104話「看病」

「し、しーちゃん!?大丈夫!?」


 扉を開けるとそこには、玄関で倒れているしーちゃんの姿があった。

 その顔は赤く、瞳は閉じているが吐く息は荒くとても辛そうだった。



「……あ、たっくん」

「と、とりあえず上がるよ!ちゃんと布団で休まないと!」


 やってきた俺に気が付いたしーちゃんは、辛そうであるが安心するようにふっと微笑んだ。

 一先ず意識はまだあるようなので安心しつつも、俺はそう断りを入れて横たわるしーちゃんを抱えると、そのまま部屋へと上がった。


 しかし、流石はタワーマンション。

 部屋がいくつかありぱっと見どこが寝室か分からなかったのだが、インターホンに応じるため部屋から出てきたのか一つの部屋の扉が開かれたままだったため、その部屋を覗くとベッドが置かれているのが見えた。


 こうして、幸いすぐに寝室がどこか判明したため、俺は担いだしーちゃんをそのままそのベッドにそっと寝かせた。



「……ありがとう、たっくん」

「いいからゆっくり休んで。風邪……だよね?もう薬は飲んだ?」

「……ううん、まだ……」

「そっか、薬はある?」

「……うん、この部屋を出て右のリビングにある戸棚の……一番上の引き出し……」

「分かった」


 俺は言われた通りリビングへと向かい、そこにある戸棚の引き出し開けた。

 すると、言われた通り風邪薬が置かれているのを確認した俺は、それから勝手に悪いけれどキッチンへ向かい、コップに水を入れて早速薬を持って行こうとしたところで気が付いた――薬飲む前に、何かお腹に入れておいた方がいいよなと。


 だから俺は、とりあえず持ってきていたハンカチを水に濡らして寝室に戻ると、横になるしーちゃんの額の上に濡らしたハンカチを乗せた。



「……わぁ、気持ちいい」

「とりあえず、薬飲む前に急いでお粥でも作ろうと思うから、勝手にキッチン使っちゃうけどいいかな?」

「……うん、ごめんねたっくん……」


 潤んだ瞳で、申し訳なさそうにか細く呟いたしーちゃん。

 見ているだけで本当に辛そうで、少しでも早く元気になって貰いたかった俺は、安心させるようにしーちゃんの手を握った。



「……いいから、今は全部俺に任せてゆっくり休んでて?いいね?」

「……うん……ねぇ、たっくん」

「ん?どうした?」

「今日は約束、してたのに……ごめんね……?」


 握った俺の手をきゅっと握り返してきたしーちゃんは、今日買い物へ行けなくなってしまった事を申し訳なさそうに謝ってきた。


 きっと今とても辛いはずなのに、それなのに自分の事より俺の事を想って謝ってくるしーちゃんの事が、堪らなく愛おしくなった。



「謝らないでいいよ、買い物なんてまたいつでも行けるんだから。だから今はゆっくりしてて」


 謝らなくていい、しーちゃんだって今日の約束をあれだけ楽しみにしていたんだ。

 だから俺は、しーちゃんの頭を優しく撫でながらそう返事をした。



「うん……たっくんの手、気持ちいいな」


 頭を撫でられるしーちゃんは、そう言って嬉しそうに微笑んだ。


 そんな儚さすら感じられる今のしーちゃんに思わず見惚れてしまいそうになったが、今はそれよりも少しでも早くしーちゃんに休んで貰わないといけないため、俺はちょっと名残惜しさを感じつつも急いでキッチンへ戻る事にした。



 ◇



 俺はキッチンへ戻り、冷蔵庫の中身を確認する。

 そこには、いつも弁当を作ってくれる事もあり、几帳面に食材が取り分けられて綺麗に並べられていた。


 また、冷凍庫には冷凍ごはんもちゃんと取り分けられて用意してあったため、俺はそのご飯を一つ取り出すと、玉子粥ぐらいなら自分にも作れるので調理を開始した。


 こうして、初めてのオール電化のキッチンに若干戸惑いつつも、何とか完成した玉子粥と薬を持って俺は、しーちゃんのいる寝室へと再び向かった。



「はい、味見はしたから大丈夫だと思うけど、食べれそう?」

「うん……ありがとう」


 上半身だけ起こしたしーちゃんは、俺の差し出す玉子粥を小さく一口食べてくれた。



「……美味しい……えへへ、初めてのたっくんの手料理だぁ……」


 一口食べてくれたしーちゃんは、俺の手料理を初めて食べられたのが嬉しいのか、小さくゆっくりとモグモグしながら嬉しそうに微笑んだ。



「口に合ったなら良かったよ。まだちょっと熱いかもしれないけど、早く食べて薬飲んじゃおうね」

「はーい……じゃあたっくん、またアーンして?」


 きっと身体を起こすのも、食事をするのもまだ辛いはずなのに、嬉しそうに俺に甘えてくるしーちゃんは、その口をアーンと小さく開いてきた。

 熱で弱っているせいか、そんな可愛すぎる今のしーちゃんに悶えそうになるのを必死に我慢しながら、俺は作った玉子粥を少しずつアーンして食べさせると、それから薬を飲ませて再び横になって貰った。



「たっくん、手……」


 横になったしーちゃんは、そう言って布団から片手を出すと俺に向けて伸ばしてきた。

 また手を握って欲しいんだろうなと思った俺は、そんな甘えん坊さんなしーちゃんの伸ばした手をそっと優しく握った。



「はい、ここにいるからゆっくり休んで」

「うん……」


 手を握った事で安心したのか、嬉しそうに目を閉じたしーちゃんは暫くするとそのまま眠りについた。


 スヤスヤと寝息を立てるしーちゃんを見ながら、一先ずは安静に休んで貰えた事に一安心した。


 とりあえず、教えてくれたあかりんへの報告とかもしないとだよなと思いつつも俺は、眠りについたしーちゃんの顔をもうちょっとだけ隣で見守る事にした。



 繋いだこの手を、今はまだ離したくなかった――。


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