139話「クイズ」

 次の日も、俺はいつも通りしーちゃんと一緒に登校する。

 そして、教室に入ったところで別れるとそれぞれの席へと着く。


 それから席へ着いた俺はスマホをいじり、しーちゃんはクラスメイトに囲まれるという、今の新しい席になってから最早お馴染みの流れとなる。


 そして、お馴染みと言えばこのあと――、



「おはよう、一条くん」


 俺がスマホをいじっていると、後から登校してきた隣の席の錦田さんに、こうして今日も朝の挨拶をされるのであった。

 俺はその声に顔を上げながら、返事をする。



「おはよう、錦田さん」


 そして、錦田さんの姿をこの目で確認する。

 昨日は突然雰囲気が様変わりしていて驚かされたのだが、今日の錦田さんはまた元の感じに戻っており、これまで通りの三つ編みに眼鏡をしているのであった。


 そんな元通りになった錦田さんに、俺は逆に少し驚いてしまったため思わずその事について触れてしまう。



「あれ?錦田さん、元に戻したんだね」


 すると、俺からそんな言葉をかけられるとは思っていなかったのか、錦田さんは少しだけ驚いた表情を浮かべた。



「――うん、やっぱりもう意味ないかなと思って」


 そして錦田さんは、何か意味ありげな返事をするのであった。

 その意味はよく分からなかったが、どうやら錦田さんの中ではもう昨日の格好をする理由は無くなってしまったようだ。


 でも、決して今の錦田さんに魅力が無いというわけではないが、なんだか自らに対して蓋をしているように感じられて、俺はその事が少し気になると共にちょっと勿体ないなと思ってしまった。


 だが、そんな事は本人には言わない――いや、言えなかった。


 錦田さんだって馬鹿じゃない。

 そんな事、本人が一番ちゃんと考えた上で取っている行動なのだから、他人の俺が知ったような事を言うのは失礼ってもんだろう。


 例え良かれと思って言った事でも、もし相手を傷つけてしまっては意味が無い。


 だから俺は、そんな錦田さんに対して何も言わず、代わりに「そっか」とだけ返事をした。


 しかし、俺の考えが伝わったのかそんな素っ気ない返事に対して、錦田さんはふっと微笑むと「ありがとう」と小さく呟いたのであった。


 そして今日も授業が始まると、錦田さんはまたいつもの様子へと戻っているのであった。

 でも、授業中横目に映る錦田さんのその表情は、どこか吹っ切れたように清々しく感じられたのはきっと気のせいではないだろう。




 ◇



 そして、昼休みになった。


 俺達はもうお決まりになっている食堂のいつもの席へと向かうと、今日も一緒に弁当を食べる。

 清水さんの作る弁当は相変わらずの愛妻弁当ぶりで、日に日にピンク色の割合が増えていた。

 バスケ部に所属している孝之のために、大き目の弁当に敷き詰められたご飯の上に、でかでかと描かれたピンクのハートマークは中々にインパクトがあった。


 俺はそんな、これでもかってぐらい愛の籠められた弁当を前に正直すげぇなと思いながらも、俺は俺で最近同じく物理的にも愛の籠っているしーちゃんのお弁当の蓋を開ける事にした。


 すると今日のお弁当は、特に変哲の無いいつも通りの弁当だった。

 いや、いつも通りと言っても相変わらずハートマークは描かれてるんだけどね。


 だが、今日のしーちゃんのお弁当はそれでも一味違っていた。

 俺は思わずしーちゃんの方を振り返ると、そこにはドヤ顔で微笑むしーちゃんの姿があった。


 しかし、俺が驚く理由も、しーちゃんがドヤ顔を浮かべる理由も、そんな俺達の事を見る孝之と清水さんには全く分からないようで、一体どうしたのかと二人とも目をきょとんとさせていた。


 まぁそれも無理はない。

 見た目は本当に普通のお弁当だから、俺が驚く理由なんて二人には分かりようも無いのだから。

 いや、普通と言っても相変わらず海苔でI LOVE YOUとか描かれてるんだけどね。



 そう、あれは昨日の帰り道。

 俺は約束した通り、帰り道しーちゃんをとあるカフェへ連れて行き、それからスイーツを一緒に食べながら話をしていた時の事だ。


 しーちゃんは突然鞄から紙とノートを取り出すと、俺に質問をしてきた。



「たっくんに質問です!」

「ん?何、ゲーム?いいよ」

「じゃあ――ででんっ!では第一問!どっちが好きか答えて下さい。1、唐揚げ、2、ピーマンの肉詰め」

「んー、唐揚げもいいけど、今の気分は不思議と2のピーマンの肉詰めかなぁ」


 どうやらゲームとは、心理テストか何かだろうか二択のクイズであった。

 そんなしーちゃんから出される質問に対して、俺は一つずつ素直に答えていく。

 そしてその内容を、しーちゃんは嬉しそうにノートへメモしていくのであった。


 そして3問目を終えた辺りで、俺も大方予想が付いた。

 ここまで全部食べ物に関する質問で、これは恐らく弁当のおかずの事を言っているのだと。


 だから俺は、一通り質問が終えたところでしーちゃんに話しかける。



「――これは、明日は期待してもいいのかな?」

「クイズに全問正解した人には、ご褒美が必要だからね」

「やっぱり今のはクイズだったんだ」

「そうだよ?題して、たっくんの好きな食べ物どっちでショー!」


 そんなクイズ、本人が答えちゃってるんだから全問正解するに決まっていた。

 それは当然しーちゃんも分かって言っており、そんな間抜け過ぎるクイズに可笑しくなった俺達はそれから一緒に笑い合った。


 こうして今日のお弁当は、昨日のクイズに全問正解したおかげで全て好きなおかずで埋め尽くされていたのである。

 正直、ハートマークとか物理的な愛情表現がどこまでエスカレートしてしまうのかという不安もあったのだが、しーちゃんはこうして違う手法で愛情を籠めてくれたのであった。



「ありがとう、しーちゃん。この弁当、俺にとっては夢のようだよ」

「えへへ、なら良かった!たんと召し上がれ」


 俺が感謝を告げると、しーちゃんは嬉しそうにニッコリと微笑んでくれた。


 こうして今日の俺は、好物で埋め尽くされた愛情たっぷりのお弁当を美味しく頂いたのであった。


 そして、そんな俺達を見てようやく清水さんもその理由に気が付いたようで「成る程、その手があったか。やっぱり紫音ちゃんには敵わないなぁ」と諦めたように微笑んでいたため、どうやら最近始まったお弁当バトルは無事しーちゃんの勝利で終わったのであった。


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