142話「充電」

 次の日から、しーちゃんの様子は少しおかしかった。

 とは言っても、しーちゃんが企んでいる事もその内容にも気付いている俺は、あくまでそんなしーちゃんに合わせて気付いていないフリを続けている。


 一緒に登下校してる時も、弁当を食べている時も、しーちゃんは隙あらば俺の好みを探ってくるのだ。

 だから俺は、それに一つ一つちゃんと答えるのだが、俺の返事を聞く度に嬉しそうにするしーちゃんは、正直一生見ていられる程ただただ可愛かった。


 だから俺は、昼休みにそんなしーちゃんに向かって一つ質問してみる事にした。



「それにしても、最近しーちゃんからの質問多いよね」

「ふぇ!?そ、そうかなー?き、気のせいだよー?」


 試しに俺がそんな質問をしてみると、しーちゃんは手をわたわたと動かしながら誤魔化してきた。

 そんな挙動不審を発動させるしーちゃんは、今日もとても分かりやすかった。


 そして、そんな俺達のやり取りを見ていた孝之は面白いものを見るように笑い、清水さんはそんなバレバレなしーちゃんに憐れみの笑みを浮かべていた。


 だが、それでも秘密にしたいしーちゃんのことを温かく見守るというのが、俺達のここ一週間のお決まりになっているのであった。


 そんなこんなで、金曜日の帰り道。

 バレンタインデーは次の月曜日だけど、今週の土日はどうするかしーちゃんに聞いてみる。



「しーちゃん、週末だけど――」

「ご、ごめんたっくん!週末は予定があるのっ!」

「そ、そっか」

「本当ごめんなさい!でもこれは必要な事なの!」


 まるで暫く離れてしまうかのような口ぶりで謝ってくるしーちゃん。


 しかし、理由は予想がつくから俺は気にしてはいないのだが、こうして挙動不審を発動させる事が近頃多くなっているしーちゃんを見ているのが俺はちょっと楽しかったりする。



「分かったよ、じゃあ俺はどうしようかな」

「大人しくしてて!」

「――え?」

「た、たっくんは人気があるから、大人しくしてるべきだと思うの!」

「う、うん、分かったよ。そんなに人気は無いと思うけどね」

「Limeするから!が、画像も送りますっ!」

「あ、ありがとう」


 どうやらしーちゃんは、会えないけど俺にはじっとしてて欲しいようだ。

 そんな過保護なしーちゃんだけど、何やら画像をくれるみたいだから今回はそれに免じて言われた通り大人しくする事にした。



「それでしーちゃんは、週末何してるの?」

「ふぇ!?そ、それはあの、さくちゃんと一緒に――」


 一緒にチョコ作るんですよね、分かります。

 でも俺は、分かっててこの機会にちょっといじわるをしてみる事にした。



「一緒に?何かな?――え、まさか言えないような事するの?」

「ち、ちち違うよ!?違いますっ!」

「でも、言えないんだよね?」

「そ、それはその、そうなんだけど、信じてたっくん!」


 困ったしーちゃんは、最終的に情に訴えかけてきた。

 しかし本当に困ってしまったのか、その目は少し潤んでいて、流石にちょっといじわるし過ぎたかなと反省した俺は、そんなしーちゃんの頭を優しく撫でてあげた。



「ごめん、しーちゃん。大丈夫、信じてるよ。じゃあ今週は大人しくしてるから、また月曜日ね」

「――たっくん、ごめんね。ありがとう――」


 頭を撫でられるのが嬉しいのか、今度はふんわりと微笑むしーちゃんはやっぱりとにかく可愛かった。

 そんな可愛い姿を見ていると、週末は会えないんだしやっぱりもっとしーちゃんを欲してしまう自分がいた。



「じゃあしーちゃん、代わりにちょっとだけ充電させて貰ってもいいかな?」

「え、充電?」


 俺の言った意味が分からないようで、可愛く小首を傾げるしーちゃん。

 でも俺は、そんなしーちゃんの手を取り人気の少ない角へと連れてくる。



「えっと、たっくん?充電って?」


 そして向き合ったしーちゃんは、やっぱり訳が分からないようでそう聞いてくるのだが、俺はそんなしーちゃんの唇を塞ぐように、そっと自分の唇を重ねた。



「――これが、充電」

「あ、あう――」


 我ながら、今のは流石にキザすぎたなと思い急に恥ずかしくなってきたのだが、それでもしーちゃんには効果覿面だったようだ。

 しーちゃんはその顔を真っ赤にしながら、シュ~っと頭から湯気を立てている(ように見えた)。

 それぐらい、キザすぎた俺の行動もしーちゃん的にはどうやら正解だったようで俺はほっとした。


 しかし、元国民的アイドルでみんなの憧れであるしーちゃんをこんなにさせてるのもそうだが、それに対してほっとしてる俺も随分馴染んだものだなと我ながら笑えてきた。



「と、とりあえずこれで、会えない週末の分も頂きました!」

「う、うん、なら良かったふへへ」


 こうして俺は、しーちゃんの手を取り今度こそしーちゃんを家まで送った。

 別れ際、しーちゃんも離れるのが寂しいのか突然俺に抱きついてきたため、俺はまた優しくその頭を暫く撫でてから帰るのを見送ったのであった。




 ◇



 そして日曜日。


 俺は一応、ちゃんと言われた通り今週は家で大人しく過ごしている。

 金曜日の夜から、しーちゃんからのLimeはいつもの二倍、いや三倍のペースで送られてくるため、俺もそれに一つ一つちゃんと返信をした。


 金曜日の帰りにした俺からの充電キスが効いているのか、しーちゃんのテンションは明らかに高くて文面だけでも上機嫌な事が伝わってくるため、まさか自分からキスをする事がこんなにも効果的だとは思わなかった。


 ――これなら、もっと俺からしてもいいかも?


 なんて思ったが、それでは有難みも薄れてしまうだろうからすぐに却下した。

 いや、別に有難みを大事にしたいわけではなく、やっぱりちょっと恥ずかしいし、そもそもそういう目的でするもんじゃないからだ。


 金曜日のあれは、どうしてもしーちゃんが可愛すぎて我慢できなかったのだ。

 今思い出すだけでも胸が高鳴り出してくる程、俺の彼女は可愛いの極致を体現しているのであった。

 多分、前世は天使か何かに違いない。



『たっくんもうお昼食べた?わたしはさくちゃんとお昼食べたよ!美味しくできたから、今度たっくんにも食べて欲しいな!』


 またしーちゃんからLimeが届いたかと思うと、そんな文面と一緒に清水さんと部屋で撮ったツーショット写真が送られてきた。


 写真に写る二人は本当に楽しそうに微笑んでおり、それだけで俺の胸は温かくなった。


 全く、うちの学校で二大美女と呼ばれる二人のプライベート写真なんて、みんなが知ったらきっと欲しがるに違いないだろうなと思いつつ、俺は背景に映ったチョコのついたボールとヘラは見なかった事にした。


 そんな詰めの甘いポンコツなしーちゃんだけど、本人は一生懸命頑張ってくれているので、俺はそんな大好きな彼女から当日どんなチョコが貰えるのか今から楽しみで仕方なかった。


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