119話「手料理と秘め事」

 テーブルに並べられる料理の数々。


 ご飯、お味噌汁、豚の生姜焼き、サラダ、そして筑前煮と立派な手料理が並べられていた。


 二人共同とはいえ、短時間でこれだけの料理が出てきた事に俺も孝之も驚いた。

 孝之なんて、冗談交じりだろうが清水さんに「もう結婚してくれ!」と求婚までしていたのだが、正直その気持ちはよく分かった。


 二人とも、その恵まれた容姿だけじゃなくて女子力も高すぎるのだ。


 小さい頃は一緒に鼻水を垂らしながら、落ちている木の棒を拾っては冒険ごっことかしていた幼馴染の俺達二人が、今ではお互いこんなに勿体無いぐらいの相手をそれぞれ見つける事が出来ているんだから、本当に世の中何があるか分からないもんだなと思った。



「じゃ、冷めないうちに食べちゃって!」


 しーちゃんはそういうと、俺が食べるのを隣でニコニコとしながら待ってくれていた。

 たしかにせっかく作って貰ったのに冷めたら勿体なかったため、俺はまずはお味噌汁から頂く事にした。



「あ、美味しい。赤出汁もいいね」


 今日のお味噌汁は赤出汁で、中にはわかめと大根が入っていた。

 赤味噌の風味と、お出汁がよく利いていて今日のお味噌汁も文句なく美味しかった。


 それから生姜焼きも食べてみてと言うので、言われた通り一口食べてみる。


 まぁ生姜焼きなんて、基本的に美味しいに決まっている部類の料理だと思うんだけど、それでもこの生姜焼きは一味違っていた。

 生姜の風味が利いていて、甘すぎず程よい味わいで正直今まで食べた生姜焼きの中でも一番美味しいんじゃないかって思える程美味しかった。



「どうかな?」

「うん、めちゃくちゃ美味しいよ」


 しーちゃんも自信があるのだろう。

 ちょっと期待するような表情を浮かべながら味を聞いてくるため、俺は思っているまま美味しいよ返事をした。



「良かった、これおばあちゃん直伝の味なんだ。ちゃんと生姜すり下ろすところからやってるからねっ!」


 そう言って、生姜を摩り下ろすジェスチャーをするしーちゃん。


 へぇ、やっぱりこれ手作りなんだ。

 どおりで市販のタレとは全然違うんだと思ったけど、この味がしーちゃん家に伝わる味なんだって思うと、こうしてその味を食べられている事が純粋に嬉しかった。


 孝之も感動しながら生姜焼きを食べているため、これは彼氏だからとか何の誇張も抜きに美味しい事を証明してくれていた。


 それから筑前煮だが、こちらは清水さんの分担だったようでしっかりと味が染みわたっていてとても美味しかった。

 料理はそんなに詳しくないんだけど、短時間でこの味を出せるのはきっと凄い事なんだろうなと思った。

 清水さん曰く、こちらも清水家直伝の時短テクニックがあるらしい。



「なぁ卓也、俺達本当に幸せ者だな」

「あぁ、間違いなくね」


 俺と孝之は、そう言葉を交わしながら二人が作ってくれた料理をしみじみと味わった。

 しーちゃんと清水さんの二人はというと、ご飯を美味しく頂く俺達の事を嬉しそうに微笑みながら見つめていた。


 聞くと、実は二人は今日こうして料理を振舞ってくれる事は予め決めていたようで、昨日のうちにしーちゃんが食材を揃えてくれていたらしい。


 しーちゃんがドヤ顔で「お互いの彼氏の胃袋を掴んじゃおう作戦だよ!」と高らかに宣言したので、俺と孝之は「はい、ちゃんと掴まれました」と言って、深々と頭を下げておいた。


 そんなやり取りがなんだか可笑しくて、俺達は四人で一緒に笑い合った。




 ◇



 美味しく二人の手料理を食べ終え、せめてものお礼として俺と孝之で洗い物をさせて貰った。


 そうして洗い物を終えたあと、またすぐに勉強を再開するのもちょっと気が引けたため、この間しーちゃんと一緒に観たエンジェルガールズのDVDを見ようという話になった。


 特にしーちゃんも嫌がる素振りは見せなかったため、じゃあ俺が取ってくるよというとしーちゃんも頷いてくれたので、俺はそのまましーちゃんの寝室へと向かった。


 部屋を出てしーちゃんの寝室へやってきた俺は、部屋の明かりを付けた。

 そこには、先週と同じしーちゃんの部屋が広がっていた。


 この間は、熱を出したしーちゃんがあのベッドで寝てたんだよなぁとか思い出していると、なにやら枕元にグレーの布の塊がまるめて置かれているのが目に入った。



 ――ん?あれはなんだ……?


 そう思いながら近づいてよく目を凝らすと、それは多分だけど俺がこの間着ていたスウェットのようだった。


 そう言えばあの時、スウェットを洗って返そうとしたら、なにやら食い気味に洗濯するから大丈夫って言ってしーちゃんが譲らなかった気がするような……。



 バタンッ!


 ドタドタドタッ!


 ガチャッ!



「た、たっくん!」


 すると、何故かしーちゃんが慌てて寝室へとやってきた。

 一体何事だ!?と思っていると、しーちゃんは俺とすぐ隣にあるスウェットの塊を交互に見て、その顔を青くしていた。




「……違うんです」

「……え?違う?」

「それはその……そう!ちょっとずぼらな所があって、洗濯しようしようと思ってたけど、結局今日まで洗濯せずにきちゃったっていうかっ!」


 そしてしーちゃんは、何故か突然言い訳みたいな事を言い出した。

 しかしその目はぐるぐると回ってしまっており、両手を振ってあわあわと言い訳をするその姿は完全に挙動不審そのものだった。


 洗濯云々言っているので、多分あの枕元に置かれたスウェットの事を言っているのだろう。



「そ、そっか、うん、分かったよ。でもなんで、枕元に?」

「それはなんていうか、そう、あれです!」

「あれ?」

「お、起きてすぐ洗濯するのを忘れないようにしようと、とりあえずそこに置いておいたんですっ!」


 んー、ごめんねしーちゃん。

 流石にそれはちょっと無理があると思うよ……。


 だったら枕元に置くんじゃなくて、最初から洗濯機に入れておいたらいいじゃない……。


 まぁ結論から言うと、別に俺の着ていたスウェットがあるからなんだという話で、大して気になんかしていない。

 だが、ここまでしーちゃんが取り乱してしまっている原因の方が、俺は正直気になってしまった。



「だから大丈夫ですっ!」

「大丈夫?」

「はいっ!決してたっくんの着ていたスウェットを抱き枕にして、毎晩匂いを嗅いでいたなんて事はしておりませんっ!」


 まるで何かに誓うように、顔を真っ赤にしながら片手を真っすぐ上に挙げて宣言するしーちゃん。



 ――うん、まぁ、そういう事にしとこうか


 必死に言い訳するしーちゃんに免じて、これ以上の追及はしないでおいてあげる事にした。

 でも、これだけはちゃんと言っておこうと思って、そんな挙動不審してるしーちゃんの前まで歩み寄る。



「そっか、別にいいんだけどさ」

「え、は、はい……?」

「抱きつきたくなったら、いつでもこうして抱きしめるから」


 そう言って俺は、しーちゃんをそっと抱きしめた。

 俺の脱いだ洗濯物なんかじゃなくて、いつでも俺が側に居るよというように――。



「――うん、そっか。えへへ、たっくん大好き」


 そう言って、嬉しそうに抱きしめ返してくるしーちゃん。



「じゃあもう、あれは必要ないかな」

「ん?じゃあやっぱり抱き枕にしてたんだ」

「うぅ……はい、してましたごめんなさい……」


 そんな自ら墓穴を掘って恥ずかしがるしーちゃんは、今日もポンコツ可愛かった――。


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