92話「やっぱり苦手」

 こうして、俺達の文化祭は無事成功に終える事ができた。

 しかし、文化祭自体はまだ終わってなどいない。


 だから俺は、クラスメイト達で喜びを分かち合う教室の端へしーちゃんを呼び出し、このあと一緒に見て回ろうと誘う事にした。



「しーちゃん、良かったらこのあと一緒に――」

「回ろう!!たっくんと色々見て回りたい!!」


 すると、俺が言い終えるより先に、目をキラキラとさせながらしーちゃんは食い気味に返事をしてきた。


 そんな食い気味なしーちゃんのちょっと驚いたけれど、それだけ同じ気持ちでいてくれてる事が嬉しかった俺は、良かったと微笑み返した。


 こうして俺は、無事しーちゃんと一緒に文化祭を見て回る事になったのだが、一つだけ問題があった。



 ――服装、どうしよう


 そう、現在俺はウェイター姿で、しーちゃんは刺激たっぷりのメイド服姿なのだ。

 これで学校をうろちょろしては、当然周りからの注目を集めてしまうのは間違いないだろう。


 だから俺は、しーちゃんに提案する。



「どうしよう、やっぱり一回制服に着替えた方がいいよね?」

「何言ってるのたっくん?今日は文化祭だよ?」


 しかし、小悪魔っぽくニヤリと微笑みながらそう返事をしたしーちゃんは、どうやら着替えるつもりなんて全く無さそうだった。


 でも、それだと問題がと思っていると、しーちゃんはさらに言葉を付け足した。



「たっくん、よく考えてみて?わたしがこの格好だろうと制服だろうと、もう同じじゃない?」


 しーちゃんのその一言に、俺はなるほど確かなと思った。

 結局のところ、こんな有名人であるしーちゃんが文化祭を回っている時点で注目を浴びてしまうのだ。


 勿論服装バフとでも言うのだろうか、今のしーちゃんの服装の刺激が強すぎる問題はある。

 しかし、だからと言って根本的な問題はそこじゃなかったのだ。


 むしろ、しーちゃんの言う通り今日は文化祭なんだから、今の服装の方が制服よりガチっぽくないというか、自然なんじゃないかとすら思えてきた。


 とまぁ、そんな妥当性云々の話はあるのだが、それ以上にしーちゃんから伝わってくる感情が分かった。


 ――しーちゃんは今、メイド服姿を楽しんでいるのだと。


 だから俺は、苦笑いを浮かべながらも「そうだね」と返事をして、お互いこのままの格好で文化祭を回る事にした。



 文化祭、そしてウェイターとメイド姿という非日常的な今を目いっぱい楽しむ事に決めた。




 ◇



 教室から出て、まずは同じ一年生の教室を見て回る事にした俺達。

 当然、先ほどまで学年でも断トツで人気を誇っていたメイド喫茶で接客していた俺達二人が教室から出てきた事に、他のクラスの人達からの注目を集めてしまっていた。


 やっぱりしーちゃんの今の姿は視線を集めており、男子達からの熱い視線はともかく、女子達までも頬を赤く染めながらこちらを見てきているのだから、やっぱりしーちゃんは凄いなと俺は素直に感心した。



「……むぅ、やっぱり見てるか」


 そんな様子に、しーちゃんはちょっとだけ不満そうに頬っぺたを少しだけ膨らしていた。

 その不満そうな表情すらも、今の格好と相まって可愛すぎた。



「まぁ、やっぱり今の格好は刺激が強いんじゃない?」


 俺はそんな膨れるしーちゃんに、アハハと笑いながらそう返事をしておいた。

 こんな格好で出歩いてるんだから仕方ないよと。


 しかし、そんな俺に対してしーちゃんは「やっぱりたっくんはちょっと鈍感なところがあるよ」と不満そうに小声で呟いたのであった。


 なんだかよく分からないけど、ちょっとご立腹な様子のしーちゃんを宥めるためにも俺は慌てて話題を変える事にした。



「あ、ねぇしーちゃん見て!お化け屋敷だって!」

「えっ?あ、うん。そうだね」

「見てく?」

「え?いや、お化けは……」


「じゃ、行こっか!」


 突然話題を変えられたしーちゃんはきょとんとしていたのだが、俺がお化け屋敷へ行こうとしている事に気が付いたしーちゃんは、ちょっと拒むような仕草を見せた。


 だけど俺は、その反応も織り込み済みで誘っているのだから関係なかった。

 素人のお化け屋敷なんてクオリティが知れてるだろうし、丁度いいと思った俺はしーちゃんの手を引いてそのままお化け屋敷へと入る事にした。



 お化け屋敷へと入ってみると、カーテンで閉め切られた教室内は黒い布で覆われており、薄っすらとしか周りが見えない程暗く不気味な雰囲気がちゃんと醸し出されていた。



「へぇ、思ったより本格的だね」

「も、もう、たっくん離れないでよ」


 そんな、意外とちゃんとお化け屋敷出来ている事に関心する俺と、普通に怖がるしーちゃん。

 そんなしーちゃんを見て、俺はあの日の遊園地のお化け屋敷を思い出した。


 あの時もしーちゃんは相当怖がっていたから、やっぱりこういうのには免疫が無いんだなと、俺はそんなところも可愛いなと思ってしまうのだから中々にバカップル化が進行している気がしてならなかった。


 とは言っても、やっぱり素人のお化け屋敷だし、ここは普通の教室だからキャパも無い。

 ちょろっと一周して終わりだろうと思いながら、俺は怖がりながら腕にしがみ付いてくるしーちゃんを安心させるようにゆっくりと歩きながら奥へと進んだ。


 そうして、狭い通路を奥まで進むと、脇には露骨に手作りな大き目なお化けの置物が置かれていた。

 そこはやっぱり素人作のものであり、言っちゃ悪いかもしれないが随分と粗悪な出来だった。


 でもそれも、なんだか文化祭って感じがしてちょっと微笑ましくもあった。

 みんな色々工夫をして、一から作っているというのが大事なんだと思う。



 だが、そんな呑気に構えてられるのもそこまでだった――。


 なんとその置物と思われたお化けが突然立ち上がると、大声を上げながら俺達に襲い掛かってくる素振りを見せたのである。


 これには俺も不意打ちを食らってしまい、思わず驚いてしまう。

 そして、俺が驚くぐらいだから、当然しーちゃんはというと――よっぽど驚いたのだろう、凄い顔しながら俺の腕にぎゅっとしがみ付いてきていた。


 そして、またあの日の遊園地と同じように、俺の腕にはむにゅっとした柔らかい感触が伝わってくる。


 今の格好も相まって、その感触はより鮮明というか、もうとにかく凄かった。


 そんな俺達を見ながら、お化けの中から「チッ」と舌打ちするような音が聞こえてきた気がするけど、まさかお化けがそんな舌打ちするわけないよねと俺は気付かないフリをしておいた。


 こうして、素人が故の掟破りとでも言うのだろうか、こんなの驚くに決まってるじゃんっていうドッキリを浴びせられた俺達は、しっかりと驚かされつつお化け屋敷をあとにした。


 隣を歩くしーちゃんはというと、よっぽど驚いたのかゼェゼェと息を切らしながら、ちょっとやつれたような表情を浮かべていた。


 流石に少しやり過ぎちゃったかなと思った俺は、そういえば今日は俺もしーちゃんもろくに食べ物を食べていなかった事を思い出し、やつれたしーちゃんを元気付けるためにも次は校庭に並ぶ出店へと向かう事にした。


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