110話「おやすみの……」
風呂と歯磨きを終えて部屋に戻ると、しーちゃんのベッドの隣には敷布団が敷かれていた。
なんとしーちゃんは、俺が風呂に入っている間に布団を用意してくれていたのだ。
「え、言ってくれれば自分でやったのに」
「ううん、これぐらい平気だから」
そう答えるしーちゃんは、お行儀良く既にベッドで横になって休んでいた。
それはまるで、俺にこう言われる事を予め分かっていたため、ちゃんと休んでますアピールをしているようだった。
まぁ、もう済んだことをあーだこーだ言っても仕方ないし、してくれた事には感謝しないとなと思った俺は「そっか、ありがとね」と感謝を伝えた。
時計を見ると、早いものでもう22時を少し回っていた。
いつも寝ている時間よりはまだ早いのだが、隣には病人のしーちゃんもいる事だし今日は早めに寝ようと思った俺は、断りを入れつつ部屋の電気を消した。
そしてそのまま、しーちゃんの敷いてくれた布団の中へと入る。
「じゃ、早めに寝ようか。何かあったら起こしてくれていいから何でも言ってね。おやすみしーちゃん」
そして横になった俺は、しーちゃんに向かっておやすみを伝える。
すぐ隣でしーちゃんが寝ているという今の状況は、正直言ってめちゃくちゃ緊張するわけだが、相手は今熱がある病人なのだから変な事を考えている場合じゃないと自分を戒めた。
とりあえず今日は早く寝て、明日に備えよう。
そう思いながら、俺は早くしーちゃんの体調が良くなる事を祈りつつ目を閉じた。
「……何でもいいの?」
「……ん?うん、いいよ」
「……じゃあ、早速お願いしてもいいかな」
しかし、眠ろうとする俺に向かって、しーちゃんは早速お願いごとがあると少し気まずそうにしながら話しかけてきた。
「うん、どうした?吐き気とかする?」
「……いや、そうじゃなくって……もうちょっとその、お話してたいなって思って……」
何かあったのかと心配した俺は、ちょっと拍子抜けしてしまった。
でも、そんなしーちゃんからの可愛いお願い事を断る理由なんて何も無かった。
「いいよ、じゃあしーちゃんが眠れるまで話そっか」
そう言って、俺はしーちゃんのいるベッドの方を向いた。
すると、ベッドの奥の小窓から月明りが差し込んできており、しーちゃんもこっちを向いているのが分かった。
「あ、たっくんの顔が見えた」
そしてその月明りは、同時に俺の顔も照らしているようだった。
俺の顔が見えるのが嬉しいのか、しーちゃんの弾んだ声が聞こえてくる。
「こっちからはよく見えないのに、ちょっと不公平だな」
しかし、こっちからはしーちゃんの顔がはっきりと見えない事に、俺は冗談交じりに不満を漏らした。
しーちゃんが今どんな顔をしているのか、こんなに近くにいるのにこっちからはよく分からないという事が、何だか少し歯がゆかった。
「……じゃあ、たっくんも……こっち、来る?」
そう言って、自分の布団を少し広げるしーちゃん。
俺は突然訪れたこの状況を前に、どうしていいものか全然思考が追い付かなかった。
「……い、いいの?」
「……うん、そっちの方が、その、安心……できるから……」
そんなしーちゃんの言葉に、俺は今日一番のドキドキに襲われる。
そして、しーちゃんにここまで言わせておいて、俺ももう止まる事なんて出来なかった。
「じゃ、じゃあ、そっち行くよ?」
「うん……」
そう断りを入れつつ立ち上がった俺は、しーちゃんの眠るベッドの隣に立った。
するとしーちゃんは、すすすっと奥に詰めて俺の眠る分のスペースを開けてくれたため、俺はそのまましーちゃんの開けてくれた隣のスペースで横になった。
布団の中には、先程まで居たしーちゃんの温もりがそのまま残っていて、それだけでもう俺の心のドキドキは限界寸前の状態だった。
だが、そんな俺の状況なんて露知らず、しーちゃんは俺の手をそっと両手で掴んできたのであった。
「たっくんと一緒に寝れるなんて、夢みたい……」
そしてしーちゃんは、隣で天使のように微笑みながら小さくそう呟いたのであった。
そのまま同じベッドの上で、見つめ合う二人――。
「ねぇたっくん……」
「ど、どうした?」
「おやすみの、チューしよっか……」
そう言ってしーちゃんは、俺の顔の前に自分の顔を寄せながら両目を閉じた。
だから俺は、言われた通りしーちゃんの唇にそっと自分の唇を重ねた――。
「……これでいい?」
「……んー、まだ眠れないから、もう一回」
「今日のしーちゃんは、よく甘えるね」
「沢山甘えるから、覚悟してねって言ったでしょ?」
最初に言ったよねと、ニヤリと微笑むしーちゃん。
確かにそんな事言ってたなと思った俺は、そんなしーちゃんを黙らせるためにも再びキスを交わした。
「……えへへ、幸せ過ぎてヤバイかも」
「……本当にね」
そう言って、俺達はお互いの額を重ね合いながら笑い合った。
「ねぇたっくん、もっとくっついてても、いい?」
「うん、いいよ」
それじゃあ失礼しますと、しーちゃんは握っていた俺の腕を持ち上げると、そのまま自分の頭の下に俺の腕を回して枕にした。
「やった、たっくんの腕枕」
「これは中々……」
初めてしたその腕枕は、常に近くにしーちゃんを感じられてとても良いものだった。
こうして俺達は、すぐ隣にお互いの体温を感じながら、気が付いたら眠りについていたのであった――。
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