115話「対面」

 二人で話しながら歩いていると、いつもは少し長く感じられた道のりもあっという間に家に到着した。


 という事で、家の外に居ても仕方ないので俺は玄関を開けると、流石に緊張しているのかしーちゃんの表情はガチガチと形容するのがピッタリな程、本当にガチガチだった。


 そりゃ緊張するよなと思いながら、俺は逆の手でしーちゃんの手を取り家の中へと案内する。



「さ、上がって」

「お、おじゃ、お邪魔しますっ!」


 こうして、緊張でガチガチになっているしーちゃんを連れて、俺は早速両親、そして彩音さんが待っているはずのリビングへと向かった――。



 ◇




「ただいま」


 俺はいつも通り家族にただいまを伝える。



「お、おかえり卓也」

「お、おおおう、帰ったか卓也」


 両親とも、俺が彼女を連れ来ると言ったからだろう、緊張している様子だった。

 そんな両親を見て、この両親をこれからしーちゃんに会わせるのかと思うと、急に息子の自分も恥ずかしくなってきた。


 ちなみに、まだ俺しか顔を見せておらず、扉の裏でしーちゃんはスタンバイしている状態である。

 そんなしーちゃんはしーちゃんで、やっぱり緊張でガチガチになってしまっていた。



「……で、彼女は本当に連れてきたわけ?」


 そんな、ガチガチに包まれた我が家において、相変わらず我が物顔でソファーで横になって寛いでいる彩音さんが余裕な様子で聞いてくる。


 やはり、相当自分に自信があるのだろう。

 バイト前同様、他の女に自分が負けるわけがないといった様子で、それはもう余裕綽々よゆうしゃくしゃくな様子だった。


 ……でも、そんな彩音さんには珍しく、よく見たらメイクを直しているようだった。

 それに、この時間いつもならもっとダル着に着替えているのに、今日はまだバッチリ私服を着たままであった。


 だからもしかしたら、余裕に見せているだけで本当は不安もあるのかもしれないなと思った。


 でも俺は、彩音さんがどうであれこのままでいるわけにもいかないため、早速しーちゃんを紹介する事にした。



「いるよ……しーちゃん、いいかな?」

「う、うん!」


 俺はしーちゃんに優しく声をかけると、しーちゃんは一回自分の頬っぺたをパシリと叩いた。


 するとその表情は、教室でよく見るアイドルモードの時の表情へと一瞬で切り替わっていた。


 俺はそんな一瞬で切り替えるしーちゃんを見て、本当に流石だなと素直に関心した。


 ずっと第一線で活躍してきたしーちゃんだからこそできる切り替えだよなと、これまでもこういう緊張する場面とか色々あったのだろうがこうやって切り抜けて来たんだろうなと思うと、俺はそんな頑張ってきたしーちゃんの事が何だか堪らなく愛おしくなってしまった。



「初めまして、三枝紫音と申します。現在、卓也さんとお付き合いをさせて頂いております」


 こうして俺の隣に立ったしーちゃんは、落ち着いた笑みを浮かべながらその綺麗な声でハッキリと自己紹介をする。


 そして、そんな挨拶をするしーちゃんを見たうちの両親、そして彩音さんはというと、案の定目を丸くしながら固まってしまっているのであった――。




 ◇



「……え、も、もしかしなくても……しおりん?」

「はい、以前はアイドルをしておりました」


 硬直していた両親と彩音さんだが、ようやく彩音さんはぽつりと一言漏らした。

 それは本当に訳が分からないといった感じで、なんでこんなところにアイドルがいるのと確認するような一言だった。


 そして、そんな問いかけにもしーちゃんはニコリと微笑みながらハッキリと返事をする。



「そ、それでなんでその、し、しおりんさんがここにいるのかな?」

「はい、先程も申し上げた通り、現在こちらの卓也さんとお付き合いさせて頂いておりま――」

「そ、そんなわけないでしょ!た、たくちゃん!あんた騙されてるんじゃないの!?だっておかしいでしょ普通に考えてっ!!」


 彩音さんは立ち上がると、しーちゃんの言葉を遮って突然声を荒げだした。

 俺なんかがこんな有名アイドルと付き合ってるのなんておかしい!騙されてるだけ!と主張する彩音さん。


 ……うん、言いたい事は正直分からなくもない。


 でも、俺の事はいいけど、しーちゃんの事を悪く言うのは止めて欲しいと思った俺は、一先ず落ち着いてしっかり説明する必要があるなと思い口を開こうとするが、俺より先にしーちゃんが口を開いた。



「たっくん、こちらはたっくんのお姉さん?」

「いや、従妹だよ。今は大学二年生の彩音さん。近所に住んでるから、たまにこうしてうちに遊びに来るんだよ」

「――そっか。じゃあたっくん、ここはわたしに話をさせて?」


 そう話す間も、ずっとニコニコと微笑んでいるしーちゃん。

 だが、表面上は笑っていても内面は笑っていないような、今のしーちゃんから感じられる圧に気圧された俺は「わ、分かったよ」と返事をする事しか出来なかった。


 そして、俺の返事を聞いたしーちゃんはニッコリと微笑むと、再び彩音さんと向き合う。



「いえ、騙してなんておりません。ご両親の前で、そのようなありもしないお話されるのは少し困ってしまうので、お控え頂けると助かります」

「はっ?じゃ、じゃあなんで貴女みたいな有名人のアイドルがうちのたくちゃんと付き合うっていうのよ!?」


 こうして、元国民的アイドルのしーちゃん、と大学でミスコン優勝経験者の彩音さん。

 そんな稀に見る美女二人が微笑みながら向き合っている今の光景は、笑っているのに何故か計り知れない恐ろしさが感じられた。


 しかし、尚も全く信用する様子の無い彩音さんなのだが、その様子にはいつもの余裕なんて微塵も感じられなかった。

 普段は自信の塊のような彩音さんでも、やはりしーちゃんが相手では流石に怖気づいてしまっているように感じられた。


 そしてしーちゃんはしーちゃんで、彩音さんの言った一言が気になったのか「……うちのたくちゃん?」と小さく呟いていた。



「実はわたしは、アイドルになる前から卓也さんと面識がありまして、その時からずっと大好きだったんです。その頃、卓也さんのご両親にも何度かお会いした事もあります」


 そう言ってしーちゃんは、うちの両親に対して可憐に微笑むと、改めて「お久しぶりです」と頭を下げた。

 確かにあの頃、数回ではあるけれどしーちゃんはうちの両親にも会った事はあった。



「え、えーっと、そうだったかしらね、うん、きっとそうね!」

「そ、そうか、ま、まぁ昔から知ってたのなら変な話じゃないな!だからほら、彩音ちゃんももう少し落ち着いて、ね?」


 だが、そんな昔の事は当然覚えてなどいない様子の父さんと母さんは、焦っているような引きつった笑みを浮かべながら必死に言葉を振り絞って返事をしていた。


 しかしこうして、このやり取りだけでしーちゃんはあっという間にうちの両親を味方につけたのであった。

 感情で語るだけの彩音さんに対して、社交辞令を交えた大人な対応をするしーちゃんの方が、一枚も二枚も上手だった。



「じゃ、じゃあ!たくちゃんのどこに惚れたっていうのよ!?言ってみなさいよっ!」


「笑顔が可愛いところですっ!」

「分かるっ!!」


「普段興味無さそうにしててもちゃんと優しくて、面倒見がいいところですっ!」

「分かるっ!!」


「自己評価はそんなに高く無いんですけど、ここぞって時にはしっかりと言葉にしてくれるし、一緒にいてくれるだけでとても安心できる所ですっ!」

「分かりすぎるぅっ!!」


 即答するしーちゃんに、即返答する彩音さん。

 そして最後は、分かると言いながら何故か泣き崩れてしまった彩音さん――。



 ……えーっと?何ですかこれは?彩音さんは意味わからないし、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……。


 それから涙を拭きながら立ち上がった彩音さんは、その整った顔立ちも台無しになるような泣きべそを浮かべながらそっと口を開いた。



「……残念ながら、認めるしかないようね……」


 どうやら彩音さんは、しーちゃんの事を彼女として認めてくれたようであった。



「……生まれて初めて女としての敗北を味わったわ……なんでこんなに可愛くて有名人なのに、たくちゃんの事そこまで想ってるのよ……こんなの、勝てるわけないじゃない……」


 そして、ぼそっとそんな言葉を呟く彩音さんは、泣きべその中にも少し清々しいような表情を浮かべていた。



 負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる――俺はそんな有名スポーツ漫画の名言を思い出しながら、結果としては俺の思惑通りしーちゃんに敗北してくれた彩音さんには、今回の経験を活かしてこれからもっと素敵な姉になってくれたらいいなと思ったのであった。


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