144話「チョコレート」

 午前の授業が終わり、俺は今日もしーちゃん、そして孝之と清水さんといういつもの面子で弁当を食べるため食堂へと向かう。


 しかし、もう午前は終わったというのに未だにしーちゃんからチョコを渡される事は無く、まさかとは思うが若干の不安が俺の心の中に渦巻いていた。


 まさかしーちゃんがチョコをくれないなんていう事は無いと信じたいが、やっぱり期待してしまっている自分がいるのは事実で、その期待が大きい分焦らされている感じというか、どうしてもソワソワしてきてしまう自分がいた。


 そう思いつつも、だからと言って急かしたりするのは良く無いし、もしかしたら納得いくチョコが作れなかったとかもあり得るため、俺はその事には触れずにいつも通りを装いながら一緒に食堂へと向かった。


 しかし、いつもならお弁当箱の入った袋だけ持っているしーちゃんだが、今日は何故か鞄ごと大事そうに持って歩いていた。



「あれ?今日は鞄も持ってきたの?」

「ふぇ!?あ、うん、ちょっとね」


 俺の何気ないそんな質問に対して、しーちゃんはちょっと挙動不審になりながらもそう言って笑って誤魔化すのであった。




 ◇



 いつも通り食堂の席へ座ると、しーちゃんからどうぞと言ってお弁当を渡される。

 チョコはまだ貰えていないけれど、お弁当の方は無事用意して貰えていた事に一安心だった。


 こうして、俺はそのお弁当を美味しく頂きながらバレンタイン当日も特に代わりの無い昼休みを一緒に過ごした。

 今日もしーちゃんの手作り弁当は変わらず美味しくて、もうこれだけで本来幸せ過ぎる事なんだよなと、胃と共に俺の心も満たされていった。



「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ」

「あ、うん!どういたしまして!えへへ」


 俺がしっかりお礼を告げると、しーちゃんは照れながらも嬉しそうに微笑んでくれた。

 そんないつもと変わらないしーちゃんを見ているだけで、俺はもう充分幸せな気持ちになれた。



「――実はね、今日はもう一つお弁当があるんだ」

「え?もう一つ?」


 そう言うとしーちゃんは、一回り小さい銀のお弁当箱を鞄から取り出すと、少し恥ずかしそうにしながらそのお弁当箱を俺にそっと差し出してきた。

 正直もうお腹は満たされているのだが、今日は作り過ぎちゃったのだろうか?

 俺はそのお弁当箱を受け取ると、だったら食べてあげないとだよなと気合を入れながら蓋を開けた。



 するとそのお弁当箱の中には――チョコレートが綺麗に並べられていた。

 トリュフチョコや、ハート形のピンクチョコレートなど、一つ一つが丁寧に包装されて紙パッキンの上に綺麗に並べられていた。



「――えっと、これは」

「――そ、その、バレンタインデーの、チョコだよ」


 まさか弁当箱に入れられたチョコを渡されるなんて思ってもいなかったため、完全に意表を突かれた。

 俺が驚きながらも問いかけると、しーちゃんは少し恥ずかしそうにしながらもやっぱりこれがバレンタインのチョコだと答えてくれた。


 そんなお弁当箱の真ん中には、板チョコにホワイトチョコレートで「いつもありがとう、大好きだよ」と書かれており、とても手が込んでいるのと合わせてしっかりと愛情も詰まっていた。


 こうして、お弁当チョコレートという完全なる変化球で、しーちゃんはこのバレンタインというイベントでちゃんとサプライズを用意してくれていたのであった。


 しかしまさか弁当箱にチョコレートとは、何ともしーちゃんらしいサプライズだった。


 そんなお弁当箱チョコレートが目立っているのか、それともしーちゃんがバレンタインチョコを渡す瞬間に立ち会ったせいか、ここは食堂という事もあり驚いた様子で俺達の方を遠巻きに見ている人は少なくは無かった。


 それもそのはず、みんなの憧れのアイドルがバレンタインチョコを渡したのだ、目立たない方が可笑しな話だった。


 それは目の前の孝之も同じで、身を乗り出しながらそんなお弁当チョコを見て面白そうに笑っており、隣の清水さんは事前に知っていたのか、ちゃんと渡せて良かったねというようにしーちゃんに向かって優しく微笑んでいた。



「じゃあ、一つ食べてもいいかな?」

「あ、う、うん!何回も味見したから、きっと美味しく出来たはずだから――」


 そう言って俺は、トリュフチョコを一つ摘まんで口に入れた。

 隣に座るしーちゃんは、恥ずかしそうにしながらもやっぱり俺の反応が気になるのか、チョコを食べる俺の事を心配そうにじっと見守っていた。



「――うん、すごく美味しいよ。ありがとうしーちゃん」


 そのチョコは、甘さ控えめで俺的に本当に丁度良く、はっきり言って市販のチョコより全然美味しかった。

 先週しーちゃんは俺に色々と質問攻めしてきた中で、俺が甘さは控えめの方が好きだと答えた事をしっかりと反映してくれたそのチョコが、美味しくないはずが無かった。



「良かったぁー」

「良かったね紫音ちゃん、何回も作り直してたもんね」

「さ、さくちゃん!今はその話しないでよぉ!」


 嬉しそうにほっと胸を撫でおろすしーちゃんに、清水さんがニヤニヤと微笑みながら声をかける。

 するとしーちゃんは、恥ずかしいのか顔を赤くしながら文句を言うが、その表情はやっぱり嬉しいのか緩みっぱなしだった。


 そんな美少女二人の仲が良いところも見れた事に喜びを感じつつ、俺はもう一度お弁当に目を向ける。

 そこには、本当に一つ一つ頑張って作ってくれたのが伝わってくる程手が込んでおり、それが嬉しくて嬉しくて正直食べるのが勿体ないとすら思えてきてしまう。


 でも、せっかく作ってくれたものだから美味しいうちに食べちゃわないと勿体ないよなと思いつつ、今度はハート形のチョコを口へ運んでみる。

 すると、こっちも甘さ控えめで俺好みな味わいをしており、さっきのトリュフ同様本当にとても美味しかった。



「うん、こっちも美味しいね。しーちゃん、本当にありがとう嬉しいよ」

「う、うん!たっくんにそう言って貰えるなら、週末頑張った甲斐があったよえへへ」


 俺が再び感謝を伝えると、しーちゃんはまた頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑んでくれた。



「そうね、紫音ちゃんずっとたっくんたっくん言いながら嬉しそうに作ってたんだよ」

「もう!さくちゃん変な事言わないでよっ!!」


 悪戯っぽく微笑む清水さんからのそんなリークに、顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるしーちゃんは今日もとにかく可愛かった。


 そしてそんな、俺の事を想いながら作ってくれたこのチョコレートは、一つ一つ大事に味わって食べようと心に誓った。


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