第四章

99話「打ち上げ」

 日曜日。


 今日は一日、本来であれば文化祭のあと片付けに当てられているのだが、うちのクラスは元々デコレーションの作り込みはそれ程無く、オマケに昨日は早く完売したのもあって既に昨日のうちに片付けも完了しているため、詰まるところ今日は一日フリーとなった。


 そのため、昨日のお祭り騒ぎが嘘のように、俺は通常の日曜日と同じようにいつもより遅めに目を覚ますと、それから昼ご飯を食べ、そしてゆっくりと身支度を済ませると用事があるため家を出たのであった。


 向かう先は、駅前から少し外れたところにあるベンチ。

 約束の時間より少し早く来たつもりだったが、そこには既に先客が一人座っていた。



「あっ、やっほーたっくん!」


 その先客とは、勿論俺の彼女であるしーちゃんだった。


 やってきた俺に気が付いたしーちゃんは、手を挙げて挨拶をしながらニッコリと微笑んでくれた。


 今日はクリーム色のニットに、黒のロングスカートを着ており、すっかり秋仕様となったしーちゃんも安定の可愛さだった。

 今日は休みだから薄っすらとお化粧もしており、見る人の目を必ず惹く程、今日のしーちゃんは軽く可愛いの限界突破をしていた。


 だから正直、待ち合わせのベンチについた時は「あそこに座ってる、あの見るからに美少女なあの子が今待っているのは俺なんだよな……」とドキドキしてしまった程だった。


 いつもは制服で会っているため、たまにこうして私服姿のしーちゃんを前にする度、俺はこうしてドキドキさせられてしまうのであった。


 そしてもう一つ、今日のしーちゃんはもう変装用の眼鏡をしていなかった。

 昨日の文化祭での宣言通り、もう変装するつもりは無いという事だろう。


 だから今のしーちゃんは、三枝紫音という一人の女の子として俺と会ってくれているのだ。

 俺はそんなしーちゃんの姿勢というか、覚悟というか、こうしてしっかりと行動で示してくれている事が嬉しかった。


 だからこそ俺も、これからしーちゃんの彼氏としてもっとしっかりしなくちゃなと思った。

 ここまでしーちゃんがやってくれてるんだから、今度は俺の番だ。


 そう思った俺は、ベンチに座るしーちゃんの前に立ち、それから右手を差し出して微笑んだ。



「おまたせしーちゃん、行こっか」

「えへへ、うん!行こっ!」


 しーちゃんは嬉しそうに頬を赤く染めながら、差し出す俺の手を取って元気よく立ち上がった。

 そして、掴んだその手はそのまま自然にお互いの指を絡ませ合いながら、俺達は駅前のとある場所を目指して一緒に歩き出した。


 こうして目的地に着くまでの間、隣を歩くしーちゃんは繋いだ手を楽しそうにブンブンと振りながら、何度も俺の顔を嬉しそうに見つめてきたのであった。



 ◇




 今日の目的地それは、駅前にある大きなカラオケ店である。


 俺達がカラオケ店へ到着すると、店の前には人だかりが出来ていた。



「お!来たな卓也!こっちだ!」


 その人だかりの中から手を上げて俺の名前を呼んだのは、親友である孝之だった。


 勿論その隣には、清水さんの姿もあった。

 しーちゃんと清水さんは、嬉しそうにお互い小さく手を振り合っていた。


 そしてそこには孝之だけでなく、既に健吾や三木谷さんの姿もあった。



 何故みんなここに居るのかというと、それはこれから文化祭の大成功を祝した打ち上げとして、クラスのみんなでカラオケをする事になっているからであった。




 ◇



 昨日、文化祭のあと片づけが終わりそろそろ解散しようという時の事だった。



「みんなお疲れ様!この様子なら明日のあと片付けは必要なさそうだし、どうだろう?良かったらみんなで、明日カラオケに行って打ち上げしないか?」


 クラスの中心である健吾が、みんなに向かってそう提案してきたのである。

 そして健吾の提案はすぐに賛成多数となり、あっという間に打ち上げする事が決定したのであった。


 そう言えば、まだこのクラスになって間もない頃も同じような事があったよなと、俺は昔を思い出して一人で思い出し笑いをしてしまった。


 その時は俺も斜に構えていたから、クラスのみんなでカラオケなんて行きたくないって思ってて、バイトもあるからとすぐに断って帰ろうとしたんだけど、その時隣に居たしーちゃんがフグみたいに膨れてこっちを不満そうに見てたんだよな。


 あれも今だから分かるけど、本当は俺と一緒にカラオケ行きたかったんだろうなぁと思うと、そんな挙動不審だけど可愛すぎるしーちゃんに俺は笑わずにはいられなかった。


 隣に居るしーちゃんは、そんなクスクスと笑い出した俺を不思議そうな顔で見ながら「たっくんは、どうするの?」と聞いてきたので、俺は「うん、勿論行くよ」とすぐに返事をした。


 あの頃は行きたいと思わなかったカラオケだけど、今の俺はその真逆だった。

 一緒に文化祭をやり遂げたクラスのみんなとの打ち上げならば、俺は喜んで参加したいと思えるようになっていた。


 我ながら、本当にこの数か月で変わったなと思うけど、そのほとんどが今隣にいるしーちゃんのおかげなのだ。

 しーちゃんのおかげで、俺は本当に色々変わる事が出来た。



「たっくんが行くなら、わたしも行くよっ!」


 俺の返事を聞いたしーちゃんは、俺が即答したのが意外だったのか一瞬驚いたような顔をしたけど、それからすぐに優しい笑みを浮かべながらわたしも行くよと言ってくれた。



「良かった、今回は二人も来てくれるんだね」


 そんな俺達のやり取りを見ていたのであろう健吾が、俺達の元へとやってきた。



「あぁ、なんていうか、今まで参加できてなくて悪かったな」

「いや、強制じゃないからいいさ。でも、ありがとう卓也。……それから、改めておめでとう二人とも」


 ニコリと笑いながらそう言ってくれた健吾は、正直俺の中ではもう孝之と同じぐらい良いやつだと思う程になっていた。

 自分もしーちゃんの事を好きだったはずなのに、こうして友達として祝福してくれる健吾の気持ちは本当に嬉しかったし、なんだか格好いいなと思った。


 そんな健吾なら、次こそは絶対に良い恋愛が出来るはずだ。

 だからその時は、俺も友達のために出来る事なら何でも協力したいなと思った。


 まずはそんな健吾の誘いなのだ、明日のカラオケは断るわけにはいかないだろと思いながら、俺は「ありがとう」と笑って返事をした。




 ◇



「っていうか、私服姿は更に凄いな……」


 俺の隣にやってきた健吾が、凄いものを見るかのようにそっと俺にだけ聞こえる声で話しかけてきた。


 健吾の視線の先には、清水さんと楽しそうにお喋りをするしーちゃんの姿があり、それが何に対して言っているのかはすぐに分かった。



「本当にな、俺も多分慣れる事はないと思うよ」

「そりゃそうだろ、卓也は今日本中の憧れと付き合ってるんだからな」


 そう言って、これから大変だぞとちょっと嫌らしい笑みを浮かべる健吾に対して、俺はハハハと乾いた笑いを返す。


 日本中の憧れって、そんなオーバー……じゃないのが恐ろしい。



「でも、大丈夫だ。俺は俺で、そんなもんはとっくに覚悟を決めてるから」


 そう、俺はもう、しーちゃんの背景も全てひっくるめた上で絶対に離したりはしないと誓っているんだ。

 俺は他の誰でもない、しーちゃんの事を絶対に幸せにしてみせると。



「――そうか、まぁ、なんかあったら言ってくれよな」


 そんな俺の覚悟が伝わったのか、健吾は満足そうに一度頷くと、そう言って俺の肩をポンと叩いて受付へと歩いて行った。




 こうして、健吾が受付を済ませてくれた事で、さっそく今日の文化祭の打ち上げがスタートする事となった。



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