138話「変貌」

 次の日、俺は変わらずしーちゃんと一緒に登校し、そして教室内で別れてそれぞれの席へと着いた。


 そして、俺は昨日同様スマホをいじりながらホームルームまでの時間を潰し、しーちゃんはしーちゃんで今日もクラスメイト達に囲まれているのであった。


 そんな昨日と同様の朝、まるでデジャブのように俺は声をかけられる。



「おはよう、一条くん」

「ん?ああ、おはよう錦――」


 挨拶を返しながら俺はスマホから視線を上げると、思わず固まってしまった。

 その声は錦田さんのもので間違い無かったのだが、そこに居るのは俺の知っている錦田さんでは無かったのだ。


 何を言っているか分からないかもしれないが、俺が視線を上げた先にいたのは、俺の知らない黒髪ロングの謎の美少女であった――。


 だが、よく見るとその美少女はやっぱり錦田さんで間違いなく、いつもの三つ編みヘアーではなく綺麗な黒髪のストレートヘアーをしていて、それから眼鏡からコンタクトに変えているのだろうか、それだけで印象は大きく異なっているのであった。


 ――錦田さんって、実はこんなに美人だったのか


 俺はそう素直に驚いてしまった。

 それは俺だけではなく、教室内のクラスメイト全員がそんな錦田さんの変貌に驚いている様子だった。



『誰だあの美少女?』

『あそこに座ったって事は錦田さんだろ?』

『マジ?あの子実はあんな綺麗だったの?』

『凄いモデルみたい……』


 そんな声が、教室内からは聞こえてきた。


 だが、何食わぬ顔で隣の席に座った錦田さんはというと、見た目こそ変わったがする事は何も変わらず、周りの様子など気にする素振りも見せずにいつも通り読書をしているのであった。


 なにはともあれ、こうして俺の隣の席の錦田さんは、いきなり地味系の女の子から誰もが振り返るような大和撫子へと変貌を遂げていたのであった。


 そして、そんな錦田さんを見たしーちゃんはというと、何やら警戒したような何とも言えない表情を浮かべているのであった――。




 ◇




 午前中、最後の授業が終わった。

 つまり、これから昼休みである。


 ちなみに午前中は、朝の挨拶以外特に錦田さんと会話する事も無く、普通に過ぎて行った。

 クラスメイト達も、急に変貌した錦田さんの事をチラチラと見てはいるものの、だからと言って話しかけたりは出来ない様子で、結果昨日までと何も変わらず午前中を終えたのであった。


 しかし、授業中しーちゃんから向けられる視線は昨日にも増して強まっており、そして休み時間になるとしーちゃんはずっと俺の席へとやってきていた。

 まぁ明らかにしーちゃんは、隣の席の錦田さんを警戒しているのだろう。


(別に何も無いし、仮にあっても俺はしーちゃんだけなんだけどなぁ……)


 そう内心で思いつつも、そんな事を教室内で口には出来ないため、俺はトイレ以外そんなしーちゃんと共に話をしながら休み時間を過ごしていた。

 まぁ理由はどうあれ、またこうして一緒に話をして過ごせる事が俺も嬉しかった。


 そして昼休み、俺達はまた食堂で一緒に弁当を食べ、それから暫く談笑しつつ教室へと戻ってきた。

 まだ昼休みの時間は残されているため、俺は孝之と共にトイレを済ませる事にした。



「しっかし、錦田さんにはビックリしたな、まさかあんな美人になっちまうなんてな」

「あぁ、まぁそのせいでしーちゃんが大分警戒しちゃってるみたいなんだけどな」

「まぁそりゃしょうがないな、三枝さんの気持ちも分かるっつーか」

「何も無いんだけどな」

「それでも気になっちゃうのが、女心ってやつなんじゃねーのか?知らんけどよ」


 成る程、女心か。

 まぁ確かに、俺もしーちゃんの隣の席に知らないイケメンが座ってる情景を想像してみると中々嫌だなと思ったから、つまりそういう事なのだろう。


 だから俺は考える。

 そんな状況になった時、俺はしーちゃんから何て言って貰えたら、もしくはどういう行動をされたら安心出来るか――。


 そう考えたら、俺がこれから取るべき行動がはっきりとした。

 何も特別な事なんて必要無かったのだ。


 俺は孝之と共に話しながら教室へ戻ると、それから自分の席――ではなく、相変わらずクラスメイトの囲まれているしーちゃんの席へと向かった。



「そうだしーちゃん、今日の帰り時間ある?」


 そして俺は、普通に話しかける。

 勿論しーちゃんに放課後の予定はない事など織り込み済みの上でだ。



「え?う、うん、大丈夫だよ?」

「良かった、ちょっと行きたい所あるから一緒に行こうよ」

「う、うん!行く!行きますっ!」


 思えば、こうして俺からしーちゃんを誘うのは久々なような気がする。

 更に言えば、教室内のクラスメイトが聞いている前でこんな話をするなんて事は、恐らく初めてだろう。


 それでも俺は、しーちゃんの席へとやってきてその話をしなくちゃと思ったのだ。


 何故なら、もししーちゃんの隣の席に見ず知らずのイケメンが座っている時、俺はしーちゃんにどうして貰ったら安心できるか。

 そう考えた時、俺が出した答えはこうだった。


 ――隣の席の相手なんて放っておいて、しーちゃんが俺の所へ来てくれたらきっと嬉しい


 そう思ったから、俺は逆にしーちゃんの席までやってきて、こうして俺から会話を振る事にしたのだ。

 午前中はしーちゃんから来て貰っていたが、それでは足りなかったんだ。


 俺からしーちゃんの元を訪れる事で、俺の意思表示にもなるし、きっとしーちゃんだって嬉しいはずだと思ったのだ。


 するとしーちゃんは、俺の思惑通り――いや、それ以上に嬉しそうに微笑んでくれた。

 こうして席まで来た事が嬉しかったのか、それとも珍しく俺がみんなの前でも誘った事が嬉しかったのか――いや、きっと両方嬉しかったのだろう。


 しーちゃんはもう、周りのクラスメイトの事など気にする素振りも見せず、ただ俺だけ見て恋する乙女の表情を浮かべていた。

 そんなしーちゃんに、クラスのみんなも空気を読んだのか離れて行き、結果俺としーちゃん二人だけの空間が生まれていた。



「えへへ、楽しみだな♪」

「じゃあどこへ行くかは、あとの楽しみってことで」

「うん、分かったよ!えへへ♪」


 こうして俺達は、放課後一緒に出掛ける約束をした。

 とりあえず、俺の考えは効果覿面こうかてきめんだったようで、それから午後の授業中しーちゃんからの刺すような視線は無くなっていた。

 しかし、それでも俺の事をじーっと見てきているような視線は感じたため、授業中そっと後ろを振り替えるとそこには、両手で頬杖をつきながら俺の事をニコニコと見つめているしーちゃんがいた。


 よっぽどこの後の事が楽しみなのだろう、そんな分かりやすいしーちゃんは今日も安心の可愛さだった。


 そして、俺達のそんなやり取りを聞いていたのかどうか分からないが、結局この日錦田さんとは特に会話する事も無く終わったのであった――。


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