114話「バイト、そして帰宅」

「それじゃあ、バイト行ってくる」


 俺はリビングでのんびり寛いでいる家族に向かって、バイトへ向かう事を伝える。



「はいよ、行ってらっしゃい」

「気を付けるんだぞー」

「帰りなんか買ってきなさいよー」


 母さん、父さん、そしてリビングのソファーで横になりながら煎餅を食べるている彩音さんが、それぞれ返事をしてくれた。


 ……うん、そんなうちの家族に普通に溶け込んでいる彩音さんだけど、気にしたほうが負けだ。


 だがこれは、別に今始まった話ではない。

 昔から一人っ子同士の俺達は一緒にいる事が多く、彩音さんはまるで本当の姉のようにこれまでも家族も同然の関係だったりするので、うちの父も母もそんな彩音さんの事を本当の娘のように可愛がっているのであった。


 まぁ実際従姉だし、そういう関係は別に悪く無いというか、俺からしても本当に姉がいるような感覚だから彩音さんが居てくれる事は嬉しい事でもある。


 ただ、それでも彩音さんはその性格に難がありすぎるのだ。

 その恵まれた容姿と、周りから溺愛されて育ってきてしまったが故、これまでの人生で一度も挫折や敗北を味わった事の無い彩音さんは、女版ジャ〇アンと例えるのがしっくりくる程、良く言えば人一倍自由な性格をしているのであった。


 もしそこが改善されれば、きっとその時初めて彩音さんは真の彩音さんへと進化するのだろう。

 しかし残念ながら、そんな傍若無人な彩音さん相手に女性としての格で敗北を味わわせる事が出来るような人間は、これまで一人も現れなかったのであった。



 ――でも彩音さん、負け知らずで居られるのも今日までだよ


 そう俺は心の中で呟きつつ、不敵な笑みを浮かべながら家族に向かって一言付け加える。



「あ、そうそう。バイト終わり彼女連れてくるから、家綺麗にしといてよ?」


 ――よし、言ってやった。


 これでもし、しーちゃんがうちに来る事を拒んで来たらそれまでだ。

 それでも俺は、宣戦布告せずにはいられなかった。


 これは彩音さんのためでもあるのだ。

 こうしてはっきりと宣言することで、傲慢な彩音さんにお灸を据える事が出来る唯一の存在がうちへやってくるためのお膳立てを揃える。


 そんな、これまでずっと彼女もいなかった俺のまさかの言葉に、父も母も目を丸くして驚き、そして彩音さんはつまらなそうに一回舌打ちをした。


 本当になんで、彩音さんは俺が幸せになる事がそんなに気に食わないのかとちょっと悲しい気持ちになりつつも、俺はそのままバイトへと向かった。



 ◇



 バイトをしながら、時計を確認する。

 このあと予定があると思うと、今日のバイトは何だか物凄く長く感じられた。


 それはきっと、このあとの事を考えているせいもあるのだろうが、それ以上にこれからしーちゃんとまた会えるという喜びと期待が俺をそうさせているのだろう。



 そして、20時50分を過ぎた頃、コンビニに一人の女性が入店してきた。


 白のトップスに黒のアンクル丈のパンツ、そして秋の夜は少し冷えるためベージュの薄手のレザーライダースジャケットを羽織ったしーちゃんの姿がそこにはあった。


 彩音さんも良い洋服を着ているのが一目で伝わってきたが、正直しーちゃんの着ている服の上品さはそれ以上だった。


 昼間のスウェット姿のしーちゃんもユル可愛かったけれど、今のその高校生とは思えない大人びた着こなしをするしーちゃんは、これからデートへ向かう美女そのものという感じで、思わず俺はそんなしーちゃんに見惚れてしまった。


 耳にはさりげなくイヤリングをつけており、そのぷっくりとした唇に塗られた艶やかな赤のリップはより大人っぽさを際立てていた。



「たっくん、来たよ♪」


 そして、俺に向かって可憐にニッコリと微笑むしーちゃんは、やっぱり天使そのものだった――。


 本当に嬉しそうに微笑むしーちゃんを見ているだけで、自然と俺も笑みが零れてしまう。

 それ程しーちゃんという存在は、やはり計り知れないような魅力に満ち溢れていた。


 つい数時間前会っていたというのに、もう会えない事が寂しくなっていて、そしてこうしてまた会えたことが堪らなく嬉しいんだから、本当に我ながら恋愛脳が加速しすぎだろと思いつつも、こんなしーちゃんが相手なら仕方ないよなと諦めもついていた。



「あと少しで上がりだから、ちょっとだけ待っててくれるかな?」

「うん、了解でありますっ!雑誌でも読んでるね!」


 しーちゃんは嬉しそうに一度敬礼をすると、そのまま俺の終わりを待ちながら雑誌コーナーで雑誌の立ち読みを始めた。


 前はよく、こうして雑誌を読んでるしーちゃんを観察したよなぁと思いながら、俺は他に客もいない事だし雑誌を立ち読みするしーちゃんにぼーっと見惚れていた。


 しーちゃんは何故かラーメンの情報誌を楽しそうに読んでおり、見ているだけでウキウキしているのが伝わってきた。


 それはきっと、この後の事を考えてウキウキしてくれているのだろうけど、傍から見たらただのラーメン大好きな女の子に見えて、そんなギャップすらもとにかく可愛かった。




 ◇



 バイトを終えた俺は、コンビニで彩音さんへのお土産のプリンを買って、しーちゃんと一緒にコンビニを出た。



「ん?プリン?」


 そんな何故かプリンを買った俺の事を、しーちゃんは不思議そうな顔をしながらも興味津々といった感じで聞いてきた。

 ちなみに勿論、しーちゃんの分も買ってある。



「その、さ、今日はしーちゃんさえ良かったらで良いんだけど、このあとちょっとうちに来ない?」


 そして俺は、やっぱりちょっと緊張したけど今日来てもらった目的を伝えた。


 当然しーちゃんに会いたかったというのが第一目的なのだが、これからしーちゃんを連れて帰ると家族に宣言したのは自分を追い込むための意味もあったのだ。


 家族に連れてくる宣言をした以上、俺はしーちゃんを連れて帰らないと流石に格好悪い……というか、俺の事を小馬鹿にしながら爆笑する彩音さんの姿が簡単に思い浮かんでくるから、やっぱり出来る事ならしーちゃんには一緒に来てもらいたかった。



「えっ!?た、たっくんの家!?」


 だが、いきなりそんな事を言われたしーちゃんはというと、当然驚いていた。

 いきなり彼氏の家に来ないかと言われたら、こうして驚くのが普通だろう。


 やっぱりまだ早かったかなと、段々弱気になっていく俺……。




「行きたい!!たっくんの部屋とか見てみたいっ!!」


 しかし、しーちゃんはその目をキラキラとさせながら、本当に期待に満ち溢れたような表情でそう返事をしてくれた。



「そっか、うん、いいよ、好きなだけ見ていって」


 だから俺は、急な誘いにも関わらず来たがってくれている事が素直に嬉しくなって、そんなしーちゃんの頭を優しく撫でながら返事をした。



 こうして俺は、しーちゃんと一緒に家へと向かって歩き出す。


 いつもは一人で歩く退屈な帰り道も、今日は隣にしーちゃんが一緒にいてくれるだけで、ずっと楽しくて幸せでいっぱいだった――。


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