97話「勝手と告白」
「もう、いつも強引なんだから」
マイクを手にしたしーちゃんが舞台へ上がると、あかりんに向かって文句を言う。
すると、その一言に呼応するように会場は一気に大盛り上がりとなった。
引退したしおりんが再び加わり、久々に人前でフルメンバーとなったエンジェルガールズ。
その姿を見られるだけでも、ファンからしたら正直堪らない光景だった。
実際俺も、しおりんの居るエンジェルガールズの方が当然好きだった。
今のメンバーがどうこうではなく、センターであるしおりんが居る方がよりバランスが取れているというか、上手く言えないけどしおりんがいてこその完全体という感じがするのだ。
――でも、全員が揃って嬉しい反面、俺の中では違った感情も芽生えてしまっていた。
もしこのまましーちゃんが復帰していったら、俺達の関係はどうなってしまうんだろうと――。
無いとは思いつつも、先ほどのしーちゃんの様子も相まってそんな不安が頭の中をどうしてもよぎってしまう。
「いいじゃない、今日は文化祭なんだからサービスよサービス」
文句を言うしーちゃんの事を意に介さず、サービスだと言って笑って流すあかりん。
流石はリーダーというべきか、あかりんはみんなの扱いがとにかく上手かった。
「また一緒に歌えるの嬉しいよ!」
「うん!わ、わたしも!」
「そうね、しおりんがいてこそってのは正直あるのよね」
めぐみん、ちぃちぃ、みやみやも、嬉しそうに思い思いしおりんに向かって話しかける。
そんなメンバーの様子に、しーちゃんもしょうがないなぁというように笑って応えていた。
「丁度しおりんがメイド服着てるし、久々にあの曲いっとこうよ」
あかりんがニヤリと笑いながらそう言うと、他のメンバーも何の事かすぐに伝わったのか、いいねと二つ返事で賛成した。
そしてしーちゃんも、仕方ないなというように頷いた事で歌う曲が決まったようだった。
「じゃ、みんなでもうちょっとだけ文化祭楽しんでいきましょう!今からはテレビも全部関係無し!今ここだけの特別ステージよ!」
あかりんのそんな一言に、一気に盛り上がる会場。
これからは、あかりん達も文化祭を楽しむ側として歌うという事を言っているのだろう。
そんなトップアイドルが一緒になって楽しもうとしてくれている事に、みんな大盛り上がりとなった。
「それじゃあ聞いてください、『あなただけの召使い』」
それは案の定、しーちゃんの着ているメイド服に合わせて選ばれた一曲だった。
しーちゃんをセンターに置いて、歌って踊るエンジェルガールズのみんな。
久々に踊ったはずのしーちゃんだが、何度も踊っているから身体に染みついているのだろう。
全くブランクを感じさせない完璧なパフォーマンスを見せてくれていた。
そして何より、しーちゃんの歌声が加わる事で、やっぱりなんだかしっくりと感じられた。
それは会場のみんなは勿論、舞台上で歌う彼女達も同じ気持ちなのだろう。
踊りながらも楽しそうに顔を見合って微笑んでいるその姿からは、本当に今を楽しみ、また一緒にやれている事を喜んでいるのが見ている全員に伝わってきた。
やっぱり、しおりんがいてこそのエンジェルガールズ――そんな思いが、みんなの中に広がっていく。
それはみんなと同じく、俺の中でも確かに湧き上がっていた。
しかし、そうなると俺としーちゃんは――駄目だ、やっぱりそれから先は考えたくなかった。
でも、もししーちゃんがそれを望むんだとしたら、俺は受け入れるしかないんだろうなと思った。
きっとそうなったら、会う時間も今よりぐっと減るだろうし、なんならもう会う事すらも難しくなってしまうのかもしれない。
でも、それはしーちゃんだって同じなのだ。
その上で、もししーちゃんがそれでももう一度アイドルに戻りたいと言うのであれば、それはもう俺には引き留める事なんて出来るわけがなかった。
しーちゃんの人生、しーちゃんが決めた事ならば俺はその決断を尊重したい。
ただ、出来る事ならばこれからもその中に自分が居られたらいいなと願った。
だから俺は、このあとしーちゃんが何を言うのかは分からないが、何を言われても受け入れるという覚悟だけは決めた。
そして同時に、これから何を言われても俺はしーちゃんの事を諦めるなんて真似はしない事も合わせて誓った。
元々が不釣り合いな関係なのだ。
だったらもう、四の五の言わずに一番近くに居るに値する男になるしかないのだから。
こうして俺は、付け焼刃かもしれないけど、これからしーちゃんに何を言われてもいいようにと覚悟を決めた。
そして丁度『あなただけの召使い』を歌い終えたところで、しおりんが他のみんなより一歩前へと歩み出たのであった。
その様子に、会場から鳴り響いていた歓声や拍手は次第に鳴り止み――そして、静かになるのを待ってしーちゃんはその口を開いた。
「この場を借りて、伝えたい事があります」
真剣な様子でそう口にするしーちゃんに、会場のみんな、そしてエンジェルガールズのみんなが注目する。
どうやらこれは、あかりん達も全く聞かされていないようで、突然こんな行動に出たしーちゃんに何事かと驚いている様子だった。
そして、そんなしーちゃんの様子に、俺はいよいよかと鼓動が早くなるのを感じた。
これからしーちゃんが何を言うのか、俺は覚悟を決めているはずなのに、もしかしたら次の一言で俺達の関係が終わってしまうのかもしれないと思うと、やっぱり怖くて堪らなかった。
だが、そんな俺の気持ちなんてしーちゃんが知る由もなく、当然待ってくれたりはしない。
そしてしーちゃんは、ぎゅっと手をグーに握りながら一度深呼吸をすると、ゆっくりとその口を開いた――
「――わたしは」
……わたしは?
ここにいる全員が、緊張の面持ちでしーちゃんの次の言葉を待った。
「――わたしは今、好きな人がいますっ!」
それは、ここにいる誰もが予想しなかった言葉だった。
舞台上に立つしーちゃんからの、そんなまさかのカミングアウトにざわつく会場。
しかし、そんな事お構い無しといった感じでしーちゃんは、更に言葉を続けた。
「――わたしは、そこに居る一条卓也くんの事が好きですっ!好きで好きで、大好きなんですっ!!だからもう、周りを気にしないで普通の女の子として、一緒に居たいんですっ!!」
しーちゃんは、まるでこれまで溜めてきたものを全て吐き出すように、でもはっきりとみんなの前でそう告白してくれたのであった――。
それは、まさしくしーちゃんの覚悟だった。
既に付き合っているんだから、何もここでそんな事を言う必要は無かったのかもしれない。
それでも、しーちゃんはこうしてみんなの前でちゃんと言葉にしてくれたのだ。
懸念していた、関係が知られる事によるリスクとかも全て受け入れる覚悟の上で、それよりも俺との関係を優先して、こうしてみんなに向けてしっかりと宣言してくれたのだ――
エンジェルガールズのしおりんではなく、三枝紫音という一人の女の子として生きていくという事を――
だから俺も、覚悟を決めて返事をする。
しーちゃんが求める形となるように、真っすぐ見つめ返しながら。
「俺も!俺も三枝紫音さんの事が、大好きです!!」
一番後ろの席からでもしーちゃんまでちゃんと届くように、俺は腹の底から声を振り絞りながらそう叫んだ。
しーちゃんに対して、まさかの二回目の告白となったが、一回目の告白以上に俺は強い思いで言葉を発したように思う。
そんな絞り出した俺の言葉は、ちゃんとしーちゃんの元まで届いたようで、しーちゃんは両手で口元を覆いながら喜んでいた。
そんな俺達のやり取りに向けて、パチパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。
それは、舞台上に立つあかりん達から発せられている音だった――。
エンジェルガールズのメンバーが、俺達を祝福するように拍手をしてくれているのであった。
そして、それに合わせるように会場からも拍手が鳴り出し、あっという間にその拍手の音で体育館内はいっぱいになった。
「おめでとう!」
「幸せになれよー!」
「やっぱ文化祭はこうでなくっちゃなー!」
「ちくしょー!狙ってたのになぁー!」
なんて主に祝福してくれる声が、俺達に向かってあちこちから投げかけられた。
途端に恥ずかしくなった俺は、片手で頭の後ろをかきながらみんなに向かって会釈する事しか出来なかった。
「男になったな、卓也」
「二人とも、おめでとう」
隣に居る孝之と清水さんからも、そう祝福された。
清水さんは本当に嬉しそうに祝福してくれ、俺の肩に腕を回してきた孝之は何故かちょっと泣きそうになっていた。
そんな二人の気持ちが、俺は本当に嬉しかった。
大事な親友――それから大事な彼女が側にいる俺は、本当に幸せ者になれたんだなと思った。
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