94話「シークレットゲスト」
体育館へ着くと、中では三年生による演劇が行われていた。
コメディー演劇のようで、おふざけした先輩方が芸人のようにボケる度に、集まった人たちからは笑いが起きていた。
当然素人によるぎこちなさは見られるのだが、それ以上にこの文化祭という雰囲気が、笑いへのハードルを下がっているのだろう――なんて言ったら怒られちゃうかな。
俺はしーちゃんとそっと一番奥の空いているパイプ椅子に腰掛けると、一緒にそんなコメディー演劇を観る事にした。
入り口で受け取った演目のタイムスケジュールを確認すると、今行われている演劇は最後から2番目の演目だった。
そしてこのあとは、軽音楽部の演奏、そしてそのあとはシークレットゲストという順になっている。
勿論、そのシークレットゲストというのはエンジェルガールズの事で間違いないのだが、先ほど彼女達が文化祭に顔出した事はもう既に噂が広まっているようで、みんなも大方予想はついている様子だった。
その証拠に、俺達以外にも続々と体育館には人が集まって来ているのだ。
みんな少しでも早めに来て、エンジェルガールズに備えて少しでも良い席を確保しようという魂胆なのだろう。
「お、卓也達もう来てたのか」
奥の席へ座る俺達に声をかけてきたのは、孝之と清水さんだった。
孝之達は孝之達で、仲良く文化祭を回ってきたようだ。
出店で買ってきたと思われる焼きそばの入った袋を手にしており、二人からはソースの良い香りが漂ってきた。
こうして合流した俺達は、奥の席で4人揃って演劇を楽しむ事になった。
4人揃えば、その安心感からよりリラックス出来るというか、先輩達の良い意味で下らない演劇を観ながら、俺達は他の観客と同じように笑って楽しむ事ができた。
◇
演劇が終わり、お次は本来の大取である軽音楽部の演奏が行われる。
舞台上には本格的なドラムまで持ち運ばれてきており、その様子にこれからライブが行われるんだという実感が湧いてきた。
ライブと言えば、そういえばDDGのライブも行ったよなぁと俺はあの時の事を懐かしむように思い出した。
孝之が偶然手に入れたDDGのライブチケットのおかげで、俺は初めての本格的なライブを楽しむ事が出来た。
そしてそこには、サプライズゲストでエンジェルガールズまで来ており、そしてその会場には今隣に座っているしーちゃんまで居たんだよな。
改めて思い出すと、エンジェルガールズのステージを元エンジェルガールズのしーちゃんと一緒に見ていたあの時の状況は、やっぱり可笑しかったよなと俺は、思わず思い出し笑いをしてしまった。
そんな俺の様子に、しーちゃんは不思議そうな顔をしながらもちょっと楽しそうに小首を傾げながら俺の顔を見て来ていた。
なんなら、それは今の状況だって同じで、このあと出てくるエンジェルガールズのステージをまたしーちゃんと一緒に観る事になるのだから、やっぱり不思議というか何というか、知らない人が聞いたら絶対に信じない状況だよなと笑えてきた。
あの時は、しーちゃんはあかりんにステージに呼ばれて、まさかの一夜限りの復活までしていたんだけど、もしかしたら今日も――そう思いながら俺は、こちらを向くしーちゃんの方を振り向き視線を合わせた。
するとしーちゃんは、それが嬉しかったのかニッコリと俺の顔を見て微笑んでくれた。
その天使のような微笑みを前に、俺も少し照れながらも微笑み返すと、まぁ何でもいいかと思った。
こうしてしーちゃんが楽しんでくれているのなら、個人的にはそれで良かった。
それに、きっとしーちゃんが舞台へ上がれば文化祭も盛り上がるだろうし、正直俺もまたしーちゃんがエンジェルガールズとして歌っている姿を見てみたいというのが本音だったりする。
まぁそれも全部今限定であって、文化祭だからこそだよなと思いながら、俺はこのあとどんなステージになるのかちょっとワクワクしつつ、まずはこれから始まる軽音楽部の演奏を楽しむ事にした。
隣では、孝之と清水さんが演奏前の今のうちにと仲良く持ってきた焼きそばを食べており、俺としーちゃんだけでなく、そんな二人も色々あったよなと、俺はここ数か月の激動とも言える日々を思い出しながら、そのどれもが今となっては本当に良い想い出だよなと微笑んだ。
先の事なんて正直分からないけど、今の関係がこれからもずっと続けばいいなと思いながら――
◇
「お前らぁ!今日は盛り上がっていくぞぉ!!」
ボーカルの先輩がそう叫ぶと、一気に体育館の中の熱気は最高潮にまで上がった。
その声に合わせて開始された演奏は、あの日のDDGのライブの時ように重低音が身体に響き渡ってきて、生演奏の迫力が感じられた。
俺達も周りのみんなと同じく椅子から立ち上がり、そんなライブを一緒に楽しんだ。
演奏されているのは有名なロックの曲で、知っている曲な分集まった人は全員ノリノリで楽しんでいた。
正直、このあと現れるであろうエンジェルガールズが目当てだった人も少なくないだろうが、それでも生演奏を前に全員で盛り上がり楽しめているこの空間は、みんなで一つのお祭り騒ぎを作りだしているような感じがして、俺はそれがなんだか嬉しかった。
俺達のやったメイド喫茶、それから掟破りなお化け屋敷に、たこ焼きをくれた先輩方、そしてこうして舞台上で出し物をする人達も全部、その一つ一つが集まる事でこうして一つのお祭りになっているのだ。
文化祭なんて、きっとどこの学校でも等しく行われているような行事なのかもしれない。
けれど、これまで準備を頑張ってきた事も相まって、こうして最後までみんなが楽しめる文化祭を、みんなで作り出す事が出来ている今が嬉しかった。
楽器の演奏の音につられて、どんどん体育館には人が集まってくる。
そして、演奏が終わる頃には満員状態となった観客から、割れんばかりの歓声がどよめいた。
「すごいね!」
そんな様子に、隣にいるしーちゃんも本当に楽しそうに微笑んでおり、口を開けて両手を合わせながら小さくぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。
その可愛い仕草も、喜んでいる表情も、その全てが本当に愛おしいなと思いながら、俺は「そうだね」と返事をして微笑んだ。
きっとしーちゃんにとって、今日の文化祭――いや、今日までの文化祭は良い想い出になっている事が伝わってきて、それが俺はとにかく嬉しかった。
こうして、軽音楽部の演奏が終わった。
本来であれば、これで今日の文化祭の出し物は全て終了となる。
しかし、今日はこのあとにシークレットゲストが控えているのだ。
体育館内もざわざわしだす。
絶対エンジェルガールズだよな?と期待するような声があちこちから聞こえてくるのだから、やはりもうみんなはエンジェルガールズが出てくる事を確信しているようだった。
舞台上から軽音楽部の楽器が下げられると、体育館の照明が落とされた。
その様子に、体育館内からは期待するようなどよめきが起きた。
いよいよ始まる――そんな空気に満たされたその時、
「それじゃー行くよー!ワンツースリー!ゴー!!」
その掛け声と共に、エンジェルガールズのデビュー曲のイントロが流れ出す。
そしてステージの脇から、エンジェルガールズの4人が元気よく飛び出してきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます