143話「バレンタイン当日」

 そして月曜日。


 ついにバレンタイン当日がやってきた――。


 俺は一体しーちゃんからどんなチョコが貰えるのか楽しみにしつつ、学校へと向かう。

 ちなみに今日は、しーちゃんから別々に登校しようと昨日連絡を貰っていたため、久々に俺は一人で学校へと向かっている。


 ただ、それがどういう意図なのか分からないため、もし俺より先に学校へ行ってサプライズとか何か考えているようだと申し訳ないため、俺は早く学校へ行きたい気持ちを堪えつついつも通りの時間に家を出る事にした。


 こうして教室へとやってくると、教室内はバレンタイン当日という事もあり心なしか男子も女子もそわそわしているように感じられた。

 そして、教室内にはまだしーちゃんの姿は無かった。


 とりあえず俺は、自席に座って意味も無くスマホをいじる。

 しーちゃんからの連絡は無く、まさかまた熱出したりとかしてないよなと少しだけ心配していると、遅れて登校してきた隣の席の錦田さんに声をかけられる。



「おはよう、一条くん」

「ああ、おはよう錦田さん」


 それは、最早お馴染みになっている朝の挨拶だった。

 錦田さんは、こうして朝の挨拶だけは毎日欠かさずしてくれるのだ。

 でも本当それだけで、それからは本を読みだし授業中も必要最小限の会話しかしない。


 そんな錦田さんとの距離感は俺も嫌いじゃなく、お互いペースが合っているというか居心地が良かった。


 ――だが、今日は違った。



「――なんだか、三枝さんが居ない隙にこういうの渡すのもズルい気がするけど――はい、一条くん」


 挨拶が済むと、錦田さんはいつも通り鞄から本を取り出したのだが、それと合わせて一緒にラッピングされた小包を取り出すとそれを俺に差し出してきたのである。


 今日はバレンタインデー。つまり、そういう事だろう。



「えっと、俺に?」

「ええ、大丈夫義理よ。それに手作りじゃなくて買ってきたものだから」


 そう言って、ちょっと自虐的な笑みを浮かべる錦田さん。

 手づくりじゃないから重くないでしょと言っているようだった。


 まぁ、理由はともかくせっかくの好意だから、ここは受け取らないと失礼だろう。

 そう思った俺は、そんな錦田さんからのチョコを有難く受け取った。



「――ありがとう。でも、なんで俺に?」

「それは――一条くんだからよ。受け取ってくれてありがとう。あ、お返しとかは気にしないで大丈夫だからね」


 俺が受け取った事に満足したのか、錦田さんは安心したように一息つくと、それから微笑んでいつもの読書へと戻っていった。


 そんないつも通りマイペースというか、淡々とした様子の錦田さん。

 しかし、その耳は真っ赤に染まっており、こうして俺にチョコを渡すのはそれなりに恥ずかしかった事が伺えた。


 ――義理チョコ、か


 それでも俺は、有難かった。

 まだそれほど交流も無い錦田さんだけど、少なからず好意があるから渡してくれるものだと思うから。


 だから俺は、錦田さんはお返しは要らないと言ったけれど、ホワイトデーにはちゃんとお返ししようと思う。

 貰いっぱなしは俺自身ちょっと心地が悪いというか、貰った恩に対してはしっかりとお返しした方がむしろ気楽だからね。


 それから更に遅れて登校してきた三木谷さん、そして孝之と一緒に教室へやってきた清水さんからも俺はそれぞれ義理チョコを渡された。

 こうして、これまでの人生全くと言って良い程縁が無かったバレンタインだが、高校生になった俺はこうして義理チョコを既に三つも貰ってしまったのである。


 しかもそれは、清水さん、三木谷さん、そして錦田さんというクラスでも人気のある美少女達にである。

 俺は鞄にしまった三つのチョコを眺めながら、我ながらこの一年で出世し過ぎだろとちょっと笑えてきてしまった。


 こうしてクラスの主要人物、更には唯一のフリーである錦田さんからチョコを貰った俺に対して、クラスの男子達からは嫉妬のような視線が向けられてくるのだが、こればっかりは正直仕方ないなと思った。


 だが、そろそろ始業時間だというのに、未だに登校してこないしーちゃんの事が俺はやっぱり心配になった。

 まさか本当に何かあったんじゃないかと思っていると、急いで教室の扉を開ける女子が一人――しーちゃんだった。


 走ってやってきたのかその息は少し上がっており、何とか遅刻せずに済んだ事に安心したようにふぅと一息ついていた。


 こうして遅れてやってきたしーちゃんに、クラスの視線が一斉に集中する。

 それもそのはず、バレンタイン当日ついに真打ちがやってきたからだ。


 元国民的アイドルで、引退してもその人気が衰えずファンの中では伝説とも言われる美少女アイドルしおりん――。


 そして今ではこのクラスのアイドルがついに教室へとやってきたのだから、男子達は望みがあろうと無かろうとどうしても期待してしまうのだろう。


 当然しーちゃんは俺の彼女である事はみんなも分かっているはずだが、それでもこうして期待してしまう程しーちゃんは常に注目の的であり、人を惹き付ける魅力に溢れているのであった。



「だ、大丈夫?」

「あ、たたたっくん、おおはよう!大丈夫だよっ!」


 しーちゃんの立つ教室の入り口は丁度俺の席の真ん前だったため、そんなしーちゃんを心配して俺はそっと声をかけてみる。

 するとしーちゃんは、俺がここに座っている事を忘れていたのか挙動不審を発動させつつも、慌てて挨拶を返してくれたのであった。


 そんな落ち着かない様子のしーちゃんだが、それから「あはは、じゃね!」と笑って誤魔化すように自分の席へと向かって行ってしまった。



 こうして、朝はしーちゃんからのチョコはお預けだったのだが、既に色々あるバレンタイン当日がついにやってきたのであった。


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