107話「お泊まり」

「泊まるなら、着替えとか必要だよな――」


 しーちゃんの家に、泊まる事になった俺は、それならばと必要なものを考えた。


 着替えとか、歯ブラシとか、あとは食事もどうしたらいいんだろうか――。



「……あ、たっくん、えっと、その……」


 とりあえず、一回家に帰って荷物取ってくるかなとか考えていると、そんな考え中な俺に気が付いたのであろうしーちゃんが話しかけてきた。


 しかし、その様子は慌てているようなテンパっているような探るような、たった一言の中にも挙動不審要素がふんだんに詰まっていた。



「ん?どうした?」

「……そ、そこのタンスの一番下の引き出し開けてみて、くれるかな」

「あそこ?え、うん。いいけど……」


 一体何事かと思えば、しーちゃんはタンスの引き出しを開けてくれとお願いしてきたのであった。

 なんだそれぐらいと思った俺は、何があるのかは知らないが病人のしーちゃんに代わって言われた通りその引き出しを開けてあげる事にした。



 ――するとそこには、グレーのスウェットと歯ブラシセットが一つ置かれているのであった。



「え、これ」

「えっと……その、実はたっくんがいつか、泊まりに来たりしちゃったりするのかなぁ~と思いまして……」


 恥ずかしそうにしながらも、しーちゃんはこのお泊りセットが揃っている理由を正直に教えてくれた。


 そりゃ、でかでかとメンズ用と書かれたビニールに包装されたスウェットの上下なんて、それ以外の理由でしーちゃんが持ってたら困るからなと思いながら、俺はそんな用意周到なしーちゃんが可愛くて、思わずクスリと笑ってしまった。


 まぁ俺は彼氏なんだし、しーちゃんは一人暮らしなんだから泊まりに来るかもしれないと思うのは分かるけど、そんな話これまで一回もした事も無いのに、既にこういう場面に備えてちゃっかり用意してくれていた事がなんだか健気で可愛かった。



「そっか、じゃあ有難く使わせて貰うよ」

「うぅ……笑わないでよぉ……」


 嬉しさから思わず笑みが零れてしまう俺を見て、しーちゃんは恥ずかしそうに布団の中に隠れてしまった。



 ――本当に、何から何まで可愛いよな。



 こうして俺は、用意周到なしーちゃんのおかげで無事お泊りする準備が整ったのであった。




 ◇



「あ、これ」


 とりあえずしーちゃんには引き続き横になって貰い、する事が無い俺はなんとなく部屋を眺めていると、テレビ台にDVDが並べられている事に気が付いた。


 そこには、エンジェルガールズがこれまで出したのであろうDVDが並べられており、当然エンジェルガールズだったしーちゃんは恐らくその全てをコンプしているのであった。


 へぇーと思いながらそのDVDを手に取ってみると、当然エンジェルガールズのメンバーの写真がジャケットになっており、その真ん中には今隣でダウンして横になっているしーちゃんがでかでかと載っていた。



「は、恥ずかしいからあんまり見ちゃやだよぉ……」

「まぁまぁ、可愛いじゃん」

「か、可愛い!?……ま、まぁそれならいいけどさ」


 ツンデレにもならない、あまりにもチョロいしーちゃんから許可を頂いた俺は、それから並べられたDVDを一つずつ手に取ってジャケット鑑賞を始めた。


 しかし、こうして見ると本当に沢山の種類が出てるんだなぁと思った。

 最初の頃の初々しい感じから、新しくなるにつれて段々とアイドルとして成長していくのがジャケットだけでも伝わり、これまでしーちゃんは一生懸命アイドルとして頑張って来たんだよなって事も伝わってきた。



 そして、一番端に置かれていたDVDを手に取ると――それは、しーちゃんの引退ライブのものだった。



 これまでで一番大きい会場で行われたそのライブは、最後までしおりんを応援するために集まったファンのみんなで満席になっており、その会場の中心で手を振るしーちゃんの姿がジャケットになっていて、なんだかもうこのジャケットを見ているだけでも十分過ぎる程エモかった――。


 このライブを最後に、絶対的センターのアイドルしおりんは引退したんだよなと、エンジェルガールズのファンでもある俺はちょっと感傷的になってしまった――。







「へくちょん!んんー、誰か噂してるなぁー?ちくしょうめー」




 しかし、そんなまさにアイドル界の頂点だったとも言える当の本人はというと、俺の隣でクシャミをしながらおじさんみたいな独り言を呟いているのであった。



 そのあまりの落差に俺は、思わずプッと吹き出してしまった。

 発言はおじさんそのものだけど、その可愛らしい声とのギャップがなんとも言えなかった。


 そんな、さっきまでのエモさを台無しにしてくれたユルユルなしーちゃんだけど、これはこれでやっぱり魅力なんだよなと思った。



「……聞いてた?」

「うん、聞いてた」


 そして、そんな独り言を聞かれてしまったしーちゃんはというと、また恥ずかしそうに布団の中に隠れてしまったのであった――。





 ◇



 早いもので、外はすっかり日も暮れていた。

 時計を見ると既に18時を回っており、昼から何も食べていない俺もそろそろ空腹を感じきたところだった。



 ――とりあえず、晩御飯はコンビニでいいかな?ついでに飲み物とかも買ってきてあげたいし。


 そう考えた俺は、とりあえずこれからコンビニへ向かうためしーちゃんに声をかける。



「ごめんしーちゃん、一回コンビニに行ってこようと思うから、ちょっと待っててくれるかな」

「コンビニ?」


 俺はちょっと出かける事を断り入れると、しーちゃんはコンビニという単語に何故か反応した。


 そしてしーちゃんは、むくりとその上半身を起こした。



「……わたしも行く」

「いや、駄目だよ休んでなきゃ」

「やだ、行きたい」

「いやいや」

「わたしもたっくんと行きたい!」


 休んでなきゃ駄目だよと止める俺の言葉を、頑なに聞き入れてくれないしーちゃん。

 もうしーちゃんの中では、これからコンビニへ一緒に行くことは確定事項のようだった。



「絶対迷惑かけないから、お願いたっくん」

「はぁ……分かったよ」


 そして、潤んだ瞳で懇願してくるしーちゃんに根負けした俺は、一緒に行くことを渋々許可した。


 正直休んでて欲しいし、何でそんなにコンビニ行きたいのか分からないけれど、まぁ食べ物の好みとかもあるだろうし、すぐ近くのコンビニに行くぐらいなら大丈夫かと受け入れてしまった。


 すると、しーちゃんは本当に病人か?と疑いたくなる程とても嬉しそうに立ち上がると、そのままタンスから服を取り出した。



「ちょっと着替えてくるから、待っててね!あ、覗いちゃダメだぞぉ」

「はいはい、覗かないから着替えておいで」

「えー、たっくんなら一回だけ特別に覗いてもいいよ?なんてねっ!行ってきまーす!」


 天真爛漫なしーちゃんは、そんな小悪魔過ぎる言葉を残しつつ、そのまま楽しそうに部屋から出て行った。


 こうして残された俺はというと、最後のしーちゃんの一言に悶々としてしまったのは言うまでもなく、しーちゃん以上にチョロいな自分と思ったのであった――。

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