127話「どう過ごす?」

 早いもので、12月もそろそろ終わりに近付き、あと数日で大晦日がやってくる頃になっていた。


 本当に、今年一年は色々あったよなと思いながら、バイトから帰った俺は一人部屋で横になっていた。


 これまでの大晦日は、特にする事も無かったから家でのんびり過ごしていたけど、今年はやっぱりしーちゃんと一緒に過ごしたいよなぁ。


 そんな事を思いながら、俺はしーちゃんにLimeしてみる事にした。



『しーちゃん、大晦日は予定ある?』


 よし、送信っと。

 もう俺はしーちゃんと付き合ってから暫く経つし、ほぼ毎日のようにこうしてLimeもしているため、こういうLimeを送る事への躊躇とかは流石に無くなっていた。


 でもそれでも、やっぱり返事が来るまではそわそわしてしまうのは変わらなかった。

 もし断られたらどうしよう……という不安は、やっぱり無くなる事は無かった。



 ピコンッ


 そんな事を思っていると、早速しーちゃんから返信があった。

 俺はすぐにその返信を確認する。



『ごめんねたっくん、その日は用事があるの』


 しかし、そこに書かれていた内容は、俺の期待していた内容とは異なるものであった。


 ――え、用事ってなんだ?


 俺は、これまで割と何でもオーケーしてくれていたしーちゃんだからこそ、まさか断られるとは思っていなかったためちょっとテンパってしまう。


 まさか俺以外の誰かと……なんて考えも過ったが、すぐさまそれはないと考えるのを止めた。

 もうそういうしーちゃんの事を信じていないような考えはしない事にしているのだ。


 万が一、いや億が一それで裏切られるような結果になったとしても、それはそれでもう仕方ない事だと。

 それ以上に、勝手に勘繰って相手を傷つける事の方のが、俺は絶対にしたくなかったのだ。


 そもそも、これまでずっと一貫して俺だけを向いてくれていたしーちゃんに対して、そういう考え方をする事自体失礼だとすら思っている。


 だから大晦日は、本当に用事があるのだろう。

 でもだからこそ、その用事が一体何なのか俺は気になって仕方がないのであった。



『そっか、分かったよ。できれば一緒に過ごしたいなと思ったんだけど、仕方がないね』


 俺はなんて返信したら良いか、ちょっと迷いながらも返信した。

 気を使わせたくなかったから、グーポーズをするしーちゃんスタンプを添えて。



 すると、すぐにしーちゃんからLimeでは無く着信が鳴った。

 いつもなら嬉しくてすぐに取るその通話も、今日だけはちょっと戸惑ってしまう。


 だから俺は、一度大きく深呼吸をしてから覚悟を決めて通話ボタンを押した。



「も、もしもし?」

「たっくん、ごめんなさい!」


 通話に出ると、開口一番しーちゃんは謝罪してくるのであった。

 何に対してのごめんなさいなのか分からなかった俺は、当然戸惑ってしまう。



「え、えっと、何に対してかな?」

「えっ?あっ!ご、ごめんなさい!その、大晦日っ!」


 その一言の重さに恐怖しながらも、勇気を出してどういう意味か聞いてみる。

 するとどうやら、さっきのごめんなさいは大晦日一緒に居られない事に対するごめんなさいだったようで、俺は一先ずほっとした。


 しかしまさか、好きな相手に突然「ごめんなさい」と言われる事がこんなにも心臓に悪い事だとは思わなかったな……。



「あ、うん、それはもうLimeした通り分かったよ」

「た、たっくんは大晦日どうするの!?」

「え、俺?うーん、毎年家族で過ごしているから、今年も家で過ごすんじゃないかな……あっ」


 そこまで言って、俺は思い出した。

 そういえば、毎年ではないが彩音さんが大晦日うちへ遊びに来る事が度々あるという事を。


 この前の一件以降会ってもいないのだが、今年来ないとも限らなかった。



「あっ……ってなに?」

「いや、その、彩音さんが来るかもしれないなって思って」


 俺の微妙なリアクションに、今度はしーちゃんの方が不安そうに聞いていたので、俺は素直に気付いた事を伝えた。



「そ、そっか、じゃあたっくんはあの彩音さんと過ごすかもしれないんだね……」

「ま、まぁ従姉だし年末の特番を一緒に観るだけだけどねアハハ」


 明らかに不安そうに話すしーちゃんに、俺は慌てて何も無い事を伝えようとするが、これでは何もしーちゃんの不安が解消されないだろう事に気が付く。


 こうして、昨日までと打って変わり、何故かお互いが不安を抱くような、微妙な空気が流れてしまうのであった――。



「……いやだ」

「え?」

「たっくんはわたしの彼氏だから、いやだよ……」


 少しの沈黙のあとしーちゃんは口を開くと、俺が彩音さんと過ごすかもしれない事を嫌だと言ってきたのであった。



「うん、まぁ来るかどうかも分からないからさ」

「そんなのダメだよ。これじゃ心配で帰れない」

「え?帰れないって?」


 慌ててフォローするも、聞く耳を持たないしーちゃんはこれじゃ帰れないと言った。


 ――ん?またしても俺が説明足らずなのは申し訳ないけれど、帰れないってなんだ?



「あ、うん、わたし年末年始は実家に帰らなくちゃいけなくなったの。ママもパパも、年末年始は仕事が休みだから帰ってこいって」


 成る程、そういう事だったのか。

 普段から忙しい様子のご両親も、流石に年末年始は予定が無いようだ。


 であれば、俺なんかと過ごすよりちゃんと家族との時間を大事にして欲しいと思った俺は、事情が分かった事で一気に心の中にあったモヤモヤも晴れていた。



「そっか、それなら仕方ないね。ご両親との時間大切にしてね。大晦日の件は、孝之辺りに一緒に過ごせないか聞いてみるよ。男同士なら、安心でしょ?」

「え、うん、ありがとう。山本くんと過ごすなら安心だけど、きっとさくちゃんも一緒だよね?良いなぁわたしも混ざりたかったなぁ……」


 他の女性と過ごす事を嫌がっていたため、だったら男同士で過ごせばいい事に気が付いた俺は孝之には悪いけど協力して貰えないかあとで聞いてみる事にした。

 これにより、どうやらしーちゃんも安心してくれたみたいだけれど、今度は自分も混ざりたかったと羨ましそうにするのであった。


 中々丸く収まらないなぁと思いながらも、少なくとも他の女性と過ごす事は無くなった事に安心した様子のしーちゃんは、とりあえずいつもの調子に戻っていた。



「ねぇたっくん、この件もうちょっとだけ待ってて貰ってもいいかな?」

「え?うん、いいけどあと3日後だよ?」

「うん、今日中にははっきりさせるから、また連絡するね」


 何やら覚悟を決めた様子のしーちゃんは、そう言うとすぐにじゃあねと言って通話を切ってしまった。


 何の事だかよく分からなかった俺は、とりあえずまた連絡すると言っていたから次の連絡を待つ事しか出来なかった。


 一体しーちゃんが何を考えているのか気になったが、今はしーちゃんを信じるしかないだろう。




 だが、それから一時間も経たないうちにしーちゃんから連絡があり、その心配はすぐに解消されたのであった。


 俺はしーちゃんから送られてきたLimeを確認する。



『ママとパパと連絡が取れました。たっくん、もし良かったらでいいのですが、大晦日一緒にわたしの実家に来てくれませんか?』



 その送られてきたLimeを見て、俺は大晦日一緒に過ごせる安心と恐らくご両親に会う緊張、そんな矛盾する二つの感情に一瞬で支配されてしまったのであった――。



 それでも、考える必要も無く俺のすべき返事はたった一つだけだった。



『勿論、大丈夫だよ』


 こうして俺は、急遽大晦日にしーちゃんの実家を伺う事になったのであった――。


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