※100部到達記念読み切り「2人の出会い」

「よ、卓也!同じクラスになれたな!」


 幼馴染みで親友の孝之が、俺の席までやってきて声をかけてきた。



「おう!高校でもよろしくな!」


 俺はそんな孝之に向かって、笑ってそう返事をする。


 そう、俺達は今日から、ついに高校生になったのである。


 同じクラスに中学からの知り合いはほとんどおらず、オマケに居ても絡みの無かった人しか居なかったためかなり幸先不安になっていたのだが、幼馴染である孝之が同じクラスだと分かった時は本当に救われた思いだった。


 別に俺は、これから友達を沢山作ってみんなと慣れ合おうだなんてつもりは此れっぽっちも無いのだが、それでも新しい環境に身を置くというのはそれなりに恐怖と緊張があった。


 何事も出だしが肝心であり、スタートで失敗してしまうと新しい環境から取り残されてしまう恐れがあったからだ。


 しかし、このクラスに孝之がいると分かってしまえば、その全てが杞憂に終わった。

 一人こうして仲良く出来る相手がいれば、もうそれだけで俺の中では十分だったのだ。


 あとは中学の時と同様に、平穏にこれからの3年間過ごせればそれで良い。

 俺はそう考えながら、孝之がいる事にほっと胸を撫でおろしながら、他愛無い話を楽しんだ。



「あ、そうそう。卓也知ってるか?どうやらこのクラスにあのしおりんが来るらしいぜ」

「しおりん?」

「そう!エンジェルガールズの!」


 エンジェルガールズっていうと、あのエンジェルガールズの事だろうか。


 テレビのCMや音楽番組なんかでよく目にする、今一番勢いのある国民的アイドルグループだ。


 そんな国民的アイドルグループでセンターをしているしおりんが、このクラスに来るだって?

 ……おいおい孝之さんよ、そんな馬鹿げた話あるわけないでしょと俺は、興奮気味に話す孝之を鼻で笑った。


 たしか名前は、『三枝紫音』だったっけ?

 どうせ、たまたま同姓同名が同じクラスに居るだけでしょ――まぁ、珍しい名前ではあるけれど。


 そんな話をしながら俺が呆れていると、突然教室内がざわつき出した。


 それは、まだ自己紹介も済んでいないこの教室内において、明らかに可笑しい反応だった。


 俺はそんなクラスの様子にちょっと驚きながら、周りのクラスメイト達の見つめる先へと視線を向けた。




 ――するとそこには、本当にあのしおりんがいた。



 いつもテレビで見ていたあり得ない程の美少女が、何故かこの教室に姿を現したのであった――。



「マジ、かよ……」


 あんまりアイドルとか芸能人とかそういう俗的な事には興味の無い俺だったけど、これには流石に驚いてしまい思わず声が漏れてしまった。


 だってそうでしょ、これまでテレビで見ていた超が付くほどの有名人が、何故か同じ高校の真新しい制服を着て、同じ教室にいるのだから。

 これに驚くなっていう方が無理があるってもんだ。


 そういえば、エンジェルガールズのしおりんが電撃引退したっていうのを少し前にニュースで見た事を思い出した。


 じゃあ本当に、アイドルを辞めた彼女はクラスメイトとしてこれからこの教室で一緒に授業を受けるという事なのだろうか――。


 そう驚きながら、俺も周りのみんなと同じように思わず彼女を見つめていると、そんなこの場においてあまりにも浮世離れした彼女とバッチリ目が合ってしまった。



 俺はヤバイと思って、咄嗟に視線を逸らした。


 ただの普通の高校生である俺には、あんな美少女と目を合わせていられる耐性なんて当然持ち合わせていない。


 でもさっき目が合った瞬間、何故か向こうも俺を見て驚いていたような気が――いや、流石に気のせいだろう。


 有名人である彼女が俺と会って驚く理由なんて、天と地がひっくり返ってもありはしない話だ。

 自意識過剰もいいところである。


 こうして俺は、この間まで国民的アイドルグループでセンターをしていたしおりんと、何故か同じクラスになってしまったのであった――。




 ◇



 始業式が終わり教室へ戻ってきた俺達は、まずは自己紹介をする事となった。


 俺の名字は一条だから、名簿番号順で二番目の俺はすぐに自己紹介の順番が回ってきた。



「えっと、一条卓也です。よろしくお願いします」


 我ながら、当たり障りない自己紹介だったと思う。

 そして、立ち上がったついでに新しいクラスを一回見渡してみる。


 一番奥の席には孝之の姿があり、俺を和まそうとしてこっちを見ながらおどけた笑顔を向けてくれていた。

 本当孝之って奴は、外見も中身もとことんイケメンだよなと、俺は女だったら惚れてるねと思いながら心の中で感謝した。


 そして、何故か俺の方に向けて熱い視線を送ってくる人がもう一人居た――三枝さんだった。


 今日初対面のはずの彼女は、何故かとても嬉しそうな顔をしながら、俺の顔を真っすぐに見つめてきているのであった。


 瞳をキラキラと輝かせながら俺の事を見てくる彼女は、正直少し怖かった。



 ――え、何?俺なんかしちゃいました?



 そんな焦りを覚えながら、俺は気付かないフリをしつつ席に座った。

 なんであんな有名人が、俺なんかに対してあんな視線を向けてくるのか心当たりが無さすぎて怖かったのだ。


 ――いや待てよ、もしかしたら彼女は、俺がどうこうじゃなくてみんなに興味があるだけかもしれない。


 いや、きっとそうだ。そうに違いない。

 この間アイドルを電撃引退した彼女は、こうして普通の女子高生としてクラスに溶け込んでいる今の状況に感動しているのだろう。


 それが分かってしまえば、もうどうって事無かった。

 むしろ、そんな素直な彼女には好感すら覚えた。


 まぁ俺なんかが喋ったりする事は今後ほとんど無いとは思うけど、それでもせっかく同じ高校の同じクラスになれたんだから、少しでも高校生活楽しんでくれたらいいなと思った。


 そう思いながら、俺のあとに続いて自己紹介をするクラスメイトの方へ俺も顔を向けた。

 そして後ろを向くと、位置的に必然的に三枝さんの姿が視界に入ってくる。



 だが、そこで俺はまたしても戸惑ってしまうのであった――。



 ――何故か三枝さんは、自己紹介する人の方ではなく、俺の方を見ながら嬉しそうに微笑んでいるのであった。


 その様子に俺が気が付くと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、慌てて横を向いて視線を逸らしてきたのであった。


 ――え、本当になんなんだ?


 やっぱり俺、なんかしちゃいました?と不安になっていると、あっという間にそんな三枝さんの自己紹介の番が回って来ていた。



 彼女は名前を呼ばれて立ち上がると、先程顔を赤くしながら挙動不審になっていたのが嘘のように、テレビで見ていたアイドル時代と同じように、みんなに向かってニッコリと可憐に微笑んだ。


 そのあまりにも他とは違う容姿とオーラを前に、クラスメイト達から感嘆の声が漏れていた。



「はじめまして、三枝紫音です。この間までアイドルしてました。えっと、このクラスになってわたしは、早速神様に感謝したい気持ちでいっぱいです。これから宜しくお願いします」


 そう自己紹介した三枝さんは、ちらりと俺の方を一瞥してから優雅に頭を下げると、そのまま席に着いた。


 神様に感謝したいって何だ?と思ったのは俺だけじゃないだろう。


 そして、そんな三枝さんはまたしても俺の方に顔を向けると、今度は本当に嬉しそうにそっと微笑んだ。


 その微笑みは、まるで一輪の花が咲いたように艶やかで、思わず見惚れてしまう程美しかった――。




 ◇



 そんなこんなで、高校初日は三枝さんの登場などで色々あったけれど無事に終える事が出来た。


 そして俺は、高校生活初日からバイトに勤しんでいた。

 春休みに入ってから俺は、コンビニでバイトを始めたのだ。


 最初は色々不慣れな事が多く、店長にも迷惑をかけてしまっていたのだが、ようやく一人でほとんどの仕事をこなせる程度には覚えてきたため、今は一人でレジを任されていた。



 ピロリロリ~ン


 扉が開かれるメロディーが流れる。

 俺はそのメロディーに合わせて「いらっしゃいませ~」と言いながら入ってきたお客様を確認する。


 するとそこには、縁の太い眼鏡とマスクをして、さらにはキャスケットを深めに被った露骨に怪しい女性が立っていた。


 俺はすぐに「やべーやつきた!!」と内心かなり焦った。

 慣れてきたとはいえ、まだ一人でバイトをこなすには多少……いや結構不安が残っている中で、この露骨に見た目がヤバイ客が来るのは想定外であり、不安しかなかった。


 これが働くという事かと、俺はお金を稼ぐという事の厳しさをこの時改めて痛感した。


 俺一人しか居ないんだし、どうか変な行動だけはしないでくれよ……と祈りながら俺は、そんな怪しい女性の事をそっと監視する事にした。


 その女性はコンビニに入ってくるなり、俺の方を見ながら「本当に居た……」と小さく呟いた声が微かにだが聞こえてきた。


 え、なにそれ怖いと俺が内心怯えていると、目が合ったその女性は恥ずかしがるように雑誌コーナーへと足早に移動していった。


 見た感じ彼女は、多分俺と同い年ぐらいだと思うのだが、それにしても同世代の女の子があんな怪しい服装をしている意味が分からなかった。

 それはまるで、自分が何者かを周りに知られたくないというような、例えるならオフの日の芸能人といった感じの変装だった。


 しかし、そもそもこんな地方の街に芸能人なんて居るわけが……いや、今日一人だけいたっけ。しかも同じクラスに。


 そんな事を思い出しながら、俺は雑誌を立ち読みする彼女に目を向けていると、何だか彼女からどことなく三枝さんと同じ雰囲気を感じた。


 しかし、あの可憐に微笑んでいた三枝さんが、こんな言っちゃ悪いが地味で怪しい変装をするなんて正直思えなかったから、きっと他人の空似だろうと俺はすぐに考えを改めた。


 すると、雑誌を立ち読みしていた彼女は雑誌を棚に戻すと、買い物カゴを手にして店内を物色し出した。


 店内をぐるぐる回って、たっぷりと時間をかけて物色していた彼女は、ついに買い物カゴを持ってレジへとやってきた。


 ちょっと震える手で恥ずかしそうにカゴを置く彼女はかなり挙動不審で、何をそんなプルプルと震えているのか謎でやっぱりちょっと怖かった。


 でも近くで見ると彼女はやっぱり同世代ぐらいの女性で、どうやら変な事はしそうにない雰囲気を感じられたので、その点はかなり安心できた。


 俺は買い物カゴを受け取ると、商品を集計していく。



 ――喉すっきりのど飴、一点



 ――すき焼き風うどん、一点



 ――ずっと大好き一巻、一点



 へぇ、今流行りのラブコメ漫画か。


 こういうラブコメ漫画読んだりするんだなと思いながら集計し終えると、うどんを温めるか確認する。



「こちら、温めま――」

「大丈夫ですっ!!」


 すると、彼女は俺が言い終える前に食い気味に返事をしてきた。


 そんな挙動不審すぎる彼女に驚きながらその顔をよく見てみると――それはやっぱり、今日クラスメイトになった三枝紫音本人でどうやら間違いなかった。


 ちょっと前のめりに顔を向けてきたので、流石にこの距離で顔を向き合わせれば彼女が三枝さんだという事に俺は気付いてしまった。


 というか、どうしようこれ……きっと今変装してるんだよな……。

 だからここは、やっぱり気付かないフリをした方がきっといいんだよな……?


 そう思った俺は、内心かなりテンパりながらもレジ打ちを続ける。



「え、えっと、3点で958円になりま――」


「これでっ!!」


 すると三枝さんは、またしても俺が言い終えるより前に財布から千円札を取り出すと、その千円札をシュバッと俺の顔目がけて差し出してきたのであった。



 ――えぇ!?本当なんなんですか!?


 俺はそんな三枝さんの謎すぎる行動と圧に怯えながら、その千円を恐る恐る受け取ってお会計を済ませる。


 今日知り合って間もない、しかも超が付くほどの有名人であるクラスメイトにこんな謎行動をされる事が、まさかこんなにも怖いだなんて思いもしなかった俺は慌ててお釣りを手渡す。



 すると、そんなお釣りを差し出す俺の手を、何故か三枝さんは両手で大事そうに包み込んできたのであった――


 まさか、最後の最後まで謎行動をしてくるとは思わなかった俺は、そんな三枝さんを前に思わず固まってしまう。


 しかし彼女は、そんな俺の様子に全く気が付く様子はなく、何故か嬉しそうに俺の手を包み込みながらお釣りを受け取っているのであった。



「あ、あの、お客様?そろそろ手を……」

「え?あっ!しゅみませんでしたぁ!」


 あ、咬んだ。


 俺の手を握ったままだった事に気が付いた三枝さんは、慌ててお釣りを受け取り頭を下げると、そのまま足早にコンビニから出て行ってしまった。


 俺はそんな去っていく三枝さんの背中を見ながら「本当、何だったんだろう……」と呟く事しか出来なかった。




 まさか、同じクラスになった元国民的アイドルの三枝紫音という美少女。


 そんな彼女は何故か、俺のバイトするコンビニに現れたかと思うと、数々の挙動不審な行動をして去って行ったのであった。



 そしてこの挙動不審が、まさかこの日からずっと続く事になるなんて、この時の俺はまだ思いもしなかったのであった――。



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