113話「従姉」

 それから俺達はしーちゃんの作ってくれた昼ご飯を食べ、少しのんびりしたところで俺はバイトの支度もあるためしーちゃんの家をいよいよ出ていく事になった。


 玄関で靴を履く俺を、しーちゃんは見送ってくれた。



「たっくん、本当に行っちゃうんだね……」

「流石にバイトはサボれないからね」


 俺は寂しそうにするしーちゃんに、申し訳ない気持ちで返事をする。

 正直俺もまだ一緒にいたいけれど、バイトとはいえ仕事だから流石に勝手に休むわけにはいかなかった。



「……そうだね、じゃあ、たっくんちょっと」

「ん?どうした?」


 諦めが付いた様子のしーちゃんは、そう言って近くに来て欲しいようなジェスチャーをした。

 そんなしーちゃんのジェスチャーに従って、何だろうと思いながら俺が近づくと――しーちゃんはいきなり俺の頬っぺたにキスをしてきたのであった。



「――いってらっしゃいの、チューだよ」

「――う、うん、ありがとう」


 やっておいて、恥ずかしそうに顔を赤らめるしーちゃん。

 そんな様子もまた可愛すぎて、俺もまた顔が赤くなっていくのを感じた。


 こうして俺は、名残惜しいけどしーちゃんの家をあとにした。


 今は元々着ていた私服に着替えており、着ていたスウェットはちゃんと洗って返そうかと言ったのだが、しーちゃんは食い気味で「それはわたしが責任をもってちゃんと洗うから大丈夫だよ!」というので、悪いけれどお願いさせて貰った。



 こうして俺は、一回家に帰ってシャワーを浴び、着替えて支度をするとバイトの時間になるまで少し部屋でのんびりする事にした。


 だが、部屋で一人のんびりしていると、突然部屋を扉をコンコンとノックされた。



「はい?誰?」


 俺はその音に返事をすると、ガチャリと扉を開けて一人の人物が部屋へと入ってきた。



「やっほー!遊びに来たわよーん!ってか何?朝帰りならぬ昼帰り?たくちゃんもそういうお年頃なのかなぁ?お姉さんにちゃんと説明しなさいよ?」


 それはなんと、従姉である彩音さんだった。

 彩音さんは俺の4つ上で、今は大学2年生の女子大生だ。


 彩音さんは近くに住んでいる事もあり、たまにこうして俺の家に現れては自分の家のように寛いでいくのであった。


 そんな彩音さんは、女子大生らしく茶髪のロングヘア―にちょっと高そうな流行りのファッションを全身に纏っており、見た目は完全に都会の女子大生って感じだった。


 だが、彩音さんはバイト先の木下さんとは異なる点が一つだけあった。


 それは、彩音さんは通っている大学のミスコンで優勝する程、昔から美人として同世代では知らない人がいない程この地域では有名人だったりするのだ。


 確かに彩音さんは、俺と同じDNAが流れているとは思えない程整った顔立ちをしており、純日本人とは思えないようなハーフのような顔付きをしており、はっきり言って美人なのだ。


 だから彩音さんは、自分が美人な事を十分に自覚した上で、昔から俺が恥ずかしがるのを面白がって揶揄ってくるのであった。


 綺麗な従姉がいて嬉しいでしょ?従姉となら結婚も出来るんだよ?と言って、俺に思わせぶりな態度をとって遊ぶという、身内ながら本当に意地悪で小悪魔な女性なのであった。


 だが、昔の俺ならまんまと乗せられて恥ずかしがっていたのだが、今の俺には悪いけれどノーダメージだった。



 ――だって今の俺には、彩音さんでも追い付かない程の圧倒的美少女の彼女がいるから



「そうだよ、さっきまで彼女と会ってたんだよ」


 だから俺は一言、素直にそう答えた。

 俺にもちゃんと彼女が出来たから、もうそういう不毛な絡みは止めてくれと言うように。



「は?マジで彼女?たくちゃんが?マジで言ってんの?は、マジ?」


 何回マジって言うんだ彩音さん……でも残念ながら、マジなんです。



「俺ももう高校生なんだから、彼女ぐらい出来るさ」

「ど、どんな子よ!見せてみなさいよっ!どうせわたしより……ていうか、たくちゃん、何この部屋……」


 どんな彼女か見せて見ろと迫ってきた彩音さんだが、俺の部屋を見るなり露骨に呆れてしまった様子だった。


 彩音さんの視線の先にあるのは、俺がバイト先から持って帰ってきたエンジェルガールズのポスターだった。



「彼女がいるとか言いつつ、アイドルのポスターねぇ。まぁ確かに彼女達はわたしに並ぶ可愛さがあるかもしれないけど、そんな雲の上の存在追いかけても無駄なのよ……まぁわたしも雲の上なんだけどね」


 そう言うと、彩音さんは憐れむような視線を俺に向けてきた。

 そして、俺の肩にポンと手を置いて、言葉を続ける。



「本当は友達と遊んでたんでしょ、いいのよ強がらなくても……」

「いや、だから本当に――」


 反論しようとする俺の顔の前に手を広げた彩音さんは、やっぱり憐れむような表情を浮かべながら、顔を左右に振った。



「――いいの、まだたくちゃんは高校生なんだからこれからよ。それまでは、この美人な姉さんがたくちゃんを癒してあげるから、頑張りなさい」


 そう言って、そのまま俺の顔を掴むと、自分の胸で抱きしめようとしてくる彩音さん。


 でも、いくら従姉とはいえ、俺にはしーちゃんという大事な彼女がいるんだから、他の女性の胸元に顔を埋めるなんて真似はしたくなかったから、それから逃げるように慌てて飛び退いた。



「な、何するんだよ彩音さん!」

「は?何逃げてるの?わたしから」


 しかし、そんな俺の反応が気に食わないというように、露骨に不機嫌になった彩音さん。



「いいわ、そこまで言うなら彼女連れてきなさいよ!審査してあげるわよ!」

「はぁ!?」

「なに?見せられないの?今日は一日この家にいるから、連れてきなさいよ!」

「いや、俺この後バイトだし」

「じゃあ、そのあとでいいじゃない!」

「いやいや、21時とかに女の子連れてくるとか無いでしょ。明日も学校あるし……」

「はい言い訳おつー!本当はいないだけのやつー!」


 マジレスする俺に対して、どうしてもエア彼女だと証明したいだけの様子の彩音さん。


 本当に、なんでそんな俺に彼女がいない事を証明したいのか意味不明だが、流石にちょっと頭にきた俺は、それなら聞くだけ聞いてやろうじゃないかと思った。


 だから俺は、こっちを指さしながら嘲笑する彩音さんを無視して、しーちゃんに電話をかける。



「もしもし、しーちゃん?ごめんねいきなり」

「うん、どうしたのいきなり?」

「その、さ、本当に病み上がりの所悪いんだけどさ、今日の夜ちょっと会えないかなと思――」

「会えますっ!!」

「あ、そ、そっか、じゃあバイトが21時までなんだけど、その時間に迎えに行――」

「コンビニに行きますっ!!」

「あ、うん、でも夜道――」

「明るい道を歩くから大丈夫ですっ!!防犯ブザーとスプレーちゃんと持っています!!」

「そ、そっか、じゃあまぁ、うん、本当気を付けてね」

「分かりましたっ!!」

「それじゃあ、またあとで」

「はい、了解でありますっ!!」


 な、なんだったんだろう……とりあえずこれで、しーちゃんと会う約束は出来た。



「聞いてた?彼女くるから、逃げずにちゃんと待っててよ彩音さん」

「ふ、ふーん?いいわ、21時過ぎね!楽しみにしてるわよ!絶対わたしの方がいいんだからっ!!」


 何故か張り合う彩音さんは、そう捨て台詞を言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。

 どうせいつも通り、うちのリビングでこれからグダグダと過ごすつもりなのだろう。


 ということで、こんな下らない事にしーちゃんを巻き込んでしまうのは本当に申し訳ないのだが、これで早速会う理由が出来たのはちょっと嬉しかった俺は、21時になるのが楽しみで仕方なかった。


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