108話「一緒にコンビニ」
着替えを終えたしーちゃんと共に、玄関を出る。
着替えてきたしーちゃんは、黒のゆったり目のパーカーに黒いジャージ生地のパンツ、それから白のシンプルなスニーカーを履いており、そんないつもと違う大分ラフな格好をしたしーちゃんも正直物凄く可愛かった。
「行こっ!たっくんっ!」
そして、玄関を出るとしーちゃんが嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
なんていうか、こうして一緒に家から外に出て出掛けるっていうのは、上手く言えないけど凄く良いなって思った。
――もし同棲したら、こんな感じなのかなぁ
そんな事を考えながら、俺はしーちゃんと共にコンビニへ向かった。
コンビニまでの道のり、しーちゃんと手を繋ぎながら一緒に歩いているだけでとにかく幸せだった――。
向かった先は、俺のバイトするコンビニだった。
いつもしーちゃんが買い物に来るから、何も言わずに自然と俺達はこのコンビニへ向かってきたのだが、コンビニの目前までやってきたところで俺はとある事に気が付いてしまった。
――あれ?ていうか、ここより近いコンビニあるよな?
ここが決してしーちゃんの家から遠いわけではないが、駅前にあるしーちゃんの家からはここより近くのコンビニはあるのだ。
なのにしーちゃんは、毎回俺のバイトするコンビニまで来てくれていたのである。
そんな、ここにきて判明した小さな真実に、俺は思わずクスリと笑ってしまった。
――そっか、しーちゃんは最初から俺に会いに来てくれてたんだな
変装までして、毎回この距離を移動してコンビニまで来てくれていたしーちゃん。
俺はそんな健気すぎるしーちゃんの事が、より一層愛おしく思えてきた。
「ん?たっくんどうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
俺は笑って返事をすると、堪らずしーちゃんの頭を優しく撫でた。
訳も分からず突然頭を撫でられるしーちゃんだが、「えへへ」と幸せそうに微笑んでくれていた。
◇
ピロリロリーン
コンビニの扉を開けて、店内へ入る俺達。
するとレジには、今日はバイトの先輩の木下さんがシフトに入っていた。
「あれ?イッチーじゃん」
「あ、木下さんどもっす」
俺は木下さんに挨拶する。
木下さんは、現在大学二年生の女子大生で、本当に今時な女子大生といった感じの女性だ。
最近新しい彼氏が出来たらしく、たまにシフトが被る時はよく惚気話に付き合わされたりするのだが、暇の多いバイト中はそんな話でもしないより全然楽しかったりする。
他人の惚気話を延々と聞かされるというのは正直疲れるけれど、その中で木下さんから時々語られる女心は参考になるし、彼女の出来た今の俺にとっては他のカップルがどういう事しているのかというのは結構興味深かったりするのだ。
「ん?何?もしかしてイッチーの彼女さん?うっそー!よく見……なくても可愛いし、可愛すぎ?てかあれ、なんかどこかで……」
俺の隣にしーちゃんが居る事に気が付いた木下さんは、俺の事を揶揄おうと最初は笑ってきていたのだが、しーちゃんの浮世離れした容姿に気が付くとその様子は段々と変わっていった。
「え、うそ、しおりん……?はっ?えっ!?」
そして、俺の隣にいるのがしおりん本人だとようやく気が付いた木下さんは、そのまま口を大きく開けて驚いていた。
「どうも、たっくんの
そんな驚く木下さんに向かって、ペコリと頭を下げて自己紹介をするしーちゃん。
……なんかやたらと、「彼女の」という言葉を強調していたのは気のせいじゃないだろう。
そんなしーちゃんはというと、熱があるけどすっかりアイドルモードのスイッチをオンにしており、ニコニコと微笑んでいた。
「え、あ、どうも、イッチーと同じバイトの、き、木下です……」
「……イッチーですか」
そんなしーちゃんのアイドルスマイルを向けられた一般女子大生の木下さんはというと、当然のように動揺してしまっていた。
そして、しーちゃんはしーちゃんで、アイドルスマイルを浮かべながらも木下さんの言った「イッチー」という言葉に反応していた。
――そっか、もしかしてしーちゃん、同じバイトに女の人がいるから気にしてるのかな
そう思った俺は、とりあえずしているのかもしれない誤解を解くため、動揺する木下さんに話しかける事にした。
「あっ、木下さん、その後彼氏さんとはどうなんですか?相変わらずラブラブしてるんですか?」
極力自然な感じを装いながら、俺は木下さんにニッコリ笑って話しかける。
彼氏とどうなんですかと聞く事で、とりあえず木下さんには他にちゃんと彼氏がいるという事を遠回しにしーちゃんに伝えるために。
「え?あ、あぁ、うん、順調だよ?なんで今……?」
しかしこんな状況で、突然空気が読めないような質問をする俺に戸惑う木下さんだったが、ちゃんと順調だと返事をしてくれた。
そんなやり取りを見ていたしーちゃんはというと、相変わらずアイドルスマイルを浮かべたままなのだが、その奥にはどこか安心するような和らぐ感じが現れていた。
「そうなんですね、彼氏がいるって幸せですよね」
「え、うん、そ、そうですね。え、てかなんでわたし、しおりんと恋バナしちゃってるの!?」
木下さんの呟きは、ご尤もだった。
こんな地方のただのコンビニでバイト中に、突然誰もが知ってるようなアイドルと恋バナするなんて誰も思わないだろう。
それこそ、全国探しても多分木下さんぐらいだと思う――。
「おっと、あんまり話してるとバイトの邪魔しちゃうから、さっさと買い物しちゃおうか」
「そうだね!」
こうして俺は木下さんを助けつつ、本当に邪魔しちゃ悪いからさっさと買い物を済ませちゃう事にした。
◇
「とりあえず必要なのは、スポーツドリンクと、消化のいいものかなぁ。どう?体調は平気?」
「うん、大丈夫だよ、えへへ」
俺が心配するのが嬉しいのか、また俺の腕にしがみ付いてくるしーちゃん。
そんな今日はやたらスキンシップの多いしーちゃんにドキドキしながらも、一緒に店内を回ってスポーツドリンクとお茶、それから弁当コーナーでしーちゃん用のお粥と俺の晩御飯となる弁当をカゴに入れた。
「あーあ、わたしが元気ならちゃんとたっくんに料理したかったのになぁ……」
「ありがとね。じゃあそれは、また今度の楽しみにしておくよ」
「うんっ!たっくんの胃袋掴んじゃうんだからねっ!」
腕にしがみ付きながら、そう言ってニヤリと小悪魔な笑みを浮かべるしーちゃん。
……でもしーちゃん、俺はもうしーちゃんのお弁当でとっくに胃袋掴まれてるんだけどねと言いたかったが、そんなしーちゃんが可愛かったのでとりあえず黙っておく事にした。
こうして必要なものをカゴに入れた俺達は、ぎこちない木下さんの待つレジでお会計を済ませると、そのまま真っすぐしーちゃんの家へと帰ったのであった。
そして最後のお会計の時、ここはわたしに払わせてと言うしーちゃんは、1円単位でピッタリとお会計を済ませていたのであった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます