109話「お風呂」

 コンビニからマンションへ戻ってきた俺達は、とりあえず買ってきたご飯を温めて食べる事にした。


 お昼に薬を飲んだきりのしーちゃんは、もう19時を過ぎているため薬の効果も切れてきているのであろう。

 その表情はまた少し辛そうにしていたので、まずはしっかりと食事を済ませて貰ってから、ちゃんと薬も飲んで貰った。


 こうして食事を済ませてから寝室へと戻った俺達は、とりあえずしーちゃんには横になって貰い、それからする事も無いためテレビを見ながらゆっくりする事にした。


 その間、しーちゃんには体温計で熱を測って貰ったのだが、37.5度とまだ熱はあるものの、恐らく来た当初よりは大分熱は下がってきているようなので安心した。




「ちょっと楽になってきたかな。今のうち、お風呂済ませちゃわないと……」


 暫く横になっていたしーちゃんは、そう呟きながらベッドから立ち上がった。

 ちゃんと薬が効いているようで、その表情は随分と和らいでいた。


 高熱が出ている時はお風呂は控えた方がいいだろうが、このぐらいの体温であれば大丈夫かなと思った俺は、何か手伝える事はないか聞いてみる事にした。



「大丈夫?何か手伝う事とかある?」

「ううん、大丈夫だよありがとう。あ、わたしが入ったあとで悪いけど、たっくんもお風呂使ってね」


 心配する俺に、しーちゃんは微笑みながら大丈夫と返事をすると、俺にもお風呂を使ってねと言ってきた。


 そっか、俺もお風呂に入るんだもん、な……。

 そんな事を考えながら俺は、お風呂へ入るため部屋から出ていくしーちゃんの背中を見送った。


 しーちゃんのあとのお風呂……それってやっぱり不味くないか?

 正直、頭の片隅では考えていたのだが、いよいよそれが現実となろうとしている事に俺の心拍数はどんどんと上がっていく。


 多分、客観的に見たら別に彼氏が彼女と同じ浴室を利用する事なんて、何も特別な事じゃないんだと思う。

 けど、そういう経験も何も無い俺にとっては、やっぱり刺激が強いのだ。


 そして今頃、しーちゃんはこれから俺が使うであろうお風呂で身体を洗っているんだろうなとか思うと、それだけでもうやばいぐらいドキドキしてしまうんだから仕方ない。



 ――ダメだ、考えれば考える程沼にはまっていってしまう……ッ!


 とりあえず、俺は気を紛らわすためにもテレビを観てやり過ごす事にした。


 しかし残念ながら、いくらテレビから流れるバラエティー番組を見たところで、今の悶々とした俺の頭には何も入って来なかったのであった――。





 ◇



 それから一時間ぐらい経っただろうか、お風呂の扉が開かれる音が聞こえてきた。


 女の子のお風呂がどれぐらい掛かるものかよく分からなかった俺は、もしお風呂で倒れてたりしたらどうしようとか思いながらも、だからと言って様子を見に行くのもどうなんだろうかと迷っていたのだが、どうやらそれは杞憂で終わった事にほっと一安心した。



 それから、髪を乾かしているのであろうドライヤーの音が聞こえてくる。


 そんな生活感というか、こんな時間に二人だけなんだという実感が湧いてきて、ここで起きる事一つ一つが俺のドキドキを一々加速させていくのであった。


 そして、お風呂から出て更に30分ぐらい経っただろうか、ようやくお風呂を終えたしーちゃんが部屋へと戻ってきた。


 しーちゃんは黒色のパジャマを着ており、どうやら元々着ていた物の色違いのようだった。

 相変わらずその、すらっと伸びた足が美しい……。


 そしてシャンプーの香りだろうか、まだお風呂に入りたてな事もあり、しーちゃんが部屋に入ってきた途端、甘い良い香りが部屋中に満たされていく。



「お待たせたっくん。お風呂入ったら大分すっきりしたよ」

「おかえり、それは良かった。でも身体冷やさないように温かくするんだよ」

「はーい!」


 俺の言葉に元気よく返事をするしーちゃんは、そのまま何故か座っている俺の後ろに回り込むと、そのまま「えいっ!」と言って後ろから抱きついてきた。


 そんなしーちゃんの突然の行動に、俺の心臓はまた一気に跳ね上がる。

 背中のしーちゃんからはやっぱりシャンプーの良い香りが鼻をくすぐり、そして背中に当たるその柔らかい感触含め、なんていうかもう本当に色々やばかった――。



「たっくんもお風呂入って来て、もうタオルとか置いてあるから」

「う、うん、ありがとう。そうするよ」


 それじゃあと俺はお風呂へ向かうべく立ち上がろうとするが、後ろから抱きついてくるしーちゃんはぎゅっとその腕に力をこめてくる。



「……でも、もうちょっとだけこうしてても良いかな」

「……いいよ、お好きなだけどうぞ」


 こうして俺は、言われるがまま後ろから嬉しそうに抱きついてくるしーちゃんを暫く堪能した。


 抱きつきながら「たっくんの匂いがして、落ち着くなぁ」と不意に呟かれたしーちゃんの一言は、これまでしーちゃんに言われてヤバいと思ったワードトップ3にランクインする程、俺の心をドキリとさせるには十分すぎた。




 ◇



 俺はしーちゃんの用意してくれたスウェットを手に持ち、浴室へと向かう。

 取り出してみて気付いたのだが、なんとスウェットの下には黒のボクサーパンツまで用意されており、流石にパンツまで用意してくれていた事には驚いた。


 でもまぁ、正直下着も変えたかったから助かると思った俺は、有難くパンツも使わせて貰う事にした。



 ――そしてついに、浴室へと足を踏み入れる。


 扉を開けた途端、先程のしーちゃんからした香りと同じ香りが漂ってくる。

 だがもう、ここまで来たら引くわけにもいくまいと、とりあえず無心でお風呂を済ませてしまおうと腹を括った俺は、そのまま有難くシャワーを浴びる事にした。


 置かれているシャンプーもリンスも見た事の無いボトルに入っていて、ドラッグストアとかで売っている市販の物とは別物なんだろうなと思いながら、俺はそれらを手に取って早速頭から洗ってみる事にした。


 そのシャンプーの香りは、当然先ほどのしーちゃんからした香りと同じで、これはちょっとヤバいなと思いながらもその香りに包まれるのが嬉しかった俺は、それからしーちゃん御用達の石鹸を使って全身も隈なく洗った。



 こうして、初めてのしーちゃんの家でのお風呂を済ませた俺だが、今回の件で一つだけはっきりと分かった事があった。



 それは――





 良いシャンプーはやっぱり違う!



 ノンシリコンってやつだろうか?いつもよりなんだかツヤツヤになったように感じられる自分の髪を乾かしながら俺は、あとでどこのシャンプーかしーちゃんに聞いてみようと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る