第五章

133話「三学期の始まり」

 冬休みが終わり、今日から三学期が始まった。


 三学期になってみてやっぱり思うのは、高校一年生でいるのもあと少しで終わるんだなということだった。

 これまで本当に色々あった一年だったけど、思い返すとなんだかそれすらもあっという間の事だったように思えてくる。


 しかしまだ三学期は残されているため、俺は一年生で居られる残りの日々も、変わらずしーちゃんと一緒に楽しく過ごせたらいいなと思った。


 ――二年生も、同じクラスになれるとは限らないしな


 そんな事を考えていると、後ろの席から背中をツンツンされる。

 俺は後ろを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるしーちゃんの姿があった。



「どうした?」

「ううん、なんでもないよー♪」


 今日のしーちゃんはずっとこんな調子で、三学期からまた一緒に学校へ通えるのが嬉しいようでずっと浮かれている様子だった。

 普通、学生だったら休みが終わってしまった事に落胆しそうなものだが、どうやらしーちゃんは逆らしい。


 でも、その理由は言われなくても流石に分かるし、分かるからこそ俺はそれが嬉しくて堪らなかった。

 そして俺も、しーちゃんと一緒にいるだけで楽しいから、やっぱりその気持ちは同じなのであった。


 そんなツンツン攻撃がくすぐったくて俺がもぞもぞしていると、担任の先生が机の脇から箱を取り出して教壇へ置く。



「よーし、じゃあ三学期になったし席替えするぞー」


 先生のその一言で、後ろからのツンツン攻撃がピタッと止んだ。

 ツンツンされなくなった事で逆に後ろを振り返ると、そこには絶望するように青ざめた表情を浮かべるしーちゃんの姿があった。


 しーちゃん的には、もう一年生の間はずっとこの席で行くと思っていたのだろう。

 しかし、世の中そんなに甘くはなかった。


 新学期が始まれば、席替えも伴う。

 それはきっと、このクラスだけじゃない――いや、世の中の学校のほとんどがそんなもんだろう。


 という事でうちのクラスは、しーちゃんの思惑とは異なりこれから席替えを行う事になった。


 しかし以前であれば、席替えと聞いた途端しーちゃんの席の隣を狙って教室内が色めき立っていたのだが、今回はそうでもなかった。


 理由は勿論、もう俺としーちゃんの関係がみんなに知られているからに他ならなかった。

 それから二大美女と呼ばれる清水さんには孝之がいるし、今年になってから連絡がきて分かった事だけど、なんと三木谷さんと健吾までもが付き合っているのであった。


 健吾曰く、俺としーちゃんに失恋した者同士連絡取るようになって、お互い笑い話にしながら傷を舐め合っているうちに意気投合したらしく、それからはとんとん拍子に事が進んだらしい。


 理由を聞いた俺は苦笑いする事しか出来なかったが、理由はどうあれちゃんと二人が向き合って愛し合っているなら、俺はそれが全てだと思った。


 きっと、相手に対して駄目な理由を探すのはとても簡単な事なのだ。

 でもきっと、それを繰り返していては何も生まれやしない。


 だから、元々はお互いに違う方向を向いていた事を知った上で、お互いを認め合っている今の二人は純粋に凄い事だと思うし、素直におめでとうと伝えておいた。


 まぁそんなわけで、文化祭以降クラスでの人気が鰻登りだった三木谷さんまでも今や彼氏持ちになってしまった事で、クラスの男子達からは以前のような熱気は感じられなくなってしまっているのであった。


 そして、今回も前回同様窓際の席から順にくじ引きが開始される。

 廊下側の最後尾を固めている俺達の順番は必然的に終わりの方になってしまい、結果順番が回ってくる頃には俺達は既にバラバラな席になる事が確定してしまっているのであった。


 まぁ、二回も近くの席になれた事が奇跡というか、どこかで神様が見てるんじゃないかってぐらいラッキーな事だったのだから、流石に今回は仕方ないなと諦めた。


 でも、正直もう席なんてどこでもいいと思っている。

 勿論近くの席であれば嬉しいに決まっているが、そうじゃなくても大丈夫だって思えるぐらい、俺はもうしーちゃんと強い絆で結ばれているのだ。


 そう思いながら後ろのしーちゃんの方を振り向くと、しーちゃんは涙目で露骨に悲しそうな表情を浮かべているのであった。


 ――あれぇ?



「せ、席は離れちゃうけどさ、同じ教室なんだし、ね?」

「――なんで、たっくんはそんな平気なの?」

「え?いや、それはなんていうか――」


 それはもう、そんな事気にしなくても大丈夫なぐらい、君と結ばれているって思えるからだよなんて、クラスのみんなの居る前では恥ずかしくて言えるわけがない俺は回答にどもってしまう。


 しかし、ここで何も言わないとしーちゃんの不信を買ってしまうかもしれないため、俺は先生に見つからないように慌ててスマホを取り出す。


 そして、急いでしーちゃん宛にLimeを送信する。




『席が離れたぐらいで、俺達の仲はもうどうこうなったりなんてしないでしょ?大好きだよ』



 そんな俺からのLimeを確認したしーちゃんは、下を向いてスマホを見たまま固まってしまう。

 垂れた前髪でその表情は見えないのだが、今度は俺のスマホにしーちゃんからのLimeが届く。



『うん、そうだね。もう大丈夫だよ!でもどうしよう、嬉しくて今みんなに顔見せれないよ』


 そんなしーちゃんからのLimeを見て、俺は思わず頬が緩んでしまう。

 成る程たしかに、こんなニヤけた顔はみんなに見られたくないなと思った俺は、慌てて口元を片手で塞いだ。



「――てことで、三学期も頑張ってこっか」

「――うん、たっくんその……嬉しかったよ、ありがとね」


 そう返事をしてしーちゃんも顔を上げると、少し頬を赤くしながら恥ずかしそうに微笑んでいた。

 そんなしーちゃんに俺も微笑み返していると、隣から野次が入る。



「一応俺達とも離れるんだけどなぁ」

「まぁ、お熱い二人はそっとしておきましょうよ」


 孝之と清水さんは、微笑み合う俺達を見ながらニヤニヤと笑っているのであった。

 そんな二人に対して、俺もしーちゃんも顔を真っ赤にしながら咄嗟に言い訳をしたのだが、時すでに遅しってやつだった。



 こうして三学期は、俺は廊下側の最前列、そしてしーちゃんはクラスの真ん中という離れ離れの席になってしまったのだが、きっと距離が離れる良さもあるだろうと俺はそれすらも少し楽しみになっているのであった。


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