101話「ツンツン」
文化祭も終わり、この間のお祭り騒ぎが嘘のようにまたいつもの日常へと戻っていた。
週末の疲れもあるせいか、俺は押し寄せてくる眠気を我慢しながら現在国語の授業を受けている。
しかし、この国語の先生というのが中々の曲者で、抑揚の無い独特な話し方と絶妙に聞こえ辛い声量が相まって、とにかく眠気を誘ってくる事で有名な先生なのだ。
だから俺も、気を抜くとついウトウトとしてしまう。
周りを見渡せば、それは俺だけじゃなく他にも結構な人数が、先生のまるで呪文のような睡眠攻撃の餌食となっていた。
――ツンツン
そんな眠気と戦う俺の背中を、後ろからペンでつつかれる。
それは当然、後ろの席に座るしーちゃんからのツンツンで間違いなかった。
だが、授業中に真後ろを振り返るわけにもいかないため、俺はくすぐったさを我慢しながら無視をするしかなかった。
「たっくーん、寝ちゃ駄目だよー」
後ろから、しーちゃんがそう囁いてきた。
つい船を漕いでしまっていた俺の事を、ずっと後ろから見ていたのだろう。
なんだ、起そうとしてくれたのかと俺はしーちゃんに感謝した。
おかげですっかり目が覚めた俺は、気合を入れ直し黒板に書かれた内容をノートにまとめていく。
そろそろ定期テストもあるし、今度こそしーちゃんを超える――のは中々難しそうだけど、彼氏として少しでもしーちゃんの順位に近付くためにも、今は勉強あるのみだ。
――だが、おかげで集中する事が出来ている俺の背中を、しーちゃんはまたペンでつついてくるのであった。
そこで俺は気が付いた。
しーちゃんは俺を起そうというよりも、そんな俺でただ遊んでいるだけなのだと。
背中をつつかれる度にどうしても身体がビクッと反応してしまうのだが、恐らくしーちゃんはそんな俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。
困った俺は、とりあえず椅子を前に引いて座り直した。
こうして物理的にしーちゃんとの距離を取る事で、しーちゃんのツンツン攻撃の射程から逃れるために。
――ズズズッ
どうだ、これで届くまい。
諦めてしーちゃんも授業に集中しなさいと思っていると、後ろから机を引きずる音が聞こえてきた。
そして、俺の座る椅子にコツンと机のぶつかる衝撃が伝わってくる。
そう、あろう事かしーちゃんは、たった今俺が生み出した大事な隙間を、机ごと詰めてきたのである――。
その結果、俺は再びしーちゃんのツンツン攻撃の射程圏内に入ってしまい、ただ自分のテリトリーを失ってしまっただけに終わってしまったのであった。
そしてまた、俺はしーちゃんのツンツン攻撃の餌食になる――と思ったら、今度は背中に触れたペンがそのまま離れず、背中に押し付けられたままとなった。
俺が驚いていると、そのペンはゆっくりと動き出した。
それはまるで、何かの文字を書くようにゆっくりと背中をなぞる――これは、ひらがなの『た』?
こうして、いきなり始まった背中文字当てゲーム。
どうやら最初の文字は『た』のようだ。
た、た、――あぁ、もしかして卓也の『た』かな?
そう思っていると、すぐに二文字目が書かれる。
今度はさっきよりかなり簡単で、間違いなくひらがなの『く』だった。
こうして、『た』の後に『く』と来たら、もう次の文字は『や』で間違いないだろうと簡単に予想がついた俺は、授業中も俺の名前を背中に書いて悪戯してくるしーちゃんの可愛さに満足しながら、仕方ないなと再び黒板に注目した。
とりあえず俺は、黒板に書かれた歌人の名前をノートに写していく。
恐らく次のテストにもここは必ず出るだろうから、ちゃんと暗記しないとなと思いながら俺は歌人とその代表作の名前をノートにまとめていく。
そして、しーちゃんはしーちゃんで、そんな俺の背中に最後の文字を書き出す。
だが俺は、もう次の文字がどうせ『や』な事を知っているから、もう何を書いてきているのか知りたいという欲求はそこにはなく、授業中もこうしてしーちゃんが俺に触れてこようとしてくる事に対する喜びをただ感じていた。
――だがここで、異変が起きる。
――背中に書かれた文字は、どう考えても『や』では無かったのだ。
え、なんで?俺の中に動揺が広がる――。
だってしーちゃんは、俺の名前を書いてたんじゃなかったのか――俺は声や態度に出さないが、困惑した。
今の文字は、ひらがなの『ほ』?
いや、それにしては画数が多いし、もしかして最後の文字は漢字?もしくは二文字同時とかだろうか――。
俺は一度手放した背中文字当てゲームに、気付いたら夢中になっていた。
たくほ――いや違う、たくほけ――なんだ?
そう悩みながら、俺は黒板に目を向ける。
そこには、先生の書いた有名な歌人の名前が並んでいる。
与謝野晶子、若山牧水、正岡子規、石川啄木――ん?石川啄木?
そこで俺は、ようやくしーちゃんが背中に書いてきた文字が判明した。
『たくぼく』
そう、しーちゃんは、俺の名前を書いてると見せかけて?何故か石川啄木の名前を俺の背中に書いてきたのであった。
いやいや、何?マジでなんなんだ?
そんな謎すぎるしーちゃんの行動に困惑していると、後ろのしーちゃんも俺が答えにたどり着いた事にどうやら気が付いたのだろう。
少し身を乗り出しながら、そんな困惑する俺にだけ聞こえる声でそっと囁いてきた。
その声はどこか得意気で、まるで秘密の話をするように――
「たっくん、石川啄木きっとテスト出るよ」
それは、今度のテストの出題に対するしーちゃんからの有難いアドバイスだった。
だから俺は、そんな有難いしーちゃんに心の中で返事をした。
――「でしょうね」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます