今日も彼女であるしーちゃんと一緒に下校する。


 昼休みに、まさかのお弁当にバレンタインチョコを入れて渡すというサプライズをしてくれたしーちゃんには驚かされたが、どうやらその噂はあっという間に学校中に広まってしまったようで、午後の俺はしーちゃんからチョコを貰ったという事で周囲の人達から恨めしいような視線を向けられているのであった。

 こんなのは付き合い立ての頃ぶりな気がするが、それだけアイドルだったしーちゃんがバレンタインチョコを渡したという情報は、周囲に対して影響力を持っていたようだ。


 そんなしーちゃんはというと、他には孝之に義理チョコを渡したのみのため、もしかしたら貰えるかもと期待していたクラスの男子達は、帰りのホームルームが終わるとみんな明らかに落胆していた。

 そんなチョコを欲しそうにしーちゃんを見つめるクラスメイトの様子に、しーちゃんは少し困ったように苦笑いしていたのだが、こればっかりは仕方のない事だ。


 そして、そんなクラスメイトの様子に気が付いた孝之はというと、しーちゃんから義理チョコを貰った事をふざけてクラスのみんなに自慢していたのだが、最終的にはその事を彼女である清水さんに叱られて大人しくなるという茶番を繰り広げていた。


 そんなこんなで、俺はしーちゃん、清水さん、三木谷さん、そして錦田さんからチョコを貰うという、バレンタインデーという日において人生で一番の収穫を収める事が出来たのであった。



「たっくんは、わたし以外にもチョコ貰った?」


 帰り道を歩いていると、唐突にしーちゃんはそんな事を聞いてきた。

 やはり俺が他にも貰ってるかどうかは、しーちゃんも気になっていたようだ。


 だから俺も、ここで嘘を付いても仕方ないため素直に答える事にした。



「えっと、うん。清水さんと三木谷さん、それから錦田さんからも貰ったよ」

「――そっか」

「まぁ、当然全部義理なんだけどね」

「――うん、でもそうだよね」

「そうだよねって?」

「だって、たっくんは格好いいもん。でもわたしも、今日ぐらいはドシッと構えている事にするよ」


 俺の顔を覗き込みながら、そう言ってニカッと微笑むしーちゃん。

 きっと思うところが無いわけじゃないのだろうが、これ以上この話を詮索するつもりは無いという事だろう。


 そしてしーちゃんは俺の前に回り込むと、俺の事をびしっと指さしながら言葉を付け加える。



「それにわたしは、たっくんの一番を譲るつもりなんてないからねっ!」


 だから気にしないよと、微笑むしーちゃん。

 俺はその言葉がただただ嬉しかった。


 だから俺も、そんなしーちゃんに向かって優しく微笑み返す。



「――そっか、うん。じゃあお互い様だね。俺もしーちゃんの一番を譲るつもりなんてこれっぽっちも無いから」

「そ、そっか!じゃあ、相思相愛ってやつだね!えへへ」


 そんな俺の言葉に、恥ずかしそうに微笑むしーちゃん。


 こうして俺達は、さっきよりも強く手を握り合いながらいつもの帰り道を二人仲良く歩いた。

 例え何人からバレンタインチョコを貰おうとも、俺の中の一番はずっとしーちゃんだけだよと想いながら――。




 ◇



「――ねぇ、たっくん」

「うん?どうした?」

「――その、もし大丈夫ならでいいんだけどね、今日さ、良かったらうちでご飯食べて行かない?」


 しーちゃん家のあるマンションの下。

 頬を赤く染めながら、突然しーちゃんは一緒にご飯を食べて行かないかと誘ってきた。


 そんな突然のしーちゃんからの誘いは、当然嬉しかった。

 うちはLime一つすればご飯は上手く調整してくれるため多分問題無いのだが、いつもはもっと気軽にご飯へ出かけたりしているのに、バレンタインだからだろうか今日はもじもじと恥ずかしそうにするしーちゃんに、俺も少しドキドキしてしまっていた。



「うん、大丈夫だよ」

「本当?良かったぁー。じゃあたっくん、行こ?」


 俺がオーケーの返事をすると、ほっとするように喜んだしーちゃんは、俺の手を取りそのまま一緒にマンションの中へと入った。


 こうして、別に理由があったわけではないが最近はあまり来れていなかったしーちゃん家に久々に上がった俺は、リビングへと通される。


 だが、朝洗濯物を干して帰ってから取り込むサイクルなのだろう、リビングの端には以前風邪で倒れた時と同じように洗濯物が干されたままとなっているのであった。

 そこには当然、普段見る事の無い肌着まで干されていたため、慌てて俺は視線を逸らした。



「あっ!ご、ごめんね!すぐ片付けるからっ!」


 そんな俺の様子に気が付いたしーちゃんは、顔を真っ赤にしながら慌ててその洗濯物を取り込んだ。

 俺はそんなしーちゃんを横目で見ながら、そっかしーちゃん赤もあるんだなとやっぱりドキドキしてしまうのであった。





「ご、ごめんね!よ、よーし!それじゃ料理しちゃおうかなっ!」


 大急ぎで洗濯物を片付けてきたしーちゃんは、話題を変えるようにそう自分に喝を入れると、制服のジャケットだけ脱いでそのままエプロンをつけると、早速料理に取り掛かった。


 しかし、しーちゃんのその制服にエプロン姿というのは中々貴重というか何と言うか、料理をするしーちゃんの姿というのは正直ずっと見ていたいと思える程目を奪われてしまうのであった。



「ん?どうかしたかな?」

「――いや、可愛いなと思ってその、見惚れてました」

「ふぇ!?も、もうっ!たっくんはゆっくりしててよねっ!」


 恥ずかしがるしーちゃんだが、まんざらでもないようでその表情は嬉しそうに緩んでいた。


 そんな何から何まで可愛いしーちゃんに満足しつつ、俺はしーちゃんがご飯を作り終えるのを言われた通り待たせて貰う事にした。



「お待たせしました。行こ?」


 それから30分ちょっと経っただろうか、クッションに座る俺の隣にちょこんとしゃがみ込んだしーちゃんは、そう言って俺の手を取り立ち上がった。


 こうして俺はしーちゃんに連れられてテーブルへと向かうと、そこにはカレーライスとサラダが既に並べられていた。

 正直漂ってくる香りから、今日はカレーを作っている事は分かっていたのだが、こうして見るとなんていうか新婚夫婦のような感じがしてきて、急に恥ずかしくなってくるのであった。



「どうしたの?食べよ!」

「あ、うん、そうだね」


 こうして俺は、しーちゃんと向かい合うように座りながら、たった今しーちゃんが作ってくれたご飯を一緒に頂く事になった。


 よくカレーは家庭の味が出るとか言われたりするが、しーちゃんの作ってくれたカレーはうちの味に近くて、シンプルだけど懐かしいような優しい味わいだった。



「うん、凄く美味しいよ」

「本当?なら良かった」


 俺の言葉に、ほっとしたように微笑むしーちゃん。

 本当に美味しくて、それからあっという間に完食してしまった俺を見て、しーちゃんは嬉しそうに「たっくん、おかわりする?」と聞いてくるので、お言葉に甘えておかわりさせて貰った。


 こうしてお腹も心もしっかりと満たされた俺は、今日もお返しに洗い物だけはさせて貰う事にした。

 そしてそんな俺の後ろには、今日もしーちゃんがピッタリとくっついて暫くじゃれてきていたのだが、気が付くとどこかへ行ってしまっていた。


 そのまま俺は洗い物を終えたのだが、それでもしーちゃんはどこかへ行ったまま戻ってくる事は無かった。

 どこへ行ったんだろうと思いつつも、まぁ家事とか何かやってるんだろうなと思った俺は、とりあえずリビングでしーちゃんが戻ってくるのを待つ事にした。



 ――ガチャリ


 それから少し経った頃、リビングの扉が開かれる音がした。


 ようやくしーちゃんが戻って来たなと思いつつ、俺は扉の方を振り返るとそこには――何故かエンジェルガールズ時代のステージ衣装に身を包んだしーちゃんの姿があった。



「えっ!?し、しーちゃん!?」

「――今日は、バレンタインデーだから」


 その姿に驚く俺に対して、しーちゃんはそう返事をするだけだった。


 ――いや、何も説明になってませんけど!?


 だがしーちゃんは、そんな戸惑う俺の事など気にする様子もなく近付いてくると、そのまま俺の隣にピッタリとくっつくように座ってきた。



 どうやら俺達のバレンタインは、まだまだ終わりではなさそうだった――。


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