131話「初詣」
次の日、つまり今日はお正月。
俺はしーちゃんのご実家でおせちとお雑煮を頂いた。
どちらもとても美味しくて、しーちゃんの料理上手はお母さん譲りなんだという事がよく分かった。
「そうだ、紫音ちょっとおいで」
そして、食事を終えたところで、しーちゃんはお母さんに呼び出されて別の部屋へと行ってしまった。
お父さんは何をしに行ったのか分かっているようで、ちょっとしたり顔で微笑みながら声をかけてくる。
「この近くには神社があってね、毎年初詣で賑わうんだよ」
「そうなんですね」
「うん、それで良かったら卓也くんも、帰る前に行ってきてはどうかね?」
「――そうですね、そうさせて貰います」
どのみち初詣には行きたいなと思っていたし、せっかくそう提案されたのならば断わる理由も無かったので、俺は帰る前にその神社へ行ってみる事にした。
しかし、相変わらずニヤニヤというか、悪戯な笑みを浮かべているお父さんが気になって仕方なかった。
そして、暫くすると部屋から出て行った二人が戻ってきた。
「お待たせ卓也くん。さ、紫音もおいで」
「う、うん……」
お母さんに連れられて戻ってきたしーちゃんはというと――なんと赤い振袖を着ているのであった。
さっきからお父さんがしてたニヤニヤの理由はこれかと思うと、お父さんは振袖を着たしーちゃんを見て満足するように、顎に手を当てながらうんうんと頷いていた。
確かに、振袖を着ているしーちゃんは本当に華があってそれはとても美しかった。
「たっくん、どうかな?」
「うん、よく似合ってるよ。――これからこんな可愛い子と初詣に行くなんて思うと、正直ドキドキしちゃうぐらいにね」
恥ずかしそうに感想を求めてくるしーちゃんに、俺は思ったまま素直に褒めた。
すると、しーちゃんはその顔を真っ赤にし、お父さんとお母さんはまたニヤニヤと微笑んでいるのであった。
「卓也くんも、中々やるねぇ」
「ええ、紫音が惚れちゃうのも頷けるわね」
そう言われてやっと、自分の言ってしまった事の恥ずかしさに気が付いた俺も、きっと今頃しーちゃんと同じように顔が真っ赤になっていることだろう。
なにはともあれ、こうして俺は振袖を着たしーちゃんと一緒に初詣へと向かう事となった。
◇
神社の場所は、しーちゃんも知っているようなので道を案内してくれた。
結構大きい神社なようで、毎年初詣には大勢の人が集まってくるのだという。
しかし、小さい頃は一人でいる事が多かったし、大きくなってからはアイドル活動をしていたため、しーちゃん自身初詣に行くのは初めてらしく、そんな初めての初詣に行くのが楽しみな様子が伝わってきた。
ちなみに今は、せっかく振袖を着ているのに変装するのもどうかという事で一切変装はしていない。
ただでさえ有名人で、そうじゃなくてもその容姿だけで人の目を惹くしーちゃんだけど、もう引退しているんだし、なにより俺との初詣をちゃんと楽しみたいというしーちゃんたっての希望で、今は変装も何もしていないのであった。
でもやっぱり心配なものは心配だから、絶対にはぐれないように注意しようと俺は心に誓った。
そして神社へ到着すると、確かに結構な人で賑わっていた。
通路の脇には出店が並び、そんな初詣特有の雰囲気にしーちゃんはその目をキラキラと輝かせていた。
「ねぇたっくん!出店見てみよ!」
「分かったから、慌てると転んじゃうよ」
こうして俺は、まずはしーちゃんと一緒に屋台を見て回る事にした。
◇
「あれ?三枝さん?」
しーちゃんと一緒に屋台を見て回っていると、突然すれ違い様に見知らぬ同年代ぐらいの男二人組に声をかけられた。
「やっぱりそうだ、三枝さんだ!覚えてる?同じ中学だった近藤だよ!」
「え、マジだ!俺は日野!覚えてる?てか振袖姿ヤバ!可愛すぎっ!!」
「あー、うん。覚えてるよ」
どうやら、彼らはしーちゃんと同じ中学だった同級生のようだ。
しーちゃんを見つけた彼らは、憧れの相手に再会出来たというように本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。
しかしそんな二人を前に、対応に困った様子のしーちゃんは苦笑いを浮かべていた。
「良かったぁー!三枝さんアイドル辞めた時は本当ビックリしたよ!でも、そしたら俺にもチャンスあるのかなとか思っちゃったり?どうかな?」
「おいおいやめろよ日野、三枝さん困ってるだろ。――ごめんね、三枝さん。でも、久々に会えてその、やっぱ嬉しいっていうか……あの、今日は一人?良かったらさ、俺らと一緒に――」
「ごめんなさい。それはできないんだ」
俺の事が全く見えていないのか、彼らはなんと俺と一緒にいるしーちゃんを口説こうとしたり遊びに誘いだしたのである。
しかし当然、しーちゃんはその誘いを断ると、俺と来ている事をアピールするように俺の腕を掴んだのであった。
「え、その人は?」
「え、なになに?もしかして彼氏?」
そして、ようやく俺の存在に気が付いた二人は、俺に視線を向けてくる。
二人とも確かに男の俺から見てもイケメンだと思うし、自分に相当自信があるのだろう。
俺の存在に気が付くと、二人とも俺の事を品定めするように上から下まで見て来たかと思うと、二人同時に鼻でふっと笑ったのを俺は見逃さなかった。
二人とも、自分は俺に勝っていると思ったのだろう。
こんな俺にいけるのなら、自分にもチャンスがあると思っている事が見え見えだった。
「え、じゃあさー、久々に会ったんだし俺達と一緒に回ろうよ?君もいいよね?」
日野と名乗った男が、断られるわけないといった様子で馴れ馴れしく隣に回り込んできた。
「おいおい、全く……ごめんね三枝さん。日野のやつ相変わらず強引でさ。でも、一緒に回れるなら俺も嬉しいっていうか……」
対して近藤と名乗った方はしたたかと言うか、強引な日野くんを利用して美味しいところを持って行こうとしていた。
こうして俺としーちゃんは、タイプは違うけど結局チャラい二人組に挟まれてしまったのであった。
俺に負けるつもりは微塵も無い彼らは、こうして俺からしーちゃんを奪ってしまおうという魂胆なのだろう。
流石にこれはもういいよなと思った俺は、同級生かもしれないけど一言言ってやろうと口を開こうとすると――
「二人ともごめんなさい。わたし今、たっくんとデートしているので、はっきり言って二人とも邪魔です」
しーちゃんはニッコリと微笑みながら、二人に対してそうバッサリと言い放ったのであった。
そしてしーちゃんは、俺の腕にしがみ付くと一言、
「ごめんねたっくん!行こっ?」
まるで二人に見せつけるように、しーちゃんは俺だけに向かって少し甘えるような声を出したのであった。
そんな初めて見るであろう甘えるしーちゃんを前に、バッサリと切り捨てられてしまった近藤くんと日野くんは、ショックを受けたように固まってしまっていた。
しかし、そんな二人の事なんて無視して、早く二人から距離を取るようにさっさと歩き出すしーちゃん。
「ごめんねたっくん。お正月なのに嫌な思いさせちゃったよね」
「いや、俺は別にっていうか、逆にもっと早く俺から何か言ってやれば良かったよね」
「――ううん、たっくんが我慢してくれてたの分かってたよ。それに多分、わたしからハッキリ言ってあげないと分からないだろうから」
しーちゃんのその言葉に、俺は確かにそうかもしれないなと思った。
しーちゃんと俺の二人でいるにも関わらず割り込んで来ようとした二人の事だ、例え俺が何を言ったところで、しーちゃん本人から拒絶されない限り気になどしなかっただろう。
「それにはっきり言って、あんなのよりたっくんの方が五億倍格好いいよ」
二人の魂胆にはしーちゃんも感づいていたようで、俺が勝手に蔑まれていた事が気に食わないというように、プンスコと怒ってくれたのであった。
俺はそれが本当に嬉しくて、思わずしーちゃんの手をぎゅっと握ってしまった。
「――その、俺は他人に何て言われても気にしないよ。ただ、その代わり俺は、ずっとしーちゃんの一番であり続けるから。だからその――今言ってくれた言葉は本当に嬉しかったよ、ありがとう」
恥ずかしいながらも、俺はそう感謝を伝えた。
俺は絶対、しーちゃんの一番であり続けるからと――。
すると、しーちゃんは一回立ち止まったかと思うと、人前にも関わらずそのまま俺の胸元に抱きついてきた。
「――大丈夫だよ。たっくんがわたしを見つけてくれたあの日から、わたしの中ではずっとたっくんが一番だよ。これからだってそう。だからわたしも、たっくんにとっての一番であれるように、頑張るね――大好き」
お返しのように言ってくれたその言葉は、俺の心をいっぱいにするのには十分すぎる程嬉しい言葉だった。
こうして俺達は、お互いの顔を見合ってニコリと微笑み合うと、しっかりとお互いの手を握り合いながら今度こそ二人で初詣を楽しむ事にした。
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