140話「疑問」
今日のしーちゃんのお弁当は最高だったなと思いながら、俺は幸せでいっぱいになりつつ今日も今日とてバイトに励んでいた。
もうすっかりコンビニのバイトも慣れたもので、今では一人で大方の仕事はこなせるようになっていた。
それもそのはず、そろそろこのバイトを始めて一年になるのだ。
最初は、学生生活を充実させる目的で始めたこのバイトだけど、それから何故かクラスメイトで元国民的アイドルのしーちゃんが買い物をしに来るようになったかと思うと、それから学校でも隣の席になると話をするようになって――本当に色々あったよなぁと、俺は急に昔を懐かしみつつ以前の挙動不審全開だったしーちゃんの事を思い出した。
毎回不審者スタイルでコンビニへやってくるしーちゃんは、立ち読みしだしたかと思うと雑誌を読んでるのか読んでないのか分からなかったり、何だか偏ったチョイスで買い物をしていたり、本当にここへやってくる度に何かを起こしてくれるというか、そんな挙動不審なしーちゃんを観察するのは楽しかった。
有名人で俺達一般人からしたら高嶺の花だったしーちゃんだけど、実は天然というか挙動不審全開であわあわとしてる様は、本当にそのギャップが凄くて可愛かった。
そんなしーちゃんも、今では俺の彼女になっており、以前のような距離感でも無くなってしまったため、当時の挙動不審な姿を見る事が出来ないのは少し寂しかったりする。
けれど、それ以上にこんなに素敵な相手が自分の彼女になってくれているのだから、それは幸せな悩みだよなと思った。
そんな事を思いながらバイトをしていると、そろそろ上がりの時間が近づいていた。
とりあえず帰ったらさっさと眠って、そしたらまた次の日しーちゃんに会えるななんて思っていると、
ピロリロリーン
コンビニの扉が開かれるメロディーが流れた。
俺はその音に反応して、いつもの通りいらっしゃいませと挨拶をしながらお客様の姿を確認する。
するとそこには、ダッフルコートに俺のプレゼントしたマフラーを巻いたしーちゃんの姿があった。
「え?しーちゃん?」
「やっほーたっくん!来ちゃった!」
たった今考えていた相手が突然現れた事に驚いた俺に、しーちゃんは嬉しそうに手を振りながら微笑んでくれていた。
「ビックリしたよ」
「えへへ、サプライズだよー」
しーちゃんも嬉しいのだろう、満面の笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでくるしーちゃんは、やっぱり今日もこの上無く可愛かった。
バイト中に来てくれたという嬉しさも相まって、俺はもうそれだけで気持ちが高ぶってしまう。
――あぁ、本当にしーちゃんが彼女で良かった
こんな天使のような女の子が俺の彼女なんだと、強い独占欲まで湧いてきてしまうのはもう仕方ないだろう。
それぐらい、俺の中ではもうとっくにかけがえのない存在として、俺の心の大部分を占めてしまっているのだから――。
「じゃ、買い物してくるね!」
そう言ってしーちゃんはカゴを手にすると、そのまま店内で買い物を始めた。
それから店内の商品を見て回っていたのだが、しーちゃんはサラダ売り場のところでじっと止まっているのが分かった。
幸い今は他のお客様もいないため、何だろうと思った俺はそんなしーちゃんに近付いてみる。
するとしーちゃんは、顎に手を当てながら悩むようにサラダコーナーの方をじーっと見つめているのであった。
「えっと、どうかした?賞味期限とかはちゃんとチェックしてるはずけど……」
「あ、たっくん。ううん、違うのこれ」
しーちゃんがこれと言って指差した先にあったのは、何の変哲も無いサラダチキンだった。
「これはサラダチキンでしょ?」
「え、うん。そうだね」
「じゃあこれは?」
そう言ってしーちゃんが次に指さした先にあったのは、プラスチック容器に入れられたサラダだった。
「――えっと、チキンサラダ、だね」
「でしょ?」
いや、でしょって言われても――。
しかししーちゃんは、そう言ってやっぱり腑に落ちないような表情を浮かべていた。
「逆にするだけで、サラダが付いてくるんだなって思って」
「うん、まぁ、そうだね」
「あ、ごめんねたっくん、お仕事中なのにこんな事で」
「いや、いいよ。で、今日はサラダ買ってくの?」
「うん、今日はちょっとサボっちゃおうかなと思って――それに、たっくんに会いたかったし」
そう言ってしーちゃんは、恥ずかしそうに微笑みながらそのチキンサラダ――ではなく、隣の玉子サラダを手にしてカゴに入れた。
――いや、嬉しいけどチキンサラダじゃないんかいっ!
俺は思わず、心の中でそうツッコミを入れてしまった。
こうして結局、玉子サラダとお茶をカゴに入れたしーちゃんと共にレジへ向かうと、俺はそのまま商品の集計を済ませる。
「えっと、422円になります」
「うん、じゃあこれで」
しーちゃんはそう言って、財布から千円札を取り出して渡してきた。
あぁやっぱり、俺の前では千円札なのねと思いながら、俺は会計を済ませる。
そしてお釣りを手渡すと、しーちゃんはやっぱり俺の手を両手で優しく包んでくるのであった。
こうして、以前と同様に両手で俺からお釣りを受け取ったしーちゃんは、そのまま両手で俺の手をぎゅっと握りながら上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。
「えへへ、ありがとう」
「いや、こちらこそその――会えて嬉しかったよ」
そして、本当に嬉しそうに微笑むしーちゃんは、やっぱり俺にとっては一番の天使だった。
だから俺も、素直にバイト中に会えて嬉しい気持ちを伝えた。
ふと時計を見ると、丁度バイトから上がる時間になっていた。
だから俺も、そんなしーちゃんに微笑み返しながら声をかける。
「丁度これでバイトも終わりだから、夜だし家まで送ってくよ。ちょっと待っててくれる?」
「いいの?やった!」
よっぽど嬉しかったのか、小さくぴょんぴょん跳ねながら喜ぶしーちゃん。
こうして俺は、バイトを終えるとそのまましーちゃんを家まで送った。
帰り道、やっぱりしーちゃんはご機嫌な様子で、繋いだ手を楽しそうにぶんぶんと振りながら歩いていた。
「あーあ、たっくんと一緒に住んでたらいいのになっ」
「ははは、それはまだ早いけど――でもまぁ、そうだね」
「でしょ?うちの部屋、余ってるんだけどなぁー」
「また遊びに行くよ」
「うんっ!そのまま泊まって行ってくれてもいいんだよ?」
「分かったよ」
そんな会話をしていると、あっという間にしーちゃんのマンションまで着いてしまった。
「じゃ、また明日」
「うん、送ってくれてありがとう!」
そう別れの言葉を交わした俺は、ちょっと名残惜しいけどそのまま家へと帰ろうとしたのだが、しーちゃんは再びそんな俺の手をぎゅっと握ってきた。
「あ、待ってたっくん!」
「ん?どうかし――」
そして俺が言い終える前に、しーちゃんはそのまま背伸びをしながらそっと唇を重ねてきた――。
「――えへへ、おやすみのチューだよ」
「――そっか、ありがとう。おかげで今日もぐっすり眠れそうだよ」
「なら良かった。おやすみ、たっくん」
「うん、おやすみしーちゃん」
こうして俺は、しーちゃんと別れて家路についた。
最後に交わしたしーちゃんとの何度目かのキスは、思い出すだけで温かい気持ちでいっぱいになる程、幸せが溢れてくるのであった――。
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