111話「今日は貴方だけの」
次の日。
気付いたら熟睡していた俺は目を覚ますと、隣に居たはずのしーちゃんの姿が無い事に気が付いた。
トイレかどこかへ行ったのだろうかと、俺はまだ覚め切っていない頭をなんとか起こしつつ時間を確認すると、まだ朝8時を少し回ったところだった。
何も日曜日にこんな早起きしなくてもと思った俺は、人の家だというのに睡魔に負けてまたベッドに倒れ込んでしまう。
倒れ込んだベッドからはしーちゃんの香りがして、何だかそれだけでリラックス効果があるというか、俺はまた夢の世界へと旅立つ――なんて事は勿論無かった。
何一晩でこの状況に馴染もうとしてるんだよと、寝ぼけていた自分を叩き起こす。
こうして目を覚ました俺は、とりあえずしーちゃんはどこに行ったのか家の中を探す事にした。
もしかしたら、また風邪が悪化してどこかで倒れているなんて事も、絶対に無いとは限らないよなと思いながら――。
寝室を出ると、何やらリビングの方から音がするため、俺はそのまま音のするリビングの扉を開けた。
「あ、たっくん起きた?おはよう」
リビングの扉を開けるとそこでは、キッチンで料理しているしーちゃんの姿があった。
もう体調は大丈夫なのか、すっかり元気な様子でいつものしーちゃんに戻っていた。
「……しーちゃん、え?どうして?」
「どうしてって、朝ご飯作ってるんだよ」
俺の問いかけに、見ればわかるでしょと言うように笑って応えるしーちゃん。
うん、確かに見れば朝ご飯を作っている事ぐらい俺にも分かる。
――けど、俺が聞きたいのはそこじゃない。
でも、それはきっと本人も分かって言っているのだろう。
あくまでその事には触れないで押し通そうとしているのが伝わってくる。
「とりあえず、たっくんは顔洗ってきて!」
「う、うん……」
こうして俺は、腑に落ちないけど言われるがまま洗面台で顔を洗ってくる事にした。
顔を洗い、それから歯を磨き終えた俺は、もう一度しーちゃんの待つリビングへと戻る。
するとそこには、俺が顔を洗っている間に調理を終えた料理をテーブルに並べるしーちゃんの姿があった。
そして、戻ってきた俺に気が付いたしーちゃんは、俺に向き直るとペコリとその頭を下げた。
「お帰りなさいませ御主人様……なんちゃって♪」
そう言って、悪戯っぽくペロリと舌を出すしーちゃん。
そう、しーちゃんは何故か今、以前俺に写真を送って来てくれた物と同じメイド服を身に纏っているのであった――。
◇
「……うん、それで改めて聞くけど、その恰好は?」
「え、メイドさんだよ?文化祭では仕方なくみんなに接客したけど、今日はお礼も兼ねてたっくん専属のメイドさんになってみました♪」
そう言って、その場で一回転したしーちゃんは「どうかな?」と可愛らしく聞いてくる。
しーちゃんが今着ているのは、エンジェルガールズの『あなただけの召使い』のPVで着ていたメイド服だった。
そんな、日本中の男子を熱中させたスーパーアイドル本人が、その衣装を着て今目の前で料理を振舞ってくれているこの状況、健全な男子であればこれの異常性と特別性を理解して貰えると思う……。
「えっと、いきなりで驚いたんだけど……めちゃくちゃ可愛いです」
「えへへ、ありがとう!あ、じゃあたっくんはここに……じゃなくて、こちらにおかけ下さいご主人様♪」
そう言い直したしーちゃんは、テーブルの椅子を引いてくれた。
なんだかまだよく分からないけど、そんなしーちゃんのご主人様としてメイドごっこに暫く付き合う事にした。
とりあえず、どうやらすっかり体調も良くなっているようなので、しーちゃんが元気に楽しそうにしてくれているのならそれで良かった。
テーブルには、ご飯とお味噌汁、それからベーコンエッグにサラダというなんとも健康的な朝食が並べられていた。
恰好はメイド姿でも、朝食はちゃんと朝食してくれているようでちょっと安心した。
――というか、やっぱりめちゃくちゃ料理上手だよなぁ
その浮世離れした容姿だけでなく、勉強も出来て、そしてこうして料理も上手なしーちゃん。
そんな、俺なんかには勿体無いような完璧な女の子が、自分の彼女で、今はこうしてメイド服というサービスまでして朝食を作ってくれている。
もうそれだけで、俺の胸は正直いっぱいだった。
こんなに幸せな朝を迎えてしまっていいのだろうかという、罪悪感すら湧いてきてしまう程に……。
「じゃ、冷めないうちに頂きます」
ちゃんといただきますをして、俺はしーちゃんの作ってくれた朝食を冷めないうちに頂く事にした。
お味噌汁はお出汁が効いていてとても美味しく、他の料理もほっとする味わいでどれも本当に美味しかった。
「どれも美味しいよ、ありがとう」
だから俺は、作ってくれたしーちゃんににっこりと微笑みながら感謝を伝えた。
もししーちゃんがこのままお嫁さんになってくれたら、毎朝こんなに美味しい朝食を食べれたりするのかななんて考えてしまう。
「口に合ったなら良かった」
向かい合って一緒に朝食を取るしーちゃんは、嬉しそうに手を合わせながら、天使のように微笑んでくれた。
もう本当に、男の理想を具現化したようなしーちゃんという存在は、もしかしたらその笑みだけでなく本当に天使なのかもしれないなと思った――。
◇
朝食を終えた俺は、せめてものお礼として洗い物をさせて貰う事にした。
しーちゃんはわたしがやるよと言ってくれたのだが、このままお世話になりっぱなしなのは流石に気が引けるからと引き受けた。
それにまだ病み上がりのしーちゃんには休んでいて欲しかった――のだが、しーちゃんは洗い物をする俺の後ろにピッタリとくっついて離れなかった。
「しーちゃん?」
「なーにたっくん?」
「えっと、ちょっと洗い辛いかなーって」
「へーきへーき!大丈夫だよー♪」
後ろから手を回して、洗い物する俺に嬉しそうに抱きついてくるしーちゃん。
なんていうか、今のしーちゃんを例えるなら犬のようで、もし尻尾があったらブンブンと振っているんだろうなという懐きようだった。
ここなら誰も見てないし、体調も良くなった今のしーちゃんはリミッターが外れたように全開で、俺の側を離れようとはしなかった。
そんな、いつにも増して可愛いしーちゃんにくっつかれながらする洗い物は、正直ずっと続けていたいと思える程幸せだった――。
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