118話「勉強会とお宅訪問」

 次の日。


 俺は今日もしーちゃんと一緒に学校へと向かう。

 しかし、昨日までとは異なる点が一つある。


 それは、お互いの薬指には指輪がつけられている事だ――。


 校則的には多分アウトなんだろうけれど、アクセサリーを身に着けている人は他にも沢山いる。

 だから良いわけではないが、今日だけはお互い指輪をしてこようという事でコッソリとしてくる事にしたのであった。


 まぁシルバーのシンプルなデザインだし、そんなに目立たないだろうと思っていたのだが、校門をくぐった辺りから明らかに周囲の視線がちらほら俺達の指元へと向いているのであった。


 俺達の指元を見てキャーキャーと騒ぐ女子達、そして露骨に悔しそうな顔をする男子達――。



「……やっぱり、ちょっと目立つみたいだね」

「……あはは、そうだね」


 俺達はお互いの顔を見合わせながら、苦笑いを浮かべた。

 まぁ校則を破るのも良く無いし、今後はやっぱり指輪は学校以外で一緒に出掛ける時の楽しみにしておこうという事になった。


 そんな話をしながら、俺達はいつも通り教室へと向かった。




 ◇



「おう!卓也!それに三枝さんもおはよう!って、二人ともそれ……」

「やっぱり目立つか?」

「そりゃまぁ、普通に気が付いたからな」


 教室へ入ると、今日も先に登校していた孝之が元気に挨拶をしてくれたのだが、早速俺としーちゃんの薬指に嵌められた指輪に気が付いたようであった。


 ――指輪が目立つのか、それともしーちゃんだから目立つのか……いや、多分両方か。


 俺がそんな事を考えていると、隣では今日もしーちゃんと清水さんがお互いの手を取り合いながらキャッキャと指輪について話をしていた。

 そしてその二人の様子を、クラスの男子達が温かい目で見守っているといういつもの光景が広がっていた――。



「そうだ、勉強会の件だけど、今週末からでいいよな?」

「おう、俺は部活も休みだし大丈夫だぞ」

「わたしも大丈夫」


 そう言えばと思い出した俺は、事前にLimeで確認していた勉強会の日にちについて確認すると、孝之と清水さんは二人ともすぐに週末でオッケーと返事してくれた。


 こうして俺達は、今週末一緒に勉強会を行う事となった。



「で、場所はどーするんだ?」


 ファミレスとか図書館とかか?と聞いてくる孝之に、そう言えばまだ場所は伝えていなかった事を思い出した俺は、そっとしーちゃんに目配せをした。


 俺の言いたい事を読み取ってくれたしーちゃんは、孝之の肩をポンポンと叩いて孝之を振り向かせると、自分の顔を指差しながら口を開いた。



「良かったらうちでやらない?」

「ん?あぁ、そうだな三枝さんがいいなら――って、えぇ!?い、いいのかっ!?」


 ニッコリと微笑みながら話すしーちゃんだが、やっぱりそれは孝之にとっては驚きの内容だったようだ。

 当然孝之には清水さんという可愛い彼女もいるし、しーちゃんに対してどうこう思っているわけじゃないだろう。


 だが、それでも元とはいえアイドルの家に上がるというのは、やっぱりこういうリアクションになるのが普通だよなと、そんな当たり前を当たり前と思わせてくれる孝之を見ながら俺は、いつもの自分を客観的に見ているような気がして思わずちょっと笑ってしまったのであった。


 なにはともあれ、こうして俺達は週末の土曜日、しーちゃんの家で勉強会を開催する事になったのであった。




 ◇



 そして、週末がやってきた。


 俺は孝之と清水さん二人と駅前で合流すると、コンビニで勉強のお供のお菓子を買いつつ、二人をしーちゃんの家まで案内した。


 と言っても駅から本当にすぐ近くのため、俺は受付でしーちゃんに開錠して貰うと、一週間ぶりのしーちゃんの家の前までやって来た。


 ――ガチャッ



「みんないらっしゃい!さぁ入って入って!」


 玄関を開けたしーちゃんが、ニッコリと微笑んで招き入れてくれた。


 今日は家から出るわけでもないため、しーちゃんは大きめの白いプリントTシャツに黒のジャージ生地のパンツを履いており、そんなゆったりとした今日の服装もまた可愛らしかった。


 俺達は口々に「お邪魔します」と言いながら中へと入った。


 そうして案内されたのは、この前のしーちゃんの寝室――ではなく、リビングの方だった。

 確かに、勉強をするならこっちの方がテーブルも大きいから丁度良いだろうし、今日は孝之もいるから寝室は流石に恥ずかしかったのだろう。



「今お茶出すね!」


 しーちゃんはそう言って、キッチンでお茶の準備をしに向かったため、「俺も手伝うよ」と一緒にキッチンへと向かった。


 そんな俺達に向かって、孝之が「なんだかもう、夫婦みたいだな」と揶揄ってきたのだが、一々反応するのも疲れるので無視する事にした。


 しかししーちゃんはというと、恥ずかしかったのか耳まで真っ赤にしながらもじもじとしており、その仕草はとても可愛らしくて、見ているだけで幸せになるから正直助かった。



「夫婦だって、どうしよっ」

「ん?しーちゃんがいいならいつだって籍入れるけど?」

「ふぇ!?も、もうっ!たっくん揶揄わないでよっ!」


 そう言って、顔を真っ赤にしながらポンポンと俺の事を叩いてくるしーちゃんは、やっぱり抱きしめたくなるほど可愛かった。


 そんな、ここへ来てから可愛いしか思っていない俺は、さっきの言葉は別に冗談でもないんだけどなぁと思いながら、しーちゃんと一緒にお茶の準備をする事にした。



 ◇



 時間はまだ、お昼の13時を少し過ぎた頃だった。

 夜までまだ時間はたっぷりあるため、早速俺達は勉強会を始める事にした。


 勉強会は、学年主席であるしーちゃんを中心に、各々が苦手なところを復習する形で行われた。

 しーちゃんの学力は正直うちの学校のレベルを超えているのだが、俺も孝之も清水さんも一応成績上位者のため、基本的にはみんなスラスラと自分の学習を進めていた。


 それでも、数学の難問とか分からない所は、しーちゃんに聞けばすぐに分かりやすく解答を得られるという非常に恵まれた環境で勉強する事が出来たため、勉強会初日だけど俺達は確かな手ごたえを得る事が出来たのであった。


 そして、時計を見るとあっという間に17時手前になっていた。


 4時間近くぶっ続けで勉強をしていた俺達は、ちょっと休憩しようと一度勉強の手を止める事にした。



「そ、そういえばさ、三枝さん。この家にはその、エンジェルガールズのみんなも遊びに来たりするの?」


 各々凝り固まった身体を解しながら息抜きをしているところ、孝之が少し聞きづらそうにしながらそんな事をしーちゃんに質問していた。



「え?うん、この間はあかりんとYUIちゃんは泊まっていったし、引っ越してきた頃はメンバー全員遊びに来てくれたよ?」

「そ、そっか!じゃあその、めぐみんもここに来たんだ!」

「うん、いたけど……?」


 そんなしーちゃんの返事を聞いた孝之は、そっかそっかと一人満足そうに頷いていた。


 しかし、それだけで他の全員には、孝之が実はめぐみん推しな事が捲れてしまっている事に、残念ながら本人だけは気が付いていないようだった。


 彼女である清水さんは、そんな孝之に少し不満そうな視線を向けながら、孝之の太ももをぎゅっと一回つねっていた。



「いたっ!ちょ!何!?」

「なんでも」


 痛がる孝之と、ぷいっとふてくされて横を向く清水さん。

 そんな相変わらず仲の良い二人のやり取りを、俺としーちゃんは微笑みながら見守った。


 お互いが気を使うだけじゃなく、こうして自然体でやり取りできる関係って本当にいいなって思った。



「なんだかもう、夫婦みたいだな」

「ちょ、卓也までなんだよもう」


 俺が孝之に言われた言葉をそのまま返すと、孝之はやっぱり自分だけ状況が分かっていない事に戸惑っていてちょっと面白かった。


 そんな良くも悪くも、今日も正直な性格をしている孝之だった。



「じゃあもう良い時間だし、そろそろご飯にしよっか。さくちゃん、いい?」

「うん、いいよ」


 しーちゃんは清水さんと事前に示しを合わせていたのか、二人は声を掛け合うとそのままキッチンへと向かって行った。



「え?なに?どうした?」

「これからわたしと紫音ちゃんでご飯作るから、二人はここでゆっくりしててね♪」


 何事かと確認する孝之に、清水さんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう返事をした。


 どうやら俺達は、これからクラスの二大美女による手料理をいただける事になりそうだった。


 だから俺は、素直に嬉しい気持ちでいっぱいになりながらしーちゃんに声をかける。



「そうだしーちゃん、ちなみに今日はメイド服は――」

「き、着ませんっ!」


 冗談でそんな事を聞いてみると、しーちゃんは即答で拒否してきたのであった。


 まぁそこまでは本当に冗談だったので織り込み済みなのだが、それからしーちゃんは恥ずかしそうにもじもじすると、俺の元へと近寄ってきてそっと耳打ちをしてきた。




「……そういうのは、また二人きりの時ね」


 耳にかかるしーちゃんの吐息と共に、俺はそんな予想外の返事を聞かされたのであった。

 そしてそれだけ言うと、しーちゃんは恥ずかしそうにキッチンへと向かって行ってしまった――。



 ――二人きりなら、いいんだ


 ちょっと揶揄うつもりで言った冗談が、まさかのオッケーを貰えてしまった俺は、見事にしーちゃんからのクロスカウンターを貰って一発K.O.してしまったのであった。


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