132話「恋愛運」※4章完結
「――い、いきますっ!!」
ぐっと目を瞑り、緊張の面持ちで手を伸ばすしーちゃん。
そして、カッと目を見開くと共に、その腕を引き上げ高らかに掲げる――!!
「これっ!!」
そんな掛け声と共に、しーちゃんがおみくじを選ぶと、周囲に出来上がっていたギャラリーからも「おぉー」と歓声が上がった。
そう、たった今しーちゃんは、人生で数える程しか経験の無いおみくじを引いたのである。
国民的アイドルとして活躍していたしーちゃんが、振袖を着て、そして気合いを入れながらおみくじを引いているのだから目立つのは当然で、まるでテレビ番組の収録の時のようにギャラリーの輪が俺達を取り囲むように出来上がってしまっているのであった。
「――あ、開けるね」
「――う、うん」
しかししーちゃんは、そんな周りのギャラリーの事など気にする素振りも見せず、緊張の面持ちでゆっくりと引いたおみくじを開封する――。
「――そんな」
しかし、おみくじの内容を確認をすると、しーちゃんは絶望の表情を浮かべるのであった。
そうか、せっかくあれ程気合を入れて引いたのに残念だったねと思いながら、俺は隣からそのおみくじを覗き込む。
「――あれ、中吉?」
だが、そのおみくじの運勢を見てみると、なんと中吉だったのである。
吉と中吉どっちが上か論争はあるが、俺の中では中吉は大吉の次に良い吉という認識のため、それなのに何故しーちゃんがここまでへこんでいるのか全くもって謎だった。
――そうか、さてはしーちゃんおみくじの意味を分かってないんだな
そう思った俺は、そんな何も分かってないけれど、全力でおみくじを引くしーちゃんは今日も可愛いなと微笑みながら話しかける。
「大丈夫だよ、良い結果じゃん?」
しかし、俺がそう声をかけるとしーちゃんは何故か雷に打たれたように更なる絶望の表情を浮かべるのであった。
そのあまりにも分かりやす過ぎるリアクションに、これは何かあるなと思った俺はしーちゃんからそのおみくじを受け取る。
「――なになに、健康――早寝早起きが吉、か。仕事――何事にも先手で挑むのが肝心。ふむふむ」
と、俺はおみくじに書かれた各運勢を読み進めて行くと、ようやくしーちゃんがこんなリアクションをしている理由が分かった。
「恋愛――思い通りにならぬ。か、中吉なのにここだけなんか辛辣だな――」
そう、そのおみくじは中吉であるにも関わらず、恋愛運のところだけシビアな内容が書かれていたのである。
つまり、しーちゃんは全体の運勢なんてどうでもよく、恋愛運だけを真っ先に確認して、そしてショックを受けていたのである。
それなのに俺が良い結果だと言ったから、しーちゃんは余計ショックを受けてしまったというわけだ。
まったく、そんなところも一々可愛いなと思いつつも、俺はそんな落ち込むしーちゃんを励まさないとだよなと声をかける。
「大丈夫だよ、俺のおみくじの結果で必ず全て相殺させてみせるから」
俺は何の根拠もない自信と共に、そう告げながら自分のおみくじを引く。
そんな俺の言葉、そしておみくじの結果にすがり付くように、しーちゃんは俺のおみくじを引く手元に全集中する。
「えーっと?――あ、俺も中吉だ」
「そ、それでっ!」
「う、うん、読むよ?恋愛――今の人が最上、迷うな。だってさ」
その一文を読んで、俺はまるで本当に神様に見られているような気がしてドキッとした。
でも、本当にその通りだと思うから、今の俺には迷う要素なんて微塵も無かった。
そして、そんな当の最上の人はというと、俺からおみくじを取り上げると、さっきまでとは打って変わり満面の笑みを浮かべながら、そのおみくじを食い入るように読んでいた。
俺の運勢なのに、相手であるしーちゃんが嬉しそうにしているんだから、なんだかずれているような気がしなくも無いけれど、どうやら上手く運勢には運勢で相殺出来たようなので良かった。
「た、たっくんっ!!このおみくじは、大切に一年持っておくべきだと思うなっ!」
「う、うん、分かったよ」
「絶対ね!絶対だよ!」
「はいはい」
興奮気味に、俺におみくじを大切に持っておくように勧めてくるしーちゃん。
そんな、理由は明白だけどやっぱり挙動不審な俺の彼女は、自分のおみくじは持っていたくないのか早々に結びに行ってしまった。
木に結ぶと叶うとか、不要なおみくじは結んでいくべきとか色々解釈はあるようだが、しーちゃんの場合は単純に結果が好ましくなかったから持っていたく無かっただけだろう。
そして、おみくじを結び終えて戻ってきたしーちゃんは、震える手で再び小銭入れに手を伸ばすと、
「よ、よーし、今度こそ良い結果出すぞぉ……」
と震える指で再びおみくじを引こうとしていたけど、何度引いても結果を上書きなんて出来ないんだからそれはちゃんと止めておいた。
しーちゃんは俺に止められると不満そうな表情を浮かべていたが、運試しとはそういうものだと頭では分かっているようで、渋々その手を引っ込めてくれた。
まさかおみくじ一つで、ここまでしーちゃんがヒートアップするとは思わなかった。
こうして俺達は一年の運試しを終えると、それから最後に参拝して帰る事にした。
賽銭箱にお賽銭を投げ入れ、俺はしーちゃんと並んで神様にお願いごとをする。
俺は一つだけお願い事を終えて隣を向くと、しーちゃんはまだお願い事の最中であった。
そんなに一生懸命、何をお願いしてるんだろうなと思いながら終わるのを待っていたのだが、しーちゃんのお願い事は一向に終わる気配が見られなかった。
「――あ、あの?しーちゃん?」
「ごめんたっくん、まだあと3つお願い事が残ってるの」
堪らず俺が声をかけると、しーちゃんはとても集中した様子でそう一言だけ返事をすると、再び小銭を掴んで追い投げ銭をしながらお願い事を続けた。
お金を入れれば良いってもんでも無いんじゃないかなぁと思いつつも、本人は至って真剣だったため黙って終わるのを待つことにした。
「――よし!終わりました!」
「そ、そっか、じゃあ行こうか」
こうして、長い長いお願い事を終えたしーちゃんと共に、俺達は神社をあとにした。
帰り道、俺はやっぱり気になってしーちゃんに聞いてみる事にした。
「あんなに沢山、何お願いしてたの?」
「たっくん駄目だよ。こういうのは口にしたら叶わないっていうでしょ?」
「ん?そうなの?」
「そうだよ。――じゃあ、それなら、さ、たっくんは何をお願いしたの?」
まるでそれなら好都合だというように、同じく気になったのかしーちゃんは逆に俺のお願い事は何なのか聞いてきた。
「それは勿論、『しーちゃんとこれからもずっと仲良く居続けますので、どうか見守っていてください』ってお願いしてきたよ」
「えっ!?同じ!!わ、わたしも同じ事お願いしたっ!!」
俺が素直に答えると、驚いた様子のしーちゃんは満面の笑みを浮かべながら、自分も同じだと興奮気味に宣言してきた。
そんな全力で喜ぶしーちゃんも可愛すぎて、思わず抱きしめてしまいたくなってしまう気持ちをぐっと堪えながら、俺は抱きしめる代わりに口を開いた。
「あれ?お願い事を口にしたら叶わないんじゃ――」
「――あっ」
しまったというように、さっきまでの満面の笑みとは打って変わり青ざめた表情に早変わりするしーちゃん。
「なるほど、確かに『思い通りにならぬ』だね」
「も、もうっ!!たっくんのいじわるっ!!」
そう言って俺がおちょくると、しーちゃんはぷっくりと膨れながら俺の腕をポコポコと叩いてきた。
「でも、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのっ!?」
「だって本当に大切なのは、口にしたかしてないかじゃなくて、俺達がこれからどうするかだよ。――俺はこれからもずっとしーちゃんの隣に居るよ。だから大丈夫」
俺がそう大丈夫な理由を答えると、しーちゃんは俺の腕をポコポコ叩いていた手を止めると、代わりにさっきまで叩いていた腕に飛び付くように抱きついてきた。
そして、俺の言った大丈夫な理由が予想外だったのか、しーちゃんは驚きつつも嬉しそうに微笑む。
「――本当に、たっくんはいつも思い通りにならないんだから」
「でもそっちの方が、飽きなくていいでしょ?」
「――うん、大好き」
こうして俺達は、お互いの顔を見合って微笑み合うと、しっかりとお互いの手を繋ぎながらしーちゃんの実家へと帰ったのであった。
そんな、初めて一緒に行った初詣も、色んなしーちゃんを見られた事が俺はただただ嬉しくて、そんな俺にとっても良い意味で『思い通りにならぬ』しーちゃんの事が益々大好きになった――。
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