130話「実家へのお泊り」

 それからしーちゃんの実家で、俺は学校とか日頃のしーちゃんの事とか色々お話しながら食事まで頂いた。

 そしてふと窓の外を見ると、既にすっかり日が落ちてしまっていた。


 ここから家までは距離もあるし、そろそろ帰らないと不味いかなと思いつつも、中々言い出すタイミングとか無くてそわそわしていると、そんな俺に気が付いたしーちゃんが声をかけてきた。



「たっくん?どうかした?」

「あ、いや、そろそろ帰らないと時間が不味いかなぁって思って」


 恥ずかしくなりつつも、俺はそう素直に思っている事を話した。

 あまり遅い時間に移動するのは、もし電車を乗り間違えたりした時の事とか考えると色々不安もあるため、そろそろ帰った方がいいだろう。



「――そっか、もうこんな時間だもんね」

「うん、だからそろそろ――」


「あのっ!たっくん!」


 ちょっと名残惜しいけどそろそろ帰る事を伝えようとしたところ、しーちゃんが声を張って話を遮ってきた。



「たっくんさえよければ、今日は泊まって行って!!パパ、ママ、いいよね?」


 そしてしーちゃんは、思い切った様子でそう俺とご両親にそう告げたのであった。



「え!?で、でもそれは流石に」

「あら、卓也くんさえいいのなら、うちは歓迎よ。ねぇあなた?」

「あぁ、もう少し色々話もしてみたいしな。だが、今日は大晦日だ。そちらのご家族の予定もあるだろうし、無理はしなくてもいい」

「そ、そうですか。では一度家に電話してみます」


 なんとしーちゃんのご両親も、俺の事を受け入れてくれていたため、俺は一応家に電話して確認してみる事にした。

 スマホを握って部屋から出ると、慌てて母さんに電話する。



「あ、もしもし卓也だけど」

「あら卓也、どう?ちゃんと紫音ちゃんのご両親とちゃんとお話できた?」

「あぁ、うん、一応ね。それでさ、今日は泊まっていかないかってお誘いされてさ」

「あらあらまぁまぁ!――そう、じゃあ今日は卓也の好きにしなさい。こっちの事は気にしなくてもいいわよ」

「――うん、じゃあ今日は、急で申し訳ないけど泊まっていこうと思う。せっかくの機会だからね」

「えぇ、分かったわ。お父さんには私から伝えておくから――卓也、頑張るのよ」


 そう言って母さんは電話を切った。

 なんだか母さんにまで応援されてしまったけれど、失礼の無いように気を付けないとなと思いながら俺は部屋に戻った。



「戻りました。一応親からは許可を貰えたので、その、本当に大丈夫なのでしたら泊まっていこうかと思うのですが……」

「うん、じゃあ今日はゆっくりしていってくれたまえ」

「大歓迎よ。ねぇ紫音」

「うん!やった!」


 微笑みながら受け入れてくれたご両親と、小さくガッツポーズをしながら喜ぶしーちゃん。

 さっきは昔色々あったと話を聞いたけれど、今はこうして一緒に微笑み合っているしーちゃんのご家族を見て、俺は温かい気持ちでいっぱいになった。


 こうして俺は、今日はしーちゃんの実家にお泊りする事になったのであった――。




 ◇



 紅白歌合戦を見ながら、俺はしーちゃん、そしてご両親と共に色々な話をさせて貰った。


 しーちゃんの昔の思い出話とか、高校生になってからのしーちゃんの話など、常にしーちゃんに関する話で盛り上がった。

 そんな、常に話題の中心になっていたしーちゃんはというと、自分の恥ずかしい事も含めて話をされた事で、時に恥ずかしそうにしたりちょっと怒って見せたりしていたのだが、それでもずっと楽しそうにしており、家族、そして俺と一緒に過ごせているのが本当に嬉しいんだろうなというのが伝わってきた。


 そんな話をしていると、テレビから聞き覚えのある音楽が流れてきた。

 その音楽に合わせてテレビの方へ目を向けると、そこには丁度エンジェルガールズの4人が出演していた。


 豪華な衣装で踊るあかりん達は、しーちゃんが抜けても尚トップアイドルとして活躍し続けており、テレビの向こうでも4人は輝いて見えた。


 しーちゃんはというと、あかりん達4人のパフォーマンスを隣で一緒に黙って見ていた。

 そんなしーちゃんの様子を見て、きっとしーちゃんにも色々思うところがあるんだろうなと思った。


 それでも、ふと俺の視線に気が付いたしーちゃんはこちらを振り向くと、優しくニッコリと微笑んでくれた。


 それはまるで、今こうしていられる事の方が嬉しいから大丈夫だよと言っているようで、だから俺もそんなしーちゃんに向かって微笑み返した。



「そうだ二人とも、そろそろお風呂済ませておいで」


 時計を見ると既に20時を回っており、お父さんがお風呂を勧めてくれたのだがそこで俺は大事な事に気が付く。


 ――元々泊まっていくつもりなんて無かったから、着替えをもっていないのだ


 まぁ一日ぐらいなら大丈夫かと、俺は同じ服を着るしかないかなと思っていると、しーちゃんが肩をツンツンとつついてきた。

 何事だろうと振り向くと、しーちゃんは持ってきたボストンバッグの中から、なんと俺がしーちゃん家で着ているスウェットを取り出したのであった。



「――えっと、こんな事もあるかなぁと思って、その、スウェット持ってきてます」


 そしてしーちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめながらそのスウェットを差し出してきた。


 よく見るとパンツと靴下まで用意されていて、あまりのしーちゃんの準備の良さに俺は思わず笑ってしまった。


 恐らくしーちゃんは、元々俺が泊まっていく事を想定していたのだろう。

 ――いや、なんなら泊まって行かせようとすらしていたのかもしれない。


 だったらせめて、先に言っておいてくれたら良かったのにと正直思ってしまうが、それでもこうしてしーちゃんが俺とずっと一緒にいるための準備をしてくれている事は素直に嬉しかった。


 俺は有難くしーちゃんからそのスウェットを受け取ると、お言葉に甘えてお風呂を頂く事にした。




 ◇



 一人ずつお風呂を済ませると、それからしーちゃんのお母さんが用意してくれていた年越しそばをみんなで頂いた。


 時計を見ると、今年も既に残り一時間を切っていた。

 本当に今年は色々あったよなと思いながら、俺はしーちゃんとのこれまでを色々思い出していた。




 そして、蕎麦を食べ終え暫くすると、テレビ番組から年越しのカウントダウンが聞こえてくる―




 5、4、3、2、1――




「「あけまして、おめでとうございます」」



 俺はしーちゃんのご家族と一緒に、新年の挨拶を交わした。


 そして、



「たっくん、今年も一年宜しくね」

「うん、こちらこそ」


 俺はしーちゃんと顔を見合わせると、優しく微笑み合った。

 今こうして、一緒に年越しを出来ている事を喜び合うように――。




 こうして今年は、しーちゃんの実家で静かに新年を迎える事が出来た。

 今日はしーちゃんのご両親と色々なお話が出来たし、何よりこうしてしーちゃんとずっと一緒に居られる事が、俺はただただ嬉しかった。


 だから今年も一年、何があってもしーちゃんの事を必ず大切にしようと、俺は強く心に誓ったのであった――。



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