137話「ハート型」

 しーちゃんとゲームセンターへ行った次の日、俺は今日もしーちゃんと仲良く一緒に登校する。


 一緒に歩いていると、未だに周囲から注目されてしまうのは、やっぱりしーちゃんが元アイドルだという事と、それ以前にそもそもが稀に見る美少女だからだろう。


 今日も楽しそうに俺の顔を見ながら微笑んでいるしーちゃんの姿を見ていれば、もし自分が第三者の立場であったとしてもきっと見惚れてしまうんだろうなぁと思う。


 そんな、今日も朝から全速力で可愛いしーちゃんに元気を分けて貰いつつ、今日も一日良い日になったらいいななんて思いながら教室へと向かうのであった。



 教室へ入ると、いつもと同じ顔触れではあるものの、この間席替えしたばかりだから若干の違和感を感じた。


 同じ教室でも、席替えをするだけで景色が変わると言うか、何だか新鮮な気持ちになるんだから席替えも馬鹿に出来ないなぁと思いつつ、俺はしーちゃんと別れて自分の席に着く。


 とりあえず、する事も無いのでスマホをいじって朝のホームルームが始まるのを待っていると、教室内が若干活気付く。

 それは勿論、クラスのアイドルでもあるしーちゃんが登校してきたからに外ならず、しーちゃんが席に着くなりクラスメイトに囲まれているのであった。


 やっぱり、これまでしーちゃんは俺と一緒にいる事が多かったから、みんな俺達に遠慮してたんだろうなと思いつつ、少し離れたこの席でそんなしーちゃんの事を見守りつつ俺は引き続きスマホをいじる。


 とは言っても、特にする事も無いため俺は昨日一緒に撮ったプリクラの写真を眺めていると、思わずニヤつきそうになってしまっているところにいきなり声がかけられる。



「おはよう、一条くん」


 声をかけてきたのは、隣の席の錦田朋美にしきだともみさんだった。

 長い黒髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた読書好きという印象の女の子だ。


 実は錦田さんとは同じ中学の出身なのだが、中学時代は同じクラスになった事は一度も無く、同じ学校出身というだけでこれまで全く関わりが無かった。

 だけど、高校に入ってこうして初めて同じクラスになり、そして今回の席替えで隣の席になったわけだが、こうしてちゃんと話しかけられるのは多分これが初めてだと思う。


 俺も元々そんなに表に出るタイプではないが、錦田さんはいつも教室内で一人読書しており、俺以上にクラス内の人と関わりを持とうとしない人だと思っていたから、こうして朝の挨拶でも話しかけてきた事が俺は少し意外だった。


 そんな錦田さんに少し戸惑いながらも、された挨拶には俺もちゃんと挨拶を返す。



「うん、おはよう錦田さん」


 すると錦田さんは、俺の挨拶に対して一度ニコリと微笑むと、それで満足したのか鞄から本を取り出して読みだした。

 そんなマイペースな錦田さんだが、俺はそれが心地よかった。

 これならお互い干渉する事無く静かに過ごせそうだなと安心した俺は、俺も再びスマホをいじくる事にした。


 しかし、何だか物凄く視線を感じたので俺は堪え切れず後ろを振り返ると、そこには相変わらずクラスメイトに囲まれながらも、集まった人と人の隙間から、目を細めて俺の方をじーっと見てきているしーちゃんの姿があった。


 もしかして、錦田さんと少し会話しただけでも不満がっているのかなと俺が戸惑っていると、丁度チャイムが鳴り朝のホームルームが開始となったため、その場はそのまま流れたのであった。




 ◇



 ホームルームが終わり、今日も通常通り授業が始まる。

 だから俺もいつも通り授業を受けるのだが、隣の席の錦田さんが、チラチラとこちらを見てきている事に気が付いた俺は、何か用かなと錦田さんの方を振り向く。


 すると錦田さんは、とても申し訳無さそうな顔をしながら、小さく手を合わせて小声で話しかけてきた。



「ごめんね一条くん、さっきの先生の説明聞き逃しちゃって、なんて言ってたかな?」


 成る程、それは確かに困って当然だ。

 一限の理科の先生は、大事な事を必ず黒板に書くわけではなく、口頭での説明で済ましてしまう事が多いため、さっきのテストに出そうな説明を聞き逃したのは確かに致命的だなと思った俺は、減るもんじゃないしメモを取ったノートを見せてあげる事にした。



「はい、ここだよ」

「ありがとう、助かります」


 錦田さんは申し訳なさそうに俺からノートを受け取ると、手早く自分のノートにさっきのところをメモすると、錦田さんはニコリと微笑みながらノートをすぐに返してくれた。

 まぁ困った時はお互い様だからなと思いながら、俺はノートを受け取ると引き続き授業に集中した。


 しかし、錦田さんが授業を聞き逃すなんてイメージと違うっていうか意外だなと思ったのと、それからそんな俺の事をやっぱり後ろからじーっと見てくるような視線を感じたのであった。




 ◇



 そして昼休み。


 俺はしーちゃん、そして孝之と清水さんと一緒にまた食堂へと向かう。

 学食を利用しないのに食堂のテーブルを使うのは申し訳ない気持ちもあるが、例えば俺達以外にもクラスを跨った人同士がここで一緒に弁当を食べていたりするので、利用する事自体は別に問題は無さそうだった。


 今日も清水さんは、孝之に手作り弁当を差し出す。

 しかしそれは、この間の宣言通り物理的に愛の籠った弁当に変わっていた。


 そんなお弁当を前に、孝之は若干顔を引きつりながらもちゃんと清水さんに対してありがとうと伝えると、清水さんはニッコリと作ったような笑みを浮かべながら「ちゃんと残さず食べてね♪」と返事をするのであった。


 ――なんだか、清水さんもキャラ変わってきてるよなぁ


 俺はそんな二人の様子に苦笑いを浮かべながら、まぁ俺は俺で人の事言えないかと思いながらしーちゃんからお弁当を差し出されるのを待っているのだが、今日のしーちゃんは中々お弁当を差し出してはくれなかった。


 その異変に気が付いた俺は、隣に座るしーちゃんの様子を伺う。

 するとしーちゃんは、やっぱりじとーっと目を細めながら俺の事を見ているのであった。



「し、しーちゃん?」

「じー」


 慌てて俺が呼びかけるものの、しーちゃんは口で「じー」と言いながら疑うような目を向けてくる。


 ――えっと、これは?


 そんなしーちゃんに戸惑いながらも、俺はしーちゃんが何を求めているのか分からないため焦る事しか出来なかった。


 思い当たる事があるとすれば……やっぱり錦田さんとのこと、だろうか。

 たしか今日は何度か話したかもしれないけど、それは至って普通の会話だ。

 でも、しーちゃんは授業中も同じように疑うような視線を向けてきてたよなと思った俺は、ダメ元で口を開く。



「――あの、もしかして錦田さんと話してたこと怒ってます?」


 俺は恐る恐る問いかけると、しーちゃんは不満そうにぷっくりと膨れた。



「――ううん、ちょっと違うよ。だって今日のたっくん、教室に入ってからわたしの事は放っておいて隣の子とは話してるんだもん」


 しーちゃんは、不機嫌な理由を教えてくれた。

 要するに、自分とは話してくれないけど、隣の席の女の子とは話している状況に怒っているという事だった。



「いや、いつも俺がしーちゃんの事を独占しちゃってたから、クラスのみんなもしーちゃんと話したりしたいよなぁと思ってさ」

「それはまぁ、そうかもしれないけど……でもやっぱり寂しかったんだもん」


 そう言って俯いたしーちゃんは、「小さい事言ってごめんなさい」と言って申し訳なさそうに弁当を差し出してくれた。


 そうか、寂しかったのか――。

 ようやくしーちゃんが膨れてしまった理由が分かった俺は、成る程なと反省した。


 そして反省した俺は、挽回するためにもそんなしーちゃんに向かって優しく話しかける。



「――そっか、ごめんねしーちゃん。どうしたら、その寂しさを帳消しに出来るかな?」

「え?そ、そんなのいいよ。わたしが子供なだけだから……」

「うーん、じゃあ、お弁当開けていい?」

「う、うん――あっ」


 しーちゃんは何か言いかけたけど、俺はそのまま弁当箱の蓋を開けた。

 するとそこには、前回にプラスしてハート形のカマボコなども添えられていて、前回よりも更に全力で物理的な愛が籠められていた。


 そんな愛が籠り過ぎたお弁当を見ながら、俺は思わず笑ってしまう。

 たしかに、こんな話をしている時にこのお弁当はちょっと間が抜けると言うか、しーちゃんが何かを言いかけた理由が分かった。



「じゃあしーちゃん、あーんって口開けて?」

「えっ?」

「いいから」

「う、うん。あーん」


 恥ずかしそうにしながらも、あーんと口を開けるしーちゃん。

 俺はそれを確認すると、ハート型のカマボコを箸で摘まんでしーちゃんの口の中へと入れる。



「作って貰ったものだけど、どうかな?」


 そう言って俺は、カマボコをモグモグするしーちゃんに向かって微笑んでみせた。

 するとしーちゃんは、俺が何を言いたいのか察してくれた様子で、その頬を赤く染めながら恥ずかしそうに口を開く。



「――うん、たっくんからのハート頂きました」

「感想は?」

「――幸せな味がしたよ」


 言葉通り、幸せそうにえへへと微笑むしーちゃん。

 そんな天使のようなしーちゃんを見ているだけで、俺の中の大好きだという気持ちは更に強まっていく。



「ラブラブだな」

「ええ、ラブラブね」


 そんな俺達のやり取りを一部始終見ていた孝之と清水さんはというと、茶化してきたものの優しく笑ってくれていた。



 こうして今日も、俺達は昼休みを一緒に楽しく過ごしたのであった。

 周囲から向けられる視線は、気にしたら負けだと思いながら――。


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