93話「たこ焼き」

 校庭に出ると、そこには数々の屋台が立ち並んでいた。


 前日から骨組みの準備をしていたため、どんな感じのレイアウトになるのかは大体分かっていたのだが、実際に出店が営業され、そしてその周りには人が沢山溢れている今の光景は、昨日のそれとは全く異なっていた。



「うわぁ、本当にお祭りって感じだね」


 そんな光景を見て、すっかり機嫌を取り直してくれたしーちゃんはというと、まるでテーマパークへ遊びに来た子供のように嬉しそうにはしゃいだ様子だった。


 出店と言えば、夏祭りの時しーちゃんと出店を回る事が出来なかったのが心残りだったのだが、今日はこれからイベントは違えどこうしてしーちゃんと出店を歩く事が出来るのかと思うと嬉しかった。


 それはしーちゃんも同じ気持ちなようで、これから出店に行くことが相当嬉しいのか、隣でニッコリと口を開けながら微笑んでいた。



「行こっ!たっくん!」


 そう言ってしーちゃんは、後ろで手を組みながら出店へ向かって軽い足取りで歩き出した。

 俺はそんなしーちゃんの背中を追いながら、とても楽しそうなしーちゃんの様子にただただホッコリとした気分になった。




 校庭には、各学年の各クラス、それから一部部活動が出している出店が立ち並んでいた。


 定番のたこ焼き、お好み焼き、焼きそばは勿論、それから変わり種としては焼きナポリタンなんてものまで並んでいた。


 どの出店も、一つでも多く売り上げようと必死な様子で、客の呼び込みは中々凄いものがあった。

 でもそれも、お祭り騒ぎという感じがして見ているだけでも楽しかった。



「どれがいい?」

「んー、やっぱりシェアできるたこ焼きかな♪」


 しーちゃんに食べたいものを聞くと、ニヤリと笑みを浮かべながらたこ焼きと即答した。

 この間もたこ焼き食べた気がするけど、どうやらしーちゃんは結構たこ焼きが好きみたいだ。


 まぁたしかに、たこ焼きなら二人で食べれるから丁度いいなと思った俺は、それじゃあという事で早速たこ焼きの出店へと向かった。



「お、いらっしゃい!いくつ――ってうぇ!?」


 店員の先輩が、まるで本職もたこ焼き屋さんであるかのごとく、完璧な身のこなしと言動で接客してきた。

 しかし、やって来たのが俺達だと気が付くとその動きをピタリと止め、それからまるで石のように固まってしまったのであった。


 俺は隣を見て、まぁ無理も無いよなと思った。

 全校生徒の憧れの的であるしーちゃんが、メイドの格好をして突然目の前に現れたら、誰だってこういうリアクションになると思う。


 現に、そんなしーちゃんはやっぱりここでも目立っていて、出店の中の人も外の人も、突然のメイド服姿のしおりんの登場に、全員目を丸くして驚いていた。



「良かったー!持ち場があるから行けないと思ってたけど見れたぁー!」


 なんて喜びの声まで聞こえてくるんだから、やっぱりしーちゃんの人気というのは計り知れなかった。



「よ、よしっ!しおりんがお客さんとあっちゃサービスしないわけにはいかねぇなっ!二つ持っていきなっ!!」


 すると、気を取り直した先輩はそう言うと「お代はいらねぇぜ!」とたこ焼きを二つ手渡してくれたのであった。

 いや、悪いですよ!とすぐに財布を取り出したのだが、その先輩だけでなくお店にいる他の先輩方からも「いいからいいから」と言われてしまったため、俺達は有難く先輩方のご厚意にあやかる事にした。



 それから俺達は、校庭の端にある石の上に二人で腰掛けながら、頂いたたこ焼きを食べる事にした。


 本当は一つでも良かったんだけど、有難い事に二つ貰ってしまったので一つずつ手にして食べる事になった。



「うん、美味しいね」

「そうだね、手づくりって感じがしていいね」


 一口食べてみると、この間フードコートで食べたトロトロのたこ焼きとは違い、中までしっかり生地の詰まった感じのたこ焼きで懐かしい感じがして、これはこれでとても美味しかった。



「じゃ、はいたっくん、アーンして」

「え、いやここ学校だから」

「誰も見てないって!ほら、アーン」

「ア、アーン」


 ちょっと強引なしーちゃんに押し負けた俺は、観念してアーンとしーちゃんの差し出すたこ焼きを食べた。

 当然味は同じなのだが、恥ずかしさと嬉しさからさっきのたこ焼きより美味しく感じられたから不思議だ。


この不思議さは、是非ともシェアしなければならないよね。

だから俺も、つまようじにたこ焼きを一つ突き刺して持ち上げる。



「じゃ、しーちゃんもほら、アーン」

「え?わ、わたしはいいよ!み、みんなも見てるし!」

「大丈夫、見てないんでしょ?ほら、アーン」

「あぅ……じゃ、じゃあ……ア、アーン」


 俺はしーちゃんに仕返しとばかりに、アーンをし返した。

 恥ずかしそうに口を広げ、俺の差し出すたこ焼きをパクリと食べたしーちゃんは、頬を赤く染めながらも嬉しそうにモグモグしていた。


 その姿はまるで小動物のような可愛さがあり、見ているだけで癒された。



「どう?」

「お、おいひぃよ!」


 たまらず俺は、そんな小動物可愛いしーちゃんに味を聞いてみると、しーちゃんはまだモグモグしてる最中だけど、一生懸命味の感想を伝えてくれた。


 もうその仕草の全部が可愛すぎて、今すぐにでも抱きしめたいなんて思ってしまった俺は、どうやらバカップル化がどんどん進行しているのは間違い無さそうだった。


 数か月前の俺が今の俺を見たら、きっと驚いてひっくり返るだろうなぁと思ったら、我ながら変わりすぎだよなとちょっと笑えてきた。



 こうして俺達は、文化祭で盛り上がる様子を遠巻きに眺めながら、たこ焼きを美味しく頂いたのであった。



 そして、時計を確認すると早いもので16時を過ぎようという頃だった。

 そろそろ良い時間だねという事で、たこ焼きを食べ終えた俺達はそのまま体育館へ向かう事にした。


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