134話「お昼はどうする?」

 席替えを終えた俺は、一限目の授業に臨むため数学の教科書を鞄から取り出すと、する事も無いから冬休みを挟んで忘れかけてしまっている前回までの内容を軽く復習する事にした。


 しーちゃんの席の周りには近くの席に慣れたクラスのみんなが集まっており、そこで俺が首を突っ込んでみんなからしーちゃんを奪うのもなんだか忍びなかったため、今日のところは大人しくしている事にした。


 そして、チャイムと共に三学期も通常通り授業が始まる。

 俺の席は最前列な事もあって目立つため、今日からはより真面目に授業を受けないとなと気を引き締める。


 ――しかし、どうにも背後から見られているような感じがする


 俺はさりげなく、周囲へと目を向ける。

 だが、みんな真面目に授業を受けており、黒板の方を真っすぐ向いているのであった――ただ一人を除いて。


 みんなが真っすぐ前を向く中、しーちゃんだけは完全にこっちに顔を向けているのであった。


 そして、俺の視線に気が付いたしーちゃんは、まるで花が咲くようにパァッと嬉しそうに微笑みながら小さく手を振ってくるのであった。


 ――おいおい、しーちゃんもちゃんと授業受けなよ……


 と思ったけれど、しーちゃんは学年一位をキープしているため勉強について俺がとやかく言える立場では無かった。

 そう思ったお俺は、やっぱりそんなしーちゃんが可愛かったので小さく手を振り返すと、再び授業に集中する事にした。


 しかし、それからも度々背中に視線を感じるのであった。

 多分これは今後も続くんだろうなと思いつつも、だからと言って別に悪い気はしないのであった。




 ◇




 そして昼休み。


 二学期までは4人で一緒に弁当を食べていたが、席が離れ離れになってしまった今どうすべきかなと思っていると、授業終了と共に逸早く弁当を二つ手にしたしーちゃんが俺の席の前まで駆け寄ってきた。



「たっくん、お昼食べよ♪」


 そう言って、嬉しそうに両手にお弁当を掲げながら微笑むしーちゃん。

 しかし、席替えをした今新しい食べる場所の確保を考えなければならなかった。


 そしてもう一つ。

 今回初めて席が離れ離れになり、こうしてしーちゃんがお弁当を二つ持って俺の席へと駆け寄ってきた事で、俺の為にしーちゃんがお弁当を用意してくれている事がよりはっきりとみんなに見られてしまい、周囲からの羨むような視線が集まってしまっているのであった。


 そんな、これまでと色々勝手が違う状況にどうしたものかなと悩んでいると、孝之と清水さんも弁当を持って俺達の元へとやってきた。



「おう、じゃあさ、食堂行ってみね?」


 そして孝之は、食堂へ行ってみないかと提案してきたのである。

 そう、この学校には公立高校ながら、実は食堂が存在するのだ。


 ずっと弁当だったためこれまで縁が無かったのだが、俺は食堂という新たな環境に若干興味もあったため賛成すると、満場一致で俺達は一緒に食堂へと向かう事になった。



 食堂へ着くと、そこにはお昼ご飯を求めて既に多くの人で溢れていたのだが、用意された席には余裕があるようで安心した。


 俺達は空いているテーブルへ行き、四人で向かい合う形で席についた。


 しかし、当然食堂には一年生から三年生まで様々な人で溢れており、しかも初めて食堂へやってきた俺達はやはり目立つのか、周囲からの視線を集めてしまっていた。


 二大美女と呼ばれるしーちゃんと清水さん、それに孝之だって一緒に連れ立ってやってきたのだ。

 俺もそんな面子の一人だけど、客観的に見てこの学校で目立っている3人と一緒なのだから、上級生ですらも驚きつつ急にやって来た俺達の事をじろじろと見てきているのであった。



「はいたっくん、お弁当♪」

「あ、うん、ありがとう」


 しかし、そんな周囲からの視線なんてやっぱり気にしないしーちゃんは、二つあるお弁当のうち一つを俺へ差し出してくる。

 当然、その光景を初めて見たのであろう周囲の人達からは、どよめきが起きる。


 あのエンジェルガールズのしおりんが、手作り弁当を作って来てくれているのだ。

 普通に考えて、それはやっぱり特別な事だよなと俺は再認識した。


 この中にしーちゃんのファンだった人もきっといるだろうから、そんなしーちゃんの手作り弁当を前に衝撃を受けている人は少なくは無かった。



「――すまん、やっぱ目立ってるみたいだな」


 そんな周囲の状況には孝之も気付いているようで、場所選びを失敗したと申し訳無さそうに謝ってきた。



「あぁ、いや仕方ないさ。なんていうか、改めていつもありがとねしーちゃん」

「ううん、たっくんの為に作るのも楽しいから気にしないで♪」


 俺が礼を言うと、しーちゃんは気にしないでと嬉しそうに笑ってくれた。

 本当に、俺には勿体無い程の完璧な彼女だよなと思いながら、俺はしーちゃんの手作り弁当の蓋を開けた。



 ――すると今日の弁当は、ご飯の上にピンク色のそぼろでハートマークが描かれており、その上に刻み海苔で『LOVE』の文字が描かれているのであった。


 その物理的にも愛の込められた弁当を前に、完全に油断していた俺が呆気に取られて固まっていると、そんな俺の弁当を覗き込んできた孝之も驚く。



「うおっ!?凄いな今日は!」

「えへへ♪今年からは気合入れるよー!」


 驚く孝之の言葉に、しーちゃんは嬉しそうに微笑みながらガッツポーズをして返事をする。

 今年からって事は、俺はこれから毎日こんな弁当を食べる事になるのだろうか……。


 いや、嬉しいよ?気持ちは凄く嬉しい。

 俺だって作り返してあげたいぐらい嬉しいです。


 ただ、こんなお弁当を毎日食べるのは中々甘すぎると言うか何と言うか……そう思っていると、隣でそんな弁当を見ていた清水さんが口を開く。



「――やるわね、紫音ちゃん。よし、孝くん?わたしも明日から、紫音ちゃんに負けないぐらいの弁当作ってくるからね」

「え?お、おう」

「あ、さくちゃんやる気?でも負けないよ?」

「紫音ちゃんに勝てる事なんてほとんど無いに等しいけど、これだけはわたしだって負けないからね」


 こうして、どっちの弁当の方が愛が籠められるかを競いだしたしーちゃんと清水さん。

 そして、最初は他人事だと思って楽しんでいた孝之も俺と同じ状況に陥ってしまった事で、弁当を作って貰ってる側の俺達はそんな二人を見ながらハハハと乾いた笑いを浮かべるしかないのであった。



 こうして、三学期からはしーちゃんと清水さんによる弁当バトルの火蓋が切って落とされたのであった――。


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