100話「選曲は大事」

 今日の打ち上げには、クラスの3分の2の人が参加している事もあり、結構な大人数なため大部屋を二つ借りて打ち上げが行われる事となった。


 俺はしーちゃん、そして孝之に清水さんと一緒に片方の部屋に入ってくと、そんな俺達に引っ張られるようにクラスの男子達が同じ部屋へとなだれ込んできた。



「お前らなぁ……」


 そんな彼らを前に、孝之が呆れたように呟く。



「だって聞きたいじゃん三枝さんの生歌!なぁ一条!それぐらいいいだろぉ!?」


 一人の必死な意見に「そうだそうだ!」と完全に開き直るクラスの男子達。


 まぁ確かに、同世代の男子であればエンジェルガールズのしおりんとカラオケで同室できるチャンスがあるなら、これぐらい必死になる気持ちも分からないでも無い。



「お前らなぁ……クラスの女子も沢山来てるのに、そっちは放っておいてそれでいいのか?」


 しかし、呆れたように話す孝之の一言で、ハッと我に返る男子達。


 届かぬ相手より、大事にすべきなのは身近な相手だと思い直した彼らは「そ、それもそうだなっ!」と女子達が入って行ったもう一つの部屋へと駆け込んで行った。


 こうして俺としーちゃん、そして孝之と清水さん、それから今回の文化祭を引っ張って行ってくれた健吾に三木谷さんも同じ部屋となった。


 既に隣の部屋からは、お調子者の男子達による雑な歌声が聞こえてくるのだが、それもなんだか打ち上げって感じがして楽しかった。



「じゃ、こっちも歌おうよ!てか三枝さんと一緒にカラオケとかマジ上がるんだけどっ!」


 そう言ってデンモクを持った三木谷さんが、嬉しそうにしーちゃんの隣に座った。

 流石ギャルのコミュ力と思いながら、俺は一緒にデンモクを見て笑い合っている二人のやり取りを隣で眺めていた。


 こうして、しーちゃんがクラスメイトと一緒に普通の女子高生として楽しんでいる姿を見れるのが、俺はただただ嬉しかった。



「よっしゃ!じゃあ俺から行かせて貰うぜ!」


 しかし、ここはまずはしーちゃんと三木谷さんという美少女デュエットで開幕だろうという空気の中、我先に選曲した孝之の歌が先に歌われる事となった。



 しかも、そんな孝之が選曲したのは――まさかのバラード曲であった。



 孝之と言えば、外見も中身も本当にイケメンで、友達想いで、背が高くてバスケもめちゃくちゃ上手くて、男らしくて、誰もが認める程のスーパーマンだ。



 ――でも孝之よ、初手バラードは駄目だろ。常識的に考えて。


 こうして、盛り上がっている隣の部屋とは打って変わり、こちらの部屋では孝之の熱唱する甘いバラードに包まれたのであった。


 そんな孝之に、隣で清水さんが何とも言えない表情を浮かべていたのは――うん、見なかった事にしよう。




 ◇



 そして、孝之の開幕バラードをしっかりと聞き終えたところで、ようやくしーちゃんと三木谷さんのデュエットが歌われる事となった。


 しーちゃんがマイクを握って立ち上がると、その瞬間孝之が生み出した何とも言えない空気は一掃――じゃなくて一変して、みんなついにしーちゃんの生歌をカラオケで聞ける事に期待している様子だった。



 三木谷さんが選曲したのは、エンジェルガールズの代表曲『start』だった。


 三木谷さんは、バイトでエンジェルガールズの曲を歌う事もあるのだとかで、振り付けを完璧にマスターしており、たった今このカラオケボックスの中はしーちゃんと三木谷さんという二人のアイドルによるライブステージと化していた。


 そんな二人の歌声が聞こえたのだろう、やっぱり気になった隣の部屋のみんなもこっちの部屋へとやってきていた。


 こうして、即席とは思えない程バッチリなコンビネーションで、しーちゃんと三木谷さんの歌う『start』は本当に最高の一言だった。




 ◇




「ふぅ、どうだったかな?」


 歌い終えたしーちゃんが、満足そうに俺の隣に座って感想を聞いてくる。



「うん、最高だったよ!」


 本当に、いつ聞いてもしーちゃんの歌声は綺麗で愛らしくもあり、そんないつもイヤホン越しで聞いていた大好きな歌声を生で聞けるというのは、何度聞いても幸せだった。

 だから俺は、しーちゃんに向かって親指を立ててグーポーズをしながら即答した。


 それはきっと俺だけじゃなくて、この部屋にいる全員が同じ感想で、一緒に歌った三木谷さんまでも本人と歌えた事にとても感激している様子だった。



「えへへ、じゃあ良かったな」


 そんな俺の言葉に、しーちゃんは嬉しそうに微笑んだ。



 ――そしてしーちゃんは、俺の着ているシャツの裾をちょこんと摘まんできた。


 人前だから恥ずかしいのだろう、はにかみながらそっと俺のシャツを摘まむしーちゃんは、正直可愛すぎて無理だった。



 こうして、そんな今日も可愛いしーちゃんやみんなと一緒に、夕方まで目一杯打ち上げのカラオケを楽しむ事が出来た。


 そして今日、孝之は3回バラードを歌っていた。




 ◇



 カラオケを終えると、有志で夜ご飯を食べに行く流れになったのだが、そっちは申し訳ないけれど今日は断らせて貰った。


 俺達、というか主にしーちゃんが参加しない事に、クラスのみんなは露骨に残念がっていたが仕方ない。


 何故なら俺達は、これから二人でご飯を食べに行く約束をしているからだ。


 別に予定を変更してみんなと行っても良かったのだが、俺がしーちゃんに「どうする?みんなと行く?」と聞くと、しーちゃんはちょっと残念そうに「別にどっちでもいいよ」と答えたので、試しに「やっぱり二人で行く?」と聞くと、しーちゃんはパァッと嬉しそうに微笑みながら「ハンバーグが食べたいっ!」と言うので、二人でご飯を食べに行く事に決定した。


 こうしてみんなと別れた俺達は、二人でまた手を繋ぎながら街を歩いた。



「楽しかったね、たっくん!」

「そうだね、楽しかったね」


 行きと同じく、繋いだ手を嬉しそうにブンブンと振りながら隣を歩くしーちゃん。

 そんな、今日は会ってからずっと楽しそうにしているしーちゃんを見れている事が、俺にとっても幸せだった。


 そんなウキウキなしーちゃんの存在に気が付いた人達が、驚いてこちらを振り向いてくる。

 だがしーちゃんは、もうそんな周りの視線なんて全く気にする様子は無く、ただ俺の事だけを見ながら嬉しそうに隣で微笑んでくれているのであった。



「ハンバーグ、あらびきがいいなぁ♪」

「はいはい、あらびきね」


 こうして俺達は、近くのあらびきハンバーグが食べれるお店へと向かった。


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