95話「アイドルと決心」
飛び出してきたエンジェルガールズに向かって、大きな歓声が鳴り響く。
みんな予想はしていたけれど、いざこうして実際に生のエンジェルガールズが目の前に現れた事に、ここにいる全員興奮を隠せない様子だった。
それは無理もなく、今日本中で一番注目を集めているアイドルグループがこんな普通の公立高校の体育館に突然現れたのだから、そのアンバランスな特別感も相まってインパクトは絶大だった。
そして、駆け抜けるように歌われるのは、エンジェルガールズのデビュー曲である『これから』という名曲。
この曲は、これから自分達がアイドル道を駆け上がっていく事を歌った元気いっぱいの曲で、ファンの中では「原点にして至高」とも言われている程、代表曲の『start』と並んで人気の一曲となっている。
――って、俺も随分エンジェルガールズに詳しくなったもんだよなと思いながら、その原因でもあるしーちゃんの方を振り向くと、しーちゃんは見守るように舞台上で歌って踊る彼女達の事をじっと見つめていた。
そんな、かつては彼女達と一緒にステージ上で歌って踊っていたけれど、今はステージの下でそんな彼女達を見守っているしーちゃんは何を思っているんだろうか。
やっぱり、もう一度アイドルとして活動したいとか思ったりするんだろうか――。
「――みんなキラキラしてて、可愛いね」
そんな事を考えながらしーちゃんを見つめていると、俺の視線に気が付いたしーちゃんはこちらを振り向くと、それから嬉しそうに笑みを浮かべながら話しかけてきた。
みんなキラキラしてる、か――舞台上へ目を向けると、そこではたしかにあかりんもめぐみんもちぃちぃもみやみやも、全員が活き活きとした様子で歌って踊っていた。
そんな彼女達は、例えこれが文化祭だからといっても決して手を抜いたりなんてしない。
彼女達は、いつだって全力でアイドルとしてみんなを楽しませようとしてくれているのだ。
そんな彼女達の姿は、しーちゃんの言う通り本当にキラキラとしていた。
そしてその結果、最初は大盛り上がりだった会場も次第に静かになっていた。
それは決して、盛り下がってるとかそういうわけではなく、この会場に集まっている全員が、そんなエンジェルガールズのパフォーマンスに釘付けになって見入ってしまっているからであった。
歌って踊る彼女達の歌に、ダンスに、そして眩しすぎるその笑顔に、気が付けば俺も目が離せなくなってしまっていた。
そして、会場内に生まれる一体感――。
たった一曲で、この文化祭はエンジェルガールズの色にしっかりと染まっているのであった。
――改めて、凄いと思った。
人を惹き付ける魅力なんて、言葉では簡単に言える。だが、実際にはこういう事を言うのだろう。
そんな、あまりにも贅沢すぎる文化祭の大取を前に、集まった全員曲が終わるまでステージに釘付けになってしまっていた――。
◇
「ってことで、皆さん盛り上がってますかー?せ~のっ!」
「「「わたし達『エンジェルガールズ』ですっ!!」」」
一曲目を歌い終わったところで、あかりんのリードでエンジェルガールズのみんなが声を揃えて挨拶をする。
そしてその挨拶に、まるで先ほどまで止まっていた時間が動き出すように、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
そして、口々に叫ばれるメンバーの名前に、彼女達は嬉しそうに手を振って応える。
その神対応とも言える距離感が嬉しいのか、そんな声援は止むどころかどんどんと大きくなっていく。
普通ならライブチケットを取るのも一苦労な彼女達が、突然こんな文化祭に来てくれているのだ。
憧れのアイドルを前にして興奮するのも無理はなかった。
ステージ衣装に着替えた彼女達は、さっき会ったオフの感じとは違い、今のその姿と立ち振る舞いは完全完璧なアイドルそのものだった。
おまけに、彼女達は4人ともタイプは全然違うけど、共通しているのは全員が浮世離れしたような美少女だ。
それは当然隣にいるしーちゃんも同じで、本当にこの5人が同じ一つのグループに揃ったのが奇跡とも言える程、最早これで人気が出ない方が可笑しいレベルだった。
「むぅ……た、たっくんは、4人のうち誰がタイプなの?」
しかし、そんな次々に彼女達に向けられる声援を前にしたしーちゃんは、何かに気付いたようにハッとしたかと思うと、それからちょっとぎこちなくもそーっと探るように俺にそんな事を質問してきた。
俺の好きなタイプでも探りたいのだろうか、それとも単純に勘繰っているだけだろうか、もうそんな自分の立場と存在価値を全然理解していないしーちゃんに向かって、俺は仕方ないなと微笑みながら返事をする。
「俺が好きなタイプは、しおりんだけだよ」
安心させるように、真っすぐしーちゃんの顔を見つめながらそう答えると、しーちゃんは途端にその顔を真っ赤にする。
「そ、そっか……えへへ」
そして、しーちゃんは恥ずかしそうにそう呟きながら、みんなから見えないようにそっと俺のシャツの袖をちょこんと摘まんできた。
そんなしーちゃんからの歩み寄りに、俺はそれだけでドキドキしてしまう。
もしかしたら、しーちゃんは俺にそう言わせるためにわざと聞いてきたのかもしれないなと思うと、そんなしーちゃんもやっぱり可愛いなと思ってしまうんだから、俺はやっぱりもう完全にバカップルなんだろうなといよいよ自覚した。
「――うん、じゃあもういいかな」
すると、しーちゃんは何かを決心したように突然そんな事を呟いた。
それが何の事を意味するのかは分からなかったが、呟いたしーちゃんからは何やら強い意志が感じられたのであった。
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