121話「振り返り」

 お互いの誕生日、そしてやっと定期テストも無事に終わったかと思ったら、気が付くとあっという間に11月に突入していた。


 季節はすっかり冬に差し掛かっており、そろそろ薄手のコートぐらい羽織りたくなる程度には気温も冷え込んできていた。


 そして、こうして気温が下がってくると、いよいよ今年もあと残り僅かなんだなという実感が湧いてくる。


 今年は本当に色々あったよなぁとこれまでの事を振り返りつつ、俺は残りの2ヵ月足らず、今年済ますべきことはちゃんと今年中に済ませて行こうと気持ちを引き締め直した。



 ――明日やろうは、馬鹿野郎ってね


 そんな事を思いつつ、今日も俺は家を出ると、いつものしーちゃんとの待ち合わせのベンチへと向かった。



 待ち合わせ場所へ到着すると、ベンチには既にしーちゃんの姿があり、俺に気が付くといつもの天使のような微笑みを浮かべながら小さく手を振ってくれた。



「あっ!たっくんおはよう!」

「おはようしーちゃん」


 俺達はいつも通りそう呼び掛け合うと、それから当たり前のように手を繋いで一緒に学校へと向かう。

 こうして手繋ぎ登校をするようになってからもう暫く経つため、以前に比べると周囲から向けられる視線とかは大分減っていた。


 しーちゃんには彼氏がいるという事がちゃんと広まり、何より俺達の間に付け入る隙なんか無い事もちゃんと知れ渡っているようだった。


 それもこれも、俺という存在がいるにも関わらず、しーちゃんにトライする男子が少なからずいたからなのだが、当然その全てはしーちゃんの「ごめんなさい」の即答により敢え無く撃沈していたのであった。


 そうして、相手が誰だろうときっぱりと断ってくれるしーちゃんが嬉しかったし、何より安心できた。


 そもそも、しーちゃんは最初から一貫して俺に好意を寄せてくれていたのだ。


 今思えば、コンビニでの挙動不審だって全部そうだ。

 しーちゃんは無理をして挙動不審になりながらでも、俺に会おうと――見つけて貰おうとしてくれていたのだ。


 だけど俺は、最初は自分に自信なんか無かったし、鈍感かつ情けない場面も多々あったように思う。

 今思えば、本当に色々としーちゃんには苦労かけてたよなぁと思いながら、俺は申し訳ない気持ちになりながら隣を歩くしーちゃんの方へと顔を向ける。


 そんな俺の視線に気が付いたしーちゃんは、「どうしたの?」と楽しそうに俺の顔を見つめ返してきた。

 その表情は本当に安心しきっている様子で、目が合うだけでこんな風に微笑んでくれる俺の天使な彼女は、今日も朝から全力で可愛かった。



「なんでもないよ」

「そっか、あっ、もしかしてわたしの顔に見惚れちゃったかな?」

「うん、まぁそんなとこかな」

「え?そ、そっか」


 俺が恥ずかしがると思って揶揄ってきたのだろうが、予想とは異なる反応に逆に顔を赤らめるしーちゃん。

 俺ももうしーちゃんとの付き合いも長いため、こうなる事まで予測済みで返事をしていた。


 そんな天使で可愛い彼女だけど、時に挙動不審で俺の前ではチョロい一面もあるしーちゃんは、色んな意味で飽きない魅力に溢れているのであった。



「そうだ、水族館だけど今週の土曜日でいいよね?」

「うんっ!大丈夫だよ!楽しみだなぁ~」


 水族館とは、この間のしーちゃんの誕生日プレゼントで渡した水族館のチケットの事だ。

 今週末に一緒に遊びに出かけようと昨晩Limeをしていたのだが、一応言葉でもちゃんと確認してみた。


 こういう約束事は、Limeでのやり取りだけでは不安というか、やっぱりちゃんとお互いの言葉で確認し合いたかった。


 ――だって、ちゃんとしーちゃんの口からオッケー貰えるだけで、俺はこんなにも嬉しくなるんだから



 こうして俺は、今日も可愛いしーちゃんと共に仲良く登校したのであった。

 来月はいよいよクリスマスも控えているし、今のうちにバイトのシフト増やしてお金も溜めとかないとだなと、俺は残りの二か月足らずの予定をあとでちゃんと整理する事にした。




 ◇



 そして、何事もなく一日授業を受け終えたその日の帰り道。


 俺としーちゃん、そして孝之と清水さんのいつもの4人で、今日はテストお疲れ様会をしようという事で一緒に駅前へ向かって歩いていた。


 今回も先生を引き受けてくれたしーちゃんが「わたしハンバーガーが食べたい!」と言うので、今日は駅前のハンバーガーショップへとやってきた。


 そう言えば前にも一緒に来たよなとか思いながら、今度はちゃんと注文出来るかなとちょっと心配しつつしーちゃんの様子を見守る事にした。



「チーズバーガーセット、ドリンクはコーラで!」


 おぉ、ちゃんと言えるようになってる。

 前は困って俺にたしゅけてと泣きついてきたのが、ついこの間のように感じられる。


 最初は行った事も無ければ注文方法も分からなかったしーちゃんだけど、今ではこうして一人でちゃんと注文できるようになっているのだから、俺が変わったように、しーちゃんはしーちゃんで色々と変わってきているんだよなと実感した。


 だから、こんな一人で注文できたという本当に些細な事かもしれないけど、それでも俺はそれがなんだか嬉しかった。

 去年の今頃はまだアイドルだったしーちゃんだけど、こうして一つ一つ普通の女の子として変わっていっている事が嬉しかったのだ。


 だから出来れば、今がちゃんとしーちゃんが望んだカタチになっているといいなと思う――いや、そのカタチになるように、俺が支えながらこれからも一緒に歩んでいきたいと思う。



「現在キャンペーンを行っておりまして、こちらのQRコードからアプリをこの場でダウンロード頂けますと、セットのドリンクを無料にする事が出来ますがいかがでしょう?」

「え?あ、えーっと……」


 しかし、突然の変化球の質問に困った様子のしーちゃんは、助けを求めるようにそっと後ろに並ぶ俺に顔を向けてくる。


 そして、



「た、たっくん、たしゅけて……」



 しーちゃんは、あの時と同じように俺に泣きついてきたのであった。

 俺は思わず、そんなしーちゃんが可愛すぎてやれやれと笑みを浮かべてしまう。



 ――でもやっぱり、しーちゃんはしーちゃんだよな

 ――大丈夫、これから一つ一つ一緒に乗り越えて行ければいいさ



 そんな事を思いながら、俺はまた困っているしーちゃんをたしゅけてあげたのであった。


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