128話「大晦日」

 そしてついに、約束の大晦日がやってきた。


 俺は駅前のいつもの待ち合わせ場所で、しーちゃんが来るのを待った。


 いつもだったら大体先にしーちゃんがいるのだが、今日はしーちゃんの実家へ向かうのだという緊張で中々寝付けなかった俺は、待ち合わせ時間より大分早くにやってきてしまったのだ。


 今日は幸い綺麗に晴れているのだが、大晦日にもなると外の気温はぐっと下がっており吐く息は白かった。

 俺は缶コーヒーを飲んで身を温めながら、今日は一体どうなってしまうんだろうかとこれからの事を考えた。


 初めて会うしーちゃんのご両親と、上手く話をできるだろうか。

 もし大好きな彼女のご両親に嫌われるなんて事があれば、それは本当に最悪な事態となってしまう。


 つまりは、今日これからの自分次第で、俺としーちゃんの関係を続けられるか否かにも関わってくるかもしれなれないという事だ。


 そう考えただけで、胃がキリキリと痛んでくる。

 人生でこれほど緊張した事があっただろうかってぐらい、俺は緊張に飲み込まれてしまっていた。



「おはようたっくん!待たせちゃったかな?」


 そんな事を考えていると、大きな荷物を持ったしーちゃんがやってきた。

 当然これからしーちゃんは実家に数日帰る事になるため、着替えを入れているのであろう大き目のボストンバッグを手にしていた。


 今日のしーちゃんは、クリスマスに着ていたベージュのダッフルコートの中に白のニット、下はえんじ色のチェックのスカートにベージュのブーツを合わせており、それから俺のプレゼントしたマフラーをしっかりと首に撒いてきてくれていた。


 そんなしーちゃんはと言うと、今日は会えないと思っていたけれどこうして大晦日も一緒に居れる事を喜ぶように、しーちゃんは俺の顔を見るなり本当に嬉しそうに微笑んでくれた。


 そのあまりにも可憐な微笑みを前に、俺はやっぱり今日は失敗は許されないよなと気持ちを引き締め直した。

 俺と居る事でしーちゃんがこんな風に微笑んでくれるのであれば、俺はこれからもずっとしーちゃんの隣にいたいんだと強く願いながら――。



「待ってないよ。それじゃ、行こうか」


 俺は重たそうだったからしーちゃんから荷物を受け取ると、それから一緒に駅へ向かって歩き出した。

 しーちゃんの実家は都内にあるという事で、これから電車に乗って最寄り駅まで向かう事になっている。


 電車に乗る際、流石にしーちゃんはマスクと眼鏡で変装をしていた。

 都内に近付くにつれ周囲の人はどんどんと増えていくため、流石に目立つだろうし不要なトラブルを避けるためには仕方なかった。

 それでも、やっぱりこうして変装しなければならないところを見ると、自分の彼女は有名人なんだよなという実感が湧いてくるというか、特別な存在なんだよなと思えた。



「正直、今日上手く話せるかちょっと心配なんだよね」


 電車に揺られながら、会話のネタを探っていた俺は思わずそんな本音を漏らしてしまった。



「大丈夫だよ。お母さんもお父さんも、たっくんに会いたいって言ってくれてるから」

「そ、そっか」


 しーちゃんは俺を安心させるように、大丈夫だよとフォローしてくれた。

 しかし、何となくお母さんがそう言うのは分かるのだけれど、お父さんもそう言っているのはちょっと意外だったというか、違う意味で言っているんじゃないだろうかと勘繰ってしまう自分がいた。


 昔ドラマで見た「お前に娘はやらんっ!」という頑固おやじのシーンが脳内で蘇ってくる。


 まさかそんな事にはならないよなと願いながら、俺はしーちゃんと他愛ない会話をしながら電車に揺られ続けたのであった――。




 ◇



 主要駅で電車を乗り継ぎ、俺は聞いた事も無い駅で電車を降りる。

 改札を出るとそこは住宅街で、都内にもこんな街並みがあるんだなと少し感心しながらも俺は、いよいよしーちゃんの実家へ行くんだなという実感が湧いてきたと共に緊張が高まってきてしまった。


 それからしーちゃんに連れられて暫く歩くと、周りの家より更に一回り大きい一戸建ての前で立ち止まった。



「ここが、わたしの実家だよ」


 そう言ってしーちゃんは、家の扉を開けた。

 そっか、ここがしーちゃんの……なる程、確かに裕福とは聞いていたけど、都内でこれだけ立派な家を建てているのなら、相場とかはよく分からないけどやっぱり相当なお金持ちなんだろうなという事が伝わってきた。


 俺は緊張しながらも、しーちゃんに続いて敷地の中へと入る。



 そしてしーちゃんは、インターホンを鳴らす。



『はい?』

「紫音だよ。帰ってきたよ」

『はいはい、今開けるわね』


 インターホンの向こうからは、綺麗な女性の声が聞こえてきた。

 それからまもなく、中からガチャリと鍵の開けられる音がする。



「いらっしゃい。あら、そちらが言ってた卓也くんね?わざわざ遠いのにありがとうね。さ、寒いでしょうし上がって上がって」


 玄関を開けると、そこには綺麗な大人の女性がいた。


 ――え、これがしーちゃんのお母さん?


 それが俺の、素直な感想だった。

 その見た目はまだ全然若くて、とても同級生のお母さんとは思えないような美貌をしていた。

 流石はしーちゃんのお母さんだなといった感じだった。



「は、初めまして!一条卓也です!お、お邪魔しますっ!」


 俺はしーちゃんの親だという事と、それから思っていた以上に若くて綺麗なお母さんの登場というダブルパンチに緊張でガチガチになりながら、ガバッと頭を下げると我ながら下手くそな挨拶を返してしまった。


 そんな緊張している俺を見て、しーちゃんのお母さんは口に手を当てながら「フフフ、可愛いわね」と上品に笑ってくれていたので、どうやらファーストコンタクトは結果オーライだったようで少し安心した。


 こうして俺は、ついにしーちゃんの実家へとあがらせて貰う事となった――。


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