105話「二人きり」
「あれから連絡無かったから心配してたんだけど、とりあえずしおりんが無事ならいいわ。ありがとうね、たっくん」
「いや、住所教えて貰ったのに連絡遅れて本当に申し訳ない」
しーちゃんを寝かせて寝室を出た俺は、起さないようにリビングへ移動し、まずはあかりんに電話で状況を報告した。
トップアイドルとして毎日忙しいはずなのに、こうして俺なんかの電話に出てくれるのは本当に助かった。
もしあかりんが繋がらなかったら、俺は今こうしてしーちゃんの近くに居る事が出来なかっただろうから、本当にあかりんには頭が上がらない思いで一杯だった。
「いいわ、無事で済んだみたいだしもういいよ。そんな事より、流石にわたしもそっちには行けないから、今日はしおりんの事宜しく頼んだわよ?」
謝る俺に、しーちゃんが無事ならいいと水に流してくれたあかりん。
しかし、それからあかりんはちょっと含みのある言い方で、今日は行けないから俺に看病を任せると言ってきたのであった。
「いや、い、いいのかなここに居て……」
「たっくんは彼氏なんだし、しおりんを悲しませるような事しないでしょ?」
「も、もちろん!」
「じゃあ良いんじゃないの?目を覚ましてたっくんが居たら、きっとしおりんも喜ぶわよ」
あかりんはそう言うと、「じゃ、これからすぐ次の仕事あるからあとは頑張ってね」と、そのまま電話を切られてしまった。
目を覚まして、俺が居たら喜ぶか……まぁ、それは多分そう思って貰える気はする、うん。
でも同時に、意識がはっきりして俺が居る事に気が付いたら、きっとしーちゃん慌てるんじゃないかなと心配になる気持ちもあった。
何故なら、俺は今キッチンの流しで使った食器類を洗っているのだが、ふと視線をリビングの方へ向けると、そこにはまだ部屋干しされたままとなっている洗濯物が吊るされているからだ。
俺がいるのに、洗濯物を干したままな事に気が付いたらきっと慌てるだろうなぁと、とりあえず彼女とは言え女の子の洗濯物をあまりジロジロ見るのは良くないと思った俺は、洗い物に集中――しようとするのだが、正直そんなリビングの一角が気になって仕方が無かった――。
そう、今までしーちゃんの事で必死だったけれど、改めて俺は今しーちゃんが一人暮らしする家に上がってしまっているという状況に、今更ながらドキドキしてきてしまったのであった――。
◇
俺は寝室に戻り、額に置いた濡れハンカチを交換してあげた。
薬が効いてきているおかげか、リラックスした表情で寝息を立てるしーちゃんの寝顔を、俺はまた隣で見守っていた。
しーちゃんが眠りについて、1時間ちょっと経つだろうか。
その間、俺はあかりんとの電話や洗い物を済ませて、それからまたこうしてしーちゃんを見守っているわけだけど、大好きな相手の寝ている姿というのはいつまででも見ていられるものなんだなと思った。
今日は土曜日で元々一緒に出掛ける予定であったため、この後特に予定があるわけでもない。
そんな、ただゆっくりと時間だけが流れる二人だけの空間が心地よかった。
ちゃんとすぐ近くにしーちゃんの姿がある、それだけで俺は十分だと思えた――。
「ん……あれ、たっくん?……夢?」
それからどれぐらい時間が経ったのだろうか、スヤスヤと眠っていたしーちゃんが目を覚ました。
「おはよう、しーちゃん。夢じゃないよ、気分はどう?」
俺はそんなしーちゃんに、ニッコリと微笑みながらおはようの挨拶をする。
薬と睡眠のおかげか、大分体調も良くなっている様子だった。
「そ、そっか、わたしたっくんに看病して貰ってたんだった……」
しーちゃんは、思い出すように今の状況を口にする。
そして、俺の顔を恥ずかしそうに見ると、布団で口元を隠しながら「ありがとう」と小さく呟いた。
そんな寝起き早々可愛すぎるその仕草と、ベッドの上という今の状況に、俺の心は一気にドキドキと高鳴り出してしまう。
しーちゃんは風邪を引いてるんだから、変な事を考えてる場合じゃないだろ!と自分を戒めるものの、そんな俺の決意を足元からグラグラにしてくる程、今のしーちゃんの破壊力は凄まじかった。
「と、とりあえず薬も効いてるみたいだし、良かったよ!」
「うん、おかげさまで楽になったよ」
これからどうしたら良いのか分からず、恥ずかしさからつい挙動不審になってしまう俺を、しーちゃんは面白そうに笑っていた。
そんないつもとは逆の状況なのだが、しーちゃんは今ここに俺が居る事は意外と平気なんだなと思った。
すると、ベッドで横になっていたしーちゃんは、「よいしょっ」と言ってベッドから上半身を起こすと、もう大分回復しているようでそのまますくっと立ち上がった。
こうして立ち上がった事で、上下モコモコの寝間着を着ているしーちゃんの全身が露わになる。
上はパーカーだが、下は丈の短いパンツになっているため、しーちゃんのそのすらっと伸びた綺麗な生足に思わず俺は目を惹かれてしまった――。
そんな俺の視線に気付いたのか、ようやく自分の今の格好に気が付いたしーちゃんは、恥ずかしがるように耳まで真っ赤にしていた。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくる、ね」
「う、うん。いっトイレ……」
そう言って、恥ずかしそうに部屋から足早に出て行くしーちゃんは、誤魔化すために咄嗟に出た俺の渾身のギャグにも気付いてはくれなかった。
そして、トイレへ行く前にリビングに立ち寄ったのであろうしーちゃんから、「あぎゃっ!」というこれまで聞いた事の無い悲鳴のような叫び声が聞こえてきたのであった。
そんなしーちゃんの叫び声を聞きながら俺は、同じくこの状況をどうしていいか分からなくなりつつも、そういえばしーちゃんのアイドル時代のイメージカラーも白だったなぁと一人納得したのであった――。
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